第1話
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第7章 初めてのデート
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剛勇学園の文化祭である「街道祭」は派手な演出で始まった。
朝9時、体育館に設えたメインステージ。
壇上に現れた生徒会の築城会長が高らかに開幕を宣言すると、彼の後ろに陣取っていた吹奏楽部のホーンセクションが一斉に立ち上がり、体育館を突き抜けろとばかりのフォルテシモでファンファーレを奏でる。勿論その音は全校放送にも乗って、展示物や屋台、出し物を準備して待機中のみんなの耳にも届く。ファンファーレが終わると生徒たちはみな手が痛くなるほどに拍手をして、僕らの文化祭は始まった。
「格好いいオープニングセレモニーだね」
情報誌の取材で訪れてくれた三崎さんはその様子をカメラに納めると、感心しきりだと褒めてくれた。
「雑誌の編集者さんが取材に来るってみんな張り切ってましたわ。ありがとうございます」
僕の忙しい1日が始まった。
朝、三崎さんを校内に案内した僕はこのあと2年F組の教室で「女装喫茶」の手伝いをする。女装喫茶はその名の通り男子生徒が女装して応対をする喫茶店。僕が呼ばれているのは男だってバレたからではなく、本物の女性の代表として、女装の連中と比べてもらう趣向なのだとか。女装男子がどこまで女になりきれるか、僕と比較してもらうんだとか。何かヘンな気分。女装喫茶にはマナもサリーも呼ばれていて、みんな一時間ずつ入ることになっている。
それが終わるとメインステージで落研寄席と軽音の司会。
午後からはミス剛勇コンテストのアシスタント役をこなしたあと、生徒会劇の本番がある。それ以外の空いた時間も入場整理や屋台の売り子の応援など、ともかく女子の露出を増やすため、僕たち女子はフル回転で働くことになっている。
「では、わたしは失礼します。街道祭、お楽しみくださいね」
三崎さんを文化祭実行委員の人にお任せして、僕は女装喫茶へと急いだ。
剛勇の文化祭は外部の人も入場OK。入場券もいらないし入校に際しての名簿記入もない。校門は誰でも通れるフリーパス状態。だから文化祭に入学希望の女子が何人来ているかなんて把握できない。でも、ざっと見渡す限りでは それらしき女の子は結構多い。
「お~い、お姉ちゃ~ん!」
声のする方に目をやると神愛が手を振りやってくる。
「あれっ、彩夏ちゃんと一緒じゃないの?」
「電車が遅れてるんだって」
神愛はスマホに入ったショートメールを見せながら。
「あの路線、牛が引っ張ってるからしょっちゅう止まるよね」
「それでもお客さんはいっぱいだよ」
例年がどんなものか知らないけど、想像以上に外部の人が多い。文化祭の宣伝は学校説明会の時はもとより、三崎さんの情報誌にも載せてもらったし、母もポスターを府内の中学に頼みまくって張ってもらったらしい。
「お母さんに聞いたよ、シンデレラで王女さま役やるんだってね。頑張ってね」
「もう、口が軽いんだから」
「お母さん怒ってたよ、男ならキスくらいもっと堂々ととヤれって、ぶちゅ~っ、て」
先日劇の練習を覗きに来た母は「あら何、このアクリル板」って白い目をしていた。でも、男とキスするなんて死んでもイヤじゃん。
「ところで眞名美先輩は?」
「校門の案内所にいるはずだよ」
「ねえ神愛さあ、本当に謝らないでいいの?」
先日、神愛には僕の正体がバレたことを伝えておいた。僕と理事長との関係や僕が女装している理由、そしてやがてこの学園からいなくなることなど洗いざらいマナに打ち明けたってことを。勿論マナからの告白や、僕の想いは黙っていたけれど。話を聞いた神愛は、自分も共犯だから謝らなきゃ、と言い出した。
「大丈夫、彼女は全然怒ってないよ。頃合いを見計らってでいいんじゃないかな」
「ううん、早い方がいいよ。それに神愛、眞名美先輩の感想とか聞きたいし」
「何の感想?」
「お姉ちゃんの美しさについて」
「最近、それが褒め言葉に聞こえるよ」
「褒め言葉だよ?」
凹む会話を思い出しながら歩いていくと、目的の女装喫茶はもう目の前。本館2階、階段を登ると目の前という好立地にある。
「姉小路さんっ、待ってたです」
その声と言い回しは女装喫茶の責任者、梶浦先輩。落研の部長でもある彼とは発表会の手伝いなんかで仲良くなった。しかし、今目の前にいるのは銀髪ロングの女の子。しかも彼のトレードマークであるメガネがない。だから一瞬彼とは分からなかった。
「どうしたのです? あ、美少女過ぎて誰だか分からないですか?」
「分かりますよ、豪遊亭情談師匠ですよね」
「正解です。座布団一枚です! でも今の僕は貴子ちゃんなんです」
ずいと突き出した彼の胸には赤いクレヨンで「貴子ちゃん」と書かれた名札。誰だよ貴子ちゃんって。
「そ、そんな白い目で見ないでです。僕の本名は貴之なんです。だから……」
「お名前が可愛いですね」
「顔も可愛いですのっ」
さすが落研の部長、しなを作る仕草がやけに色っぽい。決して美人とは言えないし、口紅もどぎつくてウィッグも安物でバレバレだけど、小柄な彼は女装してもそんなに違和感がない。それよりも彼の後ろに立っている岩石が口紅と頬紅を塗りたくったような茶髪のガッシリ女に思わず吹き出しそうになる。名札を見ればカレンちゃんだって!
「ところでこちらの方はどなたです?」
おっといけない、神愛も一緒だった。妹だと紹介すると、にっこり微笑み「姉がお世話になっています」といっぱしの挨拶をする神愛。
「やっぱり姉小路さんの妹さんです、凄く美人さんで可愛いです。えっとエプロンはあったですか?」
彼は僕らを厨房に案内すると真っ白なエプロンを2着持ってくる。
「姉小路さんはセーラー服のままでエプロン付けるです。妹さんもそのままで付けてもらえばいいです」
「えっ、妹は付いてきただけで別にここで働くわけじゃ――」
「お姉ちゃん、神愛もやってみたい!」
「さすが姉さまの妹さん、よく分かってらっしゃる。お~いみんな紹介するぞ~!」
あ~あ、神愛も引っ張り込まれちゃった。しかし本人はノリノリでエプロンを着けて「よろしくお願いしま~す」って挨拶しまくり。もう勝手にしやがれ。
女装喫茶のスタッフは12人。6人は裏方で飲み物を入れたりパンケーキを焼いたり、残りの6人が女に扮して接客している。特別ゲストの僕と神愛を入れると接客は8人。それでもお客は多いしお客さまとのお喋りも仕事らしく、結構忙しい。
「あなた本当に男の人?」
時々、全員が女装男子だと勘違いしたお客さんに驚かれる。心の中では「はい、男です」って思いつつ、わたくしは本物の女子です、と否定する時の罪悪感は半端ない。多分僕は死んだら閻魔大王に舌を抜かれて地獄に落ちるんだろうな。ああ死にたくない死にたくない。
「おはようございま~す!」
元気な女の子の声、ベージュのブラウスに水玉のスカートと言うフェミニンな出で立ちの彩夏ちゃんがにっこり笑顔で手を振っていた。
「千歳さま、神愛はどこですか?」
「神愛ならそこに」
若い男性客の相手をしている神愛を指差すと彩夏ちゃんは「そうなんだ」と勝手にひとり合点した。
「じゃあわたしも店員さんやりますね」
いやいや、あなたはうちの生徒じゃないし、お客としてゆっくりしてけばいいのよ、と言っても「じゃ、神愛は?」と聞く耳を持たない彩夏ちゃん。
「あ、彩夏、迷わずこれたんだ」
「当然よ。それより神愛のエプロン可愛いじゃない! わたしの分は?」
「えっとこれは貴子先輩が…… あっ、貴子さ~んっ!」
もう知らない。
結局ふたりとも女装喫茶でせっせせっせと接客業に勤しんで。
「ねえ姉小路さん、連れてきてくれた妹さんとお友達がよく働いてくれるから、ここらで上がってもらってもいいよ。姉小路さん、自由時間ほとんどないんだろ?」
豪遊亭情談、じゃなくって「貴子さん」が言うとおり、僕のスケジュールはぎっしりだ。文化祭を楽しむヒマなんてない。たった3人しかいない女子で、この学園でも女の子が活躍してるんですよ、とアピールするのは至難の業だ。だからみんな目一杯に予定を詰め込んでいる。
「でも……」
「せっかくだし楽しんでおいでよ」
確かに口紅をベットリ塗った岩石くんはさっきからヒマそうだ。ま、彼を指名する客がいるとも思えないけど、ここはあいつらがメインのお店だし、お言葉に甘えることにした。