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第3話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 午後3時5分前、体育館の特設メインステージには生徒会主催の劇「シンデレラ?」を見ようとたくさんの人が詰めかけていた。


「大盛況ね、やっぱり千歳人気かな?」


 地味なドレスを着込んだ継母役のマナが、幕の隙間から観客席をチラ見して戻ってくる。


「宣伝も効いたんだわよ。凄い噂も流れたからわよ」

「そうだな、あれ、宣伝のつもりじゃなかったんだけどな」


 サリーの言葉にシンデレラ役の築城ついき先輩は頭をかく。


「先輩、頭さわっちゃダメですよ。せっかくのセットが崩れちゃいます」

「あ、ごめんごめん」


 苦笑しながらやり場のなくなった自分の右手を見て、また苦笑い。築城先輩は純朴でいい人だ。劇の練習も一生懸命で、文芸部の長門先輩によるチャレンジングな脚本にも、映研の淀川先輩の無茶な演技指導にも真っ直ぐに向き合って、その結果、リハーサルで気絶してしまった。僕とのキスシーンを迫真の演技に、と頑張った挙げ句の悲劇だった。


『クライマックスのキスシーンで生徒会長が姉さまの色香に気絶した』


 その話はすぐに全校中に伝わって、生徒会劇への不純な期待が高まったのだ。


「でも、噂を知らないはずの外部の人もいっぱいだわよ?」

「人は人の多いところに集まるものさ」


 そう言う西園寺くんは意地悪な姉B役、ひとりクレープを頬張っている。相も変わらず「一緒に文化祭デートをしよう」とか平気な顔で言い寄ってくるから「おひとりでどうぞ」って突き放してやったら、クレープを2個買ってきた。気取って僕に差し出してくるので、


「わたくしを太らせる気?」


 って睨んだらしょんぼりしてたんだけど、立ち直りも早いのが彼のいいところだ。


「ふう~っ」


 そんな開演前ののどかな風景の中、マナは小さく息を吐く。


「どうしたの、緊張してる?」

「大丈夫よ」


 いや、きっと大丈夫じゃない。朝方、中学の後輩たちに会ってから彼女の様子は少しヘンだ。溜息が多くなった。あのあと、受付を担当に任せた僕は、彼女の後輩たちに声を掛けてみた。


「遊里さんはもう暫く受付やらなくちゃいけないの。そのあとはクラスの出し物の仕事もあるから、ここで待っていても仕方がないわよ?」

「そうですか~」


 お揃いの制服を着た3人は残念そうに互いに顔を見合わせた。やがて、ポニーテールの小柄な子が緊張した面持ちで僕を向いた。


「あのっ、学校説明会でお話しされた方ですよね。ちょっとだけ教えて欲しいんですけど――」


 剛勇のテニス部は女子を受け付けていないのですか、と彼女は聞いてきた。勿論そんなことはない。テニス部の連中は女子の入部を待ちわびている。実際、テニス部の松岡部長はマナに入部を打診してきたし同級生でテニス部の小田くんも誘ってきたという。女子が少なくても困らないように練習メニューも工夫して近隣校との練習試合も考えるとまで言ってきたらしい。僕がそんな話を彼女らに告げると、ならばどうして眞名美先輩はテニスをしないのかと訝しがる。


「眞名美先輩ってうちの中学じゃピカイチだったんですよ。2年の時に府でベスト4になって全国にも行って。だけどそのあとすぐに転校しちゃったんです」

「転校?」


 初耳だった。マナは地元の公立中学出身だと聞いていた。家の都合で引っ越したのだろうか。ともかくそんな話は聞いたことがない。


「はい、うちをやめて公立に行ったって聞いてます」


 聞けば彼女たちは私立桐ヶ崎中の生徒だった。大学まである共学校だ。そんなに難関校って訳じゃないけど、わざわざ公立に転校する理由はないだろう。


「学校説明会の時に美穂が―― あ、美穂って彼女ですけど、ともかく彼女が眞名美先輩に会ったって言うから、みんなで会いに来たんです」


 後ろ髪を引かれるようにマナを見ていた彼女たち。

 ともかくマナはテニス部に所属していないことを念を押しすると彼女たちと別れた――


 ふと気になって幕の隙間から会場を覗き見る。サリーの言うとおりパイプ椅子は満席だ。壁ぎわも立ち見客で埋め尽くされている。窓の光を遮った体育館はちょっと薄暗く、でも開演前で照明も点いているからみんなの顔はよく見える。そこにはマナの後輩たちの顔もあった。彼女たちは最前列に並んで座っていて、相当前から待っていたことが窺えた。


 あのあとマナは彼女たちと話をしたのだろうか。避けてる感じもしたけれど向こうは喋りたいオーラ満々だった。しかしどうしてマナは彼女たちを避けるんだろう? あの子達はマナを慕っていたし、悪い子には見えなかったんだけど――


「じゃ、円陣を組もうか」


 築城先輩の声がして、みんな肩を組んで気合いを入れ合うと、舞台の幕がするすると開いた。



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