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こんなに華麗な美少女が、あたしに恋するはずがない!  作者: 日々一陽
第6章 ミス剛勇ハイスクール
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第12話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「マナアッ!」


 彼女が教室を飛び出していく。


「みんなはここにいて」


 僕はそう叫ぶと廊下に飛び出した。

 意地悪な姉ほど派手じゃないけど、継母の赤いドレスはよく目立つ。階段近くで一度立ち止まった彼女は、ゆっくりと階段を降り始める。


 僕は慌てて彼女を追った。階段まで駆けると1階と2階の間の踊り場で、マナは窓の外を向いて立っていた。僕はゆっくり階段を降りる。少し落ち着いた僕の耳に軽音部のドラムや吹奏楽部のラッパの音が入ってくる。劇の練習で使っていた大きい講義室は防音も完璧で全く気にならなかったけど放課後の旧校舎は文化系の部活でどこも賑やかだ。だけど今この階段には誰もいなくて、マナは僕に気がつかないのか黙って落ち葉が広がる窓の外を見ている。


 事故だった。

 慣れないドレスで足下が見えなかった。サリーが前のめりに躓いた時、僕は彼女を受け止めようとしたけれど、僕も慣れないヒールをひねってしまって、ふたりもつれて一緒に転んでしまい、気がつけば彼女の上に覆い被さっていた。


 慌ててしまった。右手の下にサリーの豊満なおっぱいがあるとも知らずに、思わずもみもみしてしまった。驚いて手を離すと、今度は不意にサリーの唇が近づいてきて思いっきり重ね合わせてしまった――


 マナはとても温厚だ、確かにちょっと破廉恥だったけど、これは偶然の産物。教室を飛び出してしまうほど怒るなんて…… だけど僕は気付いていた、ダンスのシーンをいつも羨ましそうに見ていた彼女。今回のこのふざけたシンデレラ劇、一番損な役回りは間違いなく継母役のマナだ。出番は多いしセリフも多く、みんなを笑わせる大切な役、だけどひとりだけ年老いたメイクをしてダンスシーンもなければキスシーンもない。責任は重大だけど華がない、しかも一番の悪役。そんな継母役をイヤな顔ひとつせず立派にこなすマナはやっぱり偉いと思っていた。


 けれど――


「マナ……」


 赤いドレスの後ろ姿に声を掛ける。

 振り返ったマナは拗ねるように僕を睨んだ。

 やっぱり怒ってるんだ。

 謝らなきゃ。


「ごめん、あんなことをして――」

「あんなことって?」


 視線を逸らしてマナは呟く。


「その、転んでサリーの上に跨がってしまって、手が胸に触れたり……」

「さぞや大きくて気持ち良かったんでしょうねっ」


 意地悪な継母のイメージそのままのセリフ。

 やっぱりすっごい怒ってる?


「イヤ別に、大きければいいってもんじゃ……」

「慰めなんていらないわ」


 顔を上げたマナは少し涙ぐんでいて。


「…………」


 彼女の口元が動く、でも言葉は出てこない。


「ねえ機嫌直してよ!」

「……」

「怒らないでよ」

「……怒ってなんて、ないから」


 怒ってる、絶対怒ってる、恨めしそうな目で睨まれる……

 この学校でただひとり僕の正体を知っているマナ。

 嘘をついていた僕を、それでも大好きだって許してくれたマナ。

 それなのに僕は――


 女装の時は虚勢を張るけど、元の僕はダメな男、気弱で自分に自信が持てない。

 もし、いまの「千歳」が魅力的だとしても、それは虚像で本当の僕は違う。本当の僕はダメなヤツだ。それでもマナは僕と一緒にいてくれた。全てを知ってもなお変わらず優しく接してくれた。だから甘えてしまったのかも。劇だって彼女なら辛い役回りも我慢してくれるって勝手に思い込んでしまっていた。サリーや西園寺くんとのラブシーンやダンスシーンをじっと見つめていた彼女、きっとマナだって華やいだ役がやりたかったに違いない。それなのに僕はねぎらいの言葉ひとつ掛けなかった――


「本当にごめん」

「ううん、こちらこそごめんなさい。勝手に逃げてきて。それに――」

「それに?」

「虐めちゃって」


 やっぱりマナは優しい。

 だけど僕はそれに甘えっぱなしだ。


「今日は美味しいケーキを買って帰ろう。僕が払うから」

「ううん、ケーキは…… 太るからいらない」


 首を横に振るマナ、だけどその瞳は少し潤んでいて。


「じゃあ、何がいい? アイス?」


 上目遣いに僕を見上げた彼女は暫く考えて。


「デート、して欲しい」

「デート?」

「うんデート。ふたりで、どこか遠くの知らない街に行ってみたい……」

「わかった」


 マナの望むことなら。

 ふたつ返事でOKして、彼女の手を取りみんなが待つ講義室へと向かった。


「嬉しい」


 だけどその時、僕は正しく理解してなかった。

 ふたりで遠くの知らない街へ行くと言う、彼女の言葉が意味するところを。




 第6章「ミス剛勇ハイスクール」 完



【あとがき】


 ご愛読ありがとうございます。姉小路千歳です。

 僕の女装青春日記、お楽しみいただけてますか?


 前章、マナに正体がバレてしまった時はどうなることかと冷や汗だらだらでしたけど、彼女はすべて秘密にしてくれて、ちょっとひと安心。と言うか、どうやら彼女はずっと前から僕が男であることに気がついていたみたいで。マナが正体を知っているって分かってから、僕の学園生活は凄く楽になりました。体育の授業や着替えの時は言うに及ばず、運動部のお誘いを断ったりするときも味方がいるって凄くやりやすいんです。怪我の功名ってヤツですかね。


 さて、剛勇はもうすぐ学園祭です。

 皆さんは学園祭って言ったら何を思い浮かべますか?


 演劇?

 バンド演奏?

 屋台の焼きそば?

 模造紙での発表?


 僕は教室の前に立ち、一生懸命に客寄せしていたことを想い出します。展示発表とか部誌の配布とか、話題性もなくって地味な部活には誰も来てくれなくって、声を掛けても逃げられて無力感を感じ続けるって結構辛いですよね……


 さて、悲しい過去はさておき、剛勇の学園祭は結構派手で、校外からもたくさんのお客さんが来るのだそう。うちには全国大会に出場する部活もあるので、そんなとこのちょっとした有名選手目当ての人も多いのだとか。パニックになりそうな有名人の場合は人前に出ないよう指導されるらしいですけど、残念ながら今年はそんな有名選手はいません。ちなみに僕は校内では有名人ですけど、校外では全く無名です。ま、女装の上に偽名ですから目立っちゃいけませんけどね。


 さて、次章はいよいよ学園祭本番です。

 生徒会主催劇、そして今年で最後となるミス剛勇コンテスト。それだけじゃなくクラスの出し物とかステージ進行の手伝いとか、僕たちたった3人の女子は大忙しになる予感。


 そして、学園祭が終わったら待っているのはマナとの約束。

 僕の気持ちは早くもそっちに傾いて――


 次章「初めてのデート」もぜひお楽しみに。


 最近鏡を見ても自分の姿に欲情しなくなった、姉小路千歳でした。



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