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こんなに華麗な美少女が、あたしに恋するはずがない!  作者: 日々一陽
第6章 ミス剛勇ハイスクール
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第7話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ちょっと、あの配役はナシじゃない?」


 その日の夜、あたしは千歳の部屋を訪れました。

 だって、文芸部版「シンデレラ」はあまりにとんでもないストーリーだったから。


「千歳は何とも思わないの?」

「そりゃ困るけど」


 文芸部版シンデレラ、台本にあるそのあらすじをふたりで一緒に目で追いました――




 ある白いお屋敷に美しい3姉妹がおりました。特に末娘のシンデレラは姿も心もとても美しかったのですが、ふたりの姉と違ってその家の本当の娘ではありませんでした。母はふたりの姉をたいそう可愛がり、代わりにシンデレラには全ての家事と労働を押しつけ、貧しい物を着せ、粗末な物を与えました。シンデレラが破れた薄い布団に「寒い」と言おうものなら鞭でビシビシ叩き、腐ったバナナに「まずい」と言おうものならお尻をペンペン叩きました。




「なんだかシンデレラの被虐がエロいのよね」

「そうね。でも酷いのはその先でしょ?」




 そんなある日、若くて美しい王女さまがご自分の「彼女」を探すための舞踏会が行われるとの回覧板が回ってきました。そう、王女さまは百合姫さまだったのです。舞踏会は仮面を被ってダンスを踊る「仮面舞踏会」。一番目の姉は金のドレスとサファイヤをいっぱい身につけて出かけました。二番目の姉は真珠のドレスにルビーをいっぱい飾り付けて出かけました。だけどシンデレラは洗濯とトイレ掃除と穴の開いた靴下の補修を言い渡され家から出して貰えません。シンデレラが涙を隠して冷たい水で洗濯をしていると白い鳩が現れてこう言いました。


「シンデレラ、ここに絹のドレスがあります。舞踏会へおゆきなさい。ただし夜中の十二時になったら必ず帰ってくること。そうしなければドレスの魔法が解けてしまうでしょう」


 白鳩が「ポッポー」と鳴くと洗濯もトイレ掃除も靴下の穴の補修も一瞬で片付いているではありませんか。シンデレラは鳩に何度もお礼を言うと急いでお城へ出向きました。




「ここ、どうしてカボチャの馬車じゃないのかしら」

「大道具作るのが大変だからでしょ。シンデレラの童話には白鳩のバリエーションもあるのよ」




 シンデレラが駆けつけるとお城は舞踏会の真っ最中でした。王女さまも仮面を被っていますが、ひときわ輝く王女のティアラをしているのですぐに分かります。若い女たちはこぞって王女さまと踊りました。しかし王女さまのお眼鏡に適う女性は見つかりません。そこへ絹のドレスを着たシンデレラが現れます。安っぽい紙の仮面をしたシンデレラですが、内から漂う美しさに周りの空気が輝きます。やがて王女さまはシンデレラの手を取り、ふたりは何度も踊りました。


「少しでいいわ、その顔を見せてちょうだい」


 しかし会場には意地悪な姉たちの視線があります。鬼のような継母の姿もあります。王女さまの言葉に応えられないシンデレラ。名を問われても首を横に振るシンデレラ。堪らず王女さまはシンデレラのスラリと伸びた肢体を抱き寄せ、熱い口づけを交わします。それは甘く爽やかないちごミルクのような味。ふたりが唇を重ね恍惚に酔いしれているまさにその時、無情にも鐘が鳴り響きました。

 12時になったのです。シンデレラは慌てて駆け出しました。




「キスっていちごミルクの味がするの?」

豚骨とんこつラーメンの味よりはいいと思うわ」




 翌日、シンデレラのことが忘れられない王女さまは街に出向いてシンデレラを探しました。しかし、欲の深い街の女達はわたしこそがその娘であると嘘の名乗りを上げます。

 王女さまは仕方なく本物かどうかを確かめるため国中の女たちと接吻を繰り返しました。あの甘酸っぱい「いちごミルク味キッス」の少女を探すためにキスしてキスして、もう何百回とキスを繰り返しました。でも、いちごミルク味の少女には出会えません。


