第10話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
千歳はやっぱり男の人でした。
でも、そんなにショックじゃありません。
予想は付いてましたし、何より千歳が大好きだから。
性別なんか関係なく――
なぁ~ん
喉を指でさわさわすると、気持ちよさそうに細めた目が可愛い。
なぁ~ん
千歳の部屋を出ると、中庭に白いなぁ子を探しました。
月も星も見えない夜空の下、食堂の灯が漏れる窓の下でなぁ子は丸くなっていました。そして、あたしの姿を認めると、なぁ子の方から寄ってきてくれました。
「ごめんね、今、ご飯はないのよ」
それでもなぁ子は擦り寄ってきて、なぁ~んなぁ~んと懐いてくれます。
無償の愛、ってヤツです。
あのあと、千歳は全部教えてくれました。
あたしが他校に行かないように、女装して接近したのだと。それは理事長の命令なのだと。驚くことはありません。それくらいのこと、とっくに予想が付いていました。それでも千歳は何度も謝ってくれました。女子はひとりじゃないなんて騙してしまった、酷いことをしてしまった、って。
あたし、全然怒ってなんかいません。だって千歳はあたしを大切にしてくれる、あたしの一番のお友達。心からそう思えるから。ううん、今はそれ以上になれたんだ。
「そっちに行っても、いいかな?」
驚いて顔を上げた千歳、あたしは返事も待たずに椅子を立ち、千歳のベッドに座りました。ピンクのベッドに並んだふたり、だけど千歳は手も繋いでくれません。ふたりは互いに顔を背けたまま黙ってしまって。さっきは愛してるって言ってくれたのに――
「全部話してくれてありがとう。安心して、あたし誰にも言わないから」
「ごめん」
消え入るようにか細い声。でも、誠実さが伝わってきます。
「そんなに何度も謝らないで。千歳は何にも悪くないし、あたしは今すっごく楽しいんだから。学校も寮の生活も全部楽しい。それに、さっきは嬉しかった――」
急に顔が火照ります。あの時、愛してるって言ったときの気持ちが、千歳が応えてくれたときの感情が、そして今も唇に残る感覚が、鼓動をどんどん加速させます。
「でも、ひとつだけ、分からないんだ」
ポツリと呟く千歳の声、ゆっくり視線を向けると、千歳もあたしの方を見て、一瞬だけ目が合うと、すぐに視線を逸らしました。
「マナは僕のどこを気に入ってくれたの? 僕はずっと女のふりをしてきた。ううん、今でもそうだ、鏡の中の僕は、自分で言うのもなんだけど、人並み以上に女の子してる。さっきだって、君に愛を囁いたのは姉小路千歳という女の子だった。そんなわたしを好きだと言ってくれて、僕も凄く嬉しい。だけど分からないんだ、マナは僕を好きになってくれたのか? それともわたしを好きになってくれたのか?」
「!!」
はっとして言葉を探しました。
あたしは千歳が大好きです。確かに男としての千歳は一度も見たことがありません。だったら女としての千歳に惚れちゃったの? ううん、あたしは男の子だって思っても尚、千歳を想うと胸が熱くなります。しかし、あたしは姉小路千歳という女の子しか知らないのも事実――
見ると千歳は不安そうにあたしを見つめていました。こんな千歳は初めてです。思い詰めたような、追い詰められたような眼差し。
「僕は駄目な男なんだ。気弱で意気地がなくて優柔不断で――」
「うそ? 千歳はいつも堂々として明快で、言い寄る男の人をバッサバッサと切り捨てるじゃない!」
「あはっ、告白を切り捨てるのは単なる拒絶反応。でも不思議だよね。仮面の効果なのかな、開き直ってるのかな、女の僕は堂々としているんだ。だけど男の僕は違う。全然ダメな男――」
男の顔と女の顔が違う、千歳はそう言います。男の千歳は友だちも少なくていつもひとりぼっち。得意と自慢できるものなんか何もなくて暗くてつまらないヤツだと自嘲します。人に好かれるような男じゃない、と自嘲します。でもそんなの違う! あたしは何か言いたいけれど、女の千歳しか知らないから何も反論できなくて。悔しいけれど否定できなくて。でもそれじゃあこの気持ちは何? あたしはこんなに千歳に惹かれているのに――
「それでもあたしは、千歳が好き!」
「……ありがとう。でも僕、ううん、わたくしは2年になったらここからいなくなるの。だからさ、マナが愛してくれたのは幻なんだ。姉小路千歳という女は幻なんだよ」
「そんなこと言わないでっ!」
大きな声で叫んだ瞬間「しまった」と思いました、だって隣は神愛ちゃんの部屋。しかももう夜10時過ぎです。あたしは思わず立ち上がり、呼び止める声にも振り返らずに彼の部屋を後にしました。
なぁ~ん
なぁ子の喉を撫でながら思い出すのは千歳の言葉。
あたしが好きな千歳、大好きな千歳。だけどそれは幻、仮初めの姿――
ううん、違う。
何かが違う。
確信を持ってそう思います。でも何がどう違うのか自分でも分かりません。確かにあたしは男の千歳を知りません。だけど千歳は素敵な人、それは男の千歳だって同じはず。きっと幻なんかじゃない――
ごろなあああ~ん
目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさげに鳴くなぁ子。思わずなぁ子を抱き上げて、ぎゅっと胸に抱きしめました。好き、大好き! 死ぬほどに好き! あたしはこんなにも愛しているのに!
温和しいなぁ子は何事? と言った顔であたしを見つめ返しました。
なぁ~ん
頑張って女の子をたくさん集めて、全てが終わったらここからいなくなる―― 千歳の言葉に不安が募ります。
だけど。
だったら。
どうしたら?
なぁ子を抱いたままで夜空を見上げました。
全てを隠す曇り空。
月も出ていない真っ暗な空の隙間から小さな星がひとつだけキラリと光った気がしました。
第5章「オープンスクール大宣言」 完
【あとがき】
いつもご愛読ありがとうございます。遊里眞名美です。
5章、オープンスクール大宣言はいかがでしたか?
共学になった剛勇学園、来年こそは100人以上の女子を集めて立派な共学校にするんだと頑張っていた千歳に吹いた思わぬ逆風。しかし、それを乗り切った先にはみんなの笑顔がありました。オープンスクールは大成功、参加者から握手を求められた時は思わず泣きそうになりました。この調子でいけば大丈夫。千歳の秘密も「ふたりの秘密」になってバラ色の高校生活が待っているはず―― なんだけど。
さて、せっかく久しぶりにあとがき担当になったから、あたしの1日をご紹介したいと思います。
あたし、遊里眞名美の1日はお気に入りのアニソンで始まります。最初はアニヲタじゃなかったんだけど毎日毎日サリサリに布教されちゃって、最近では立派なアニヲタになりました。BLもラブコメも好きだけど、一番好きなのは女の子だらけのゆるふわな萌えアニメ。見ててにっこりほっこりしちゃいます。そう言うわけで深夜に撮ったアニメを見ながら洗面と着替えを済ませて食堂へ。朝からご飯のお代わりをする千歳に味付け海苔を寄付して、お部屋に戻り7時50分になったらみんなで学校へ。学校までは歩いて5分だから、教室につくのは早い方。それでも数人、遠くから通う男子がもっと早く来ています。
8時35分にホームルームが始まり午前に4時限の授業を受けます。
お昼は寮母さんが作ったお弁当を千歳とサリサリと一緒に食べます。席は3人並んでいるから端っこのあたしが千歳の前の吉野くんの席へ行って後ろを向いて座ります。吉野くんはあたしの席で前に座る宮崎くんと食べるからちょうどいい。
お昼休みは50分。食べ終わってもみんなでお喋りしてることが多いかな。時には宿題の見せ合いっこをしたりもするけど。
午後は3時限。ホームルームが終わって掃除を済ませると4時です。そこから生徒会女子分室へ。生徒会の活動や部活の支援なんかで結構忙しかったりするんですよ。ま、最近は文化祭劇の練習がメインですけど。
6時にはドヴォルザークの「新世界より」が鳴ってみんなで下校。寮に戻ると着替えを済ませて6時半には晩ご飯。寮母さんの愛情こもった美味しいご飯が待ってます。千歳はいつもお代わりをするんだけど、そのくせ全然太らない。見事なまでにスリムなまま。羨ましい。あたしも痩せてる方だけど、怖くてあんなに食べられないわ。
食後はなぁ子と遊んだり、みんなでお喋りしたり。8時にはお風呂に入って、それからあとは自分の時間。お勉強したり録画したアニメを見たりで12時前には寝ちゃいます。
って、あたしの1日なんて面白くなかったかしら。
きっと「千歳の1日」の方が興味ありますよね。だって千歳は男の子、だから。あたしも興味があるんです。自分の部屋の千歳はどんな感じなんだろうって。やっぱり男に戻るのかな? それとも1日中女の子のまま?
今度密かにチェックして、皆さんにもこっそり教えちゃいますね。
と言うわけで次回予告です。
夏休みも終わり、日本列島は秋一直線。
秋と言えば秋刀魚、松茸、栗に茄子……
って食べ物だけじゃなくって運動会に文化祭。学園のイベントも目白押しです。
剛勇学園もご多分に漏れず恒例の学園祭が待ってます。
中でも生徒会主催のイベント「ミス剛勇コンテスト」は男子生徒が女装して美しさを競うというトンデモな出し物。元々男子校だからちょっと下品だけど名物イベントで例年大盛況なんだとか。しかし純な女の子にはちょっと見せられない内容で、共学になった事を機に新しい名物を作ることに。どんな出し物にしようかとみんなは知恵を出し合って……
次章「これが文化祭の新名物?」も是非お楽しみに。
お相手はあたし、正真正銘の女の子、遊里眞名美でした。