第9話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
テディベアを手にした千歳の動きがピタリ止まりました。やおらギギギギギと音を立るように、ぎこちなくこちらを振り返ります。
「――秘密?」
あれっ?
千歳はもう知ってるよね、わたしが気付いていたことに。
だってあたしの告白に「僕も」って応えてくれたんだから――
テディベアを見る前にも「もしかして」、って思うことはありました。神愛ちゃんとの会話を盗み聞いてしまってからずっと考えてました。秘密って何だろうって。千歳と理事長の関係も疑いました。ふたりは親戚とか、親子とかじゃないかって。でも、そんなのたいした秘密になりません。そもそも隠す必要なんてありません。でもこのぬいぐるみを見て確信しました。全て納得できる唯一の解、しかしそれは、どうしても千歳の外見からは信じられないことでした。でも、そう考えれば全て納得できるのです。男子生徒の告白を気味が悪そうに断っていたのも、スカートの下にホットパンツを穿いているのも、寮の大浴場に一緒に入らないのも、大山くんを軽々と投げ飛ばしサッカーが凄く上手だったのも――
「だって水色は男の子が産まれたときに贈る色なのよ」
「――っ!」
あたしの言葉にサッと顔色を変えた千歳。
「こんなにおおっぴらに飾るなんて、知らなかったんでしょ?」
「って、ええ~っ!! バレてたの~っ!!」
あれっ、バレてるって気付いていたんじゃないの?
あの時「僕」って言ったじゃない!
だからあたしはてっきり――
だけど千歳は小さく「知らなかった」って呟きました。
これって今、あたしから千歳の秘密を暴露しちゃったってこと?
突然あたしの頭の中に、あの時の言葉が蘇ります。
「バレたらお姉ちゃんの使命は終わりだよ…… お姉ちゃんが寮から追い出されたら、神愛、泣いちゃうからあっ!」
どうしよう。
千歳がいなくなったらどうしよう――
「ち、千歳これは……」
「いつから知ってたの?」
「いつからって…… このテディを見たときかな、確信したのは」
「そんなに前から?」
「あ、あのね。千歳は、その……」
急に目の前が真っ暗になりました。
千歳が自分から教えてくれたから大丈夫だって思っていたけど――
「千歳はいなくならないよね。寮から出て行かないよね、学校やめたりしないよね、あたしの前から消えたりしないよね!」
「え?」
「あたし誰にも言わないから、絶対秘密にするから、だから……」
「ありがとう。遊里さんが許してくれるのなら――」
千歳の穏やかな口調。
良かった。
「はう~っ」
思わず安堵の溜息が口を突きます。
「じゃあ、絶対どこにも行かないで」
「以前から遊里さんには打ち明けようと思っていたんだ。でも出来なくて、ごめんなさい」
神妙な千歳、あたしはゆっくり首を横に振りました。
「大丈夫」
「怒らないの? 僕は遊里さんにずっと嘘をついていたんだよ」
「……やっぱり怒ります」
「だよね」
「怒ります! 今まで通りマナって呼んでくれないと怒ります! 他人行儀なんてイヤ、今まで通り仲良くしてくれなきゃイヤ! あたしも変わらないから、だから千歳も今のままでいて!」
「ありがとう、まな、みさん」
「マナでしょ!」
「ちょっと恥ずかしいな」
「何言ってるの? さっきまでマナ、マナって呼んでくれてたじゃない?」
そうだけど…… と煮え切らない千歳を睨みました。
「マ、ナ」
目を逸らし小さな声であたしを呼んでくれた千歳は、神妙に顔を上げました。
「あのさ、聞いてくれる? 本当のこと、全部話すから…………」