 そしてついに、王女さまはシンデレラの屋敷を訪れます。

 自分こそが運命の人だと名乗りを上げる姉たち。

 しかし一番目の姉はのキスはイカの塩辛の味だと切り捨てられ、二番目の姉はニンニクチャーハンの味だと吐き捨てられました。


 そしてシンデレラの番。

 それはとてもとても甘くて爽やかないちごミルクの味。

 その夜、王女さまはシンデレラを王室に迎え、ベッドの中で永遠を誓い合うのでした。

 めでたしめでたし。




「めでたくないわ」


 千歳は声を荒げます。


「王女さまって単なるキス魔じゃないの?」

「だけど長門先輩も譲る気ないみたいね」


 文芸部の部室で台本に目を通した千歳は猛烈に抗議をしました。

 しかし彼は千歳の指摘をあっさり認め、それこそが狙いだと豪語します。


「まさにこのお話のポイントはそこなんです。稀代の美少女である姉小路さんが学校中の生徒たちとキスをする、キスしてキスしてキスしまくって、最後は熱いベッドシーン。何とインパクトがあるストーリーでしょう! こんなに不埒な…… じゃない、魅惑的な演出を考えつくなんて俺すげえええええええええーーですよねっ。王女さまはシンデレラや姉たちは元より、飛び入りの観客たちともキスをするコーナーを作れば満員御礼確実だと思うんだ。ね、俺すげえええええええーーー」


 自慢する長門先輩に千歳は思わず立ち上がりました。


「お断りします」

「えっ? 劇だからホッペにチュッでもいいんだよ?」

「しません」

「ええ~っ? じゃあ、おでこ?」

「イヤです」

「アクリル板を挟んで唇に」

「良くそんなこと考えつきますね」

「そうだ、ポッキーゲームにしよう!」

「最早劇じゃないですよね!」

「そうこれは演劇を超えたエンターティメント! 打倒ミス剛なんだ!」


 千歳の抗議をものともしない長門先輩、ずり落ち掛かった飴色メガネを直しながら力説を続けます。


「築城にも頼まれたからな、ミス剛に代わる企画は絶対成功させたいって。共学に生まれ変わったとたんにつまらない学園祭になったなんて誰にも言わせたくないって」


 千歳に負けじと立ち上がり熱弁を振るう長門先輩に押されたのか、千歳は急に口をつぐんで考え込んでしまいました。そしてそのまま文芸部をあとにしたのです――

 



「千歳はいいの? イヤだったら撤回させましょうよ!」

「ええ、でも――」


 煮え切らない千歳! 例えおでこでもホッペでも、キスですよキス。それもあたしとするのならまだしも、サリサリとも築城先輩とも、そして出演する街娘役の男子や会場でのじゃんけん大会勝者ともキスするなんて、そんな破廉恥な劇なんかボイコットしたらいいのよ。って言うかもはやそれ、劇じゃないでしょ、ショーよ見世物よ、淫乱ショーよ!

 しかし千歳はう~んと唸って考え込んだまま。


「千歳らしくないわ。イヤだったら断れば?」


 それでも千歳は唸ったまま。


「イヤなんでしょ?」

「イヤだけど、イヤじゃない――」

「見境なく誰彼となくするのよ。築城先輩とも西園寺くんとも、サリサリとも!」

「うん、やっぱりそれでいい」


 驚いて顔を上げると、千歳は穏やかに笑っていました。


「キス魔、痴女、淫乱女、そんな役どころでしょうけど、長門先輩は一生懸命考えてくれたんだ。何とかそれに応えなきゃ。それで剛勇の学園祭が盛り上がるのなら――」



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