第2話
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剛勇学園の文化祭「街道祭」はクラス毎の出し物と部活の発表や展示などで構成される。クラスの出し物はカレーやたこ焼き、クレープや喫茶なんかの食べ物屋もあればお化け屋敷とかプラネタリウムみたいなエンタメもあってバラエティ豊富。よそのクラスと被らないように事前調整もちゃんとしてある。だけど今年は女装のパターンがやけに多い。女装喫茶もそうだけどお化け屋敷の受付も色っぽいろくろ首だし、クレープ屋さんの売り子も女装している。剛勇学園1500人、その中に女の子はたったの3人。だけど彼ら女装男子たちのお陰で今年の学園祭からは男子校という印象が大きく薄らいでいる気がする。まあ、よく見ると髭が生えていたり、のど仏が出ているバリトン声の女の子ばかりなのだけど。
「姉さ~ん、食べていきなよ~っ!」
激辛大盛りカレーの看板の前に立っているのは吉野くん。そう、うちのクラスの出し物はこれ。腹ぺこ男子高校生のハートを鷲掴む企画だ。しかも吉野くんはセミロングの金髪にピンクのエプロンをして、口元のルージュは派手にはみ出している。なんか怪しい風俗店みたいだ、行ったことないけど。
いらないわよ、と首を横に振りながら店を覗く。サリーがお客のカレーにケチャップでハートを描いている。もう何でもありだ。そんなサリーをうっとり見つめて目尻下がりっぱなしのお客さんは映研の水野先輩。サリーに見惚れる気持ちはよく分かるよ、やっぱり本物の美少女は目の保養になるもんな。
吉野くんに手を振り店を後にする。旧校舎に行くと漫研と文芸部が同人誌の販売をしていた。科学部は化学マジックショーをするらしく呼び込みに余念がない。美術部の作品展示をさらっと見終えると、将棋部の看板は「どら焼き対局」。はて、何だろう? と覗いてみると、将棋部員に勝ったらどら焼きが3個喰えるらしい。しかもどら焼きは最高級の餡を使いその場で作る「自家製どら焼き」。ボリュームもあって生クリーム入りの逸品らしい。まあ、将棋部員は駒落ちのハンデ付きで負けても1個は喰えるらしいのだが。
「あっ、あの時のっ!」
盤面から顔を上げ、こっちを向いているのはどこか見覚えがある女の子、確かオープンスクールで僕に困った質問をしてきたおかっぱ頭の真面目子ちゃんだ。盤面を覗き込むと真面目子ちゃんの王さまは攻め込まれて風前の灯。局面を正しく把握しているのだろう、僕を認めると盤面に視線を戻して自嘲気味に呟く。
「さすがは剛勇の将棋部さんですね、強いです。飛車落ちでもボロ負けです。弟にはいつも楽勝で勝ってるのに――」
悔しそうな真面目子ちゃん。そんなにどら焼きが食べたいのだろうか。感想戦をやりながら口いっぱいにどら焼きを頬張っている隣のおじさんを見ると、負けたらしいのにほっぺたが落ちそうにとろけた顔をしている。相当美味しいのだろう、どら焼き。正直僕も食べたい。3個はがっつり喰いたい。真面目子ちゃん、君の気持ちはよく分かる、だから僕は、思わず彼女の耳元で囁いてしまった。
「角交換して金の頭に歩を打つの」
「えっ? それじゃ歩がタダ取りじゃ?」
「歩を取られたら、取った角で王手金取り。馬も作れるし一気に寄せれるわ」
「……ホントだ」
俄然瞳の輝きを取り戻した真面目子ちゃん、僕は小さく手を振ってその場を離れた。廊下で新聞部が配っている文化祭の号外を受け取ると玄関の方へと向かった。
正門を入ってすぐのところには机を並べて受付が作られている。受付は構内地図とスケジュールが載ったパンフレットを配ったり、道案内をしたりするところ。迷子も預かることになっている。そこでマナは文化祭実行委員メンバーとふたりで入場者の対応をしていた。
(マナ?)
掛けようとした言葉を飲み込んだ。
ちょうど彼女の前には女子中学生らしき3人組が立っていて、何かを話し込んでいたからだ。しかも、もうひとりの受付は迷子の対応中。携帯で喋っているところを見ると、多分放送室へ連絡を取っているのだろう。お陰で受付には行列が出来ていた。
「お待ちの方、こちらへどうぞ」
思わずテーブルに並んでパンフレットを配り始める。
隣ではチラリ僕を見たマナが、また困った顔をして目の前の女の子たちに向き直る。
「だから、もうやめたのよ」
「だったらまた始めましょうよ! わたしたち眞名美先輩がいるからここを受けようと思ってるんですよ」
「ありがとう。でも、あたしがいなくてもテニス部女子は受け入れ準備万端なのよ、心配しないで」
「何言ってるんですかあ~、一緒にやりましょうよ~っ」
何の話だろう。一緒にテニスをしようって誘われてるみたいだけど――
「みんなごめん。ほら後ろ、行列できてるから」
「先輩ずるいい~っ! あとでまた来ますからね~っ」
苦笑して彼女たちに手を上げたマナはすぐ僕に「ごめんなさい」と頭を下げた。
「今の子たちは?」
「中学の後輩。うちを受けてくれるって。ところで女装喫茶はどうしたの?」
にこりと笑顔で話題を変えた彼女。僕はパンフレットを手渡しながら神愛と彩夏ちゃんが身代わりになったと説明する。「あのふたりらしいわ」と笑うマナ。しかし、その間もマナの後輩3人組は後ろ髪を引かれるように、少し離れたところからじっとこっちを見ていた。
「受付も落ち着いてきたし、行ってきてあげたら?」
しかしマナは首を横に振る。
「ありがとう、でもいいわ」
「彼女たちずっと待つつもりじゃない?」
「いいの……」
続く言葉を飲み込んだマナを見ると、それ以上は何も言えなかった。