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こんなに華麗な美少女が、あたしに恋するはずがない!  作者: 日々一陽
第5章 オープンスクール大宣言
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第8話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 頭の整理が出来ない。

 できるわけない、部屋に戻ってもずっとこんがらがったまま。


 時計の針は10時を指そうとしている、いつもならお腹が空いて密かにカップ麺を食べてる時間。引き出しの大盛りヌードルを手に取って、思い直してまた戻す。


「愛してます!」


 あの時の、マナのまっすぐな眼差しが脳裏に焼き付いて離れない。

 白い部屋を見回した。タンスの上のペンギンと、水色エプロンのテディベアが僕をじっと見つめているだけ。


 どういうこと?


 女同士の愛なんて物語や映像の世界でしか触れたことがない。勿論男の僕に経験なんてあるわけない。マナにそんな趣味があったなんて驚いた。嬉しいような悲しいような――

 物語で知るそれはキラキラと甘美で純粋で、そして穢れがない。けがれがない、というのは僕の感想であって世間一般の評価とは違うかも知れない。でも、僕は女の子同士の恋愛にそう言うピュアなイメージを抱いている。いや、抱いていたと言うべきか、さっきまでの過去形だ。

 女の子同士の愛、百合、ガールズラブ。思いがけずその当事者になってしまった僕の気持ちは穢れていた。よこしまな思考が今も僕を支配している。


 遊里眞名美さん。

 優しくて笑顔が似合う女の子。

 でも、この気持ちは決してプラトニックじゃない。


 スレンダーでもしなやかな彼女の白い肢体は優しくどこか懐かしい匂いを纏い、桜の花びらのような唇は甘酸っぱいレモンキャンディーの味がした。僕は男として彼女が好きだ。どんなに否定しようにも体は嘘をつけない。僕の男としての部分が彼女にだけ特別を感じてしまう。でも彼女が愛しているのは姉小路千歳と言う虚構の女の子。気持ちが抑えきれずに愛なんて言葉を口走ってしまったけれど、どうすんだ撲。来年になったら僕はこの学校から消えるのに――


 トントン


 こんな時間に誰だろう。


「神愛?」

「あたしよ、眞名美。ちょっといいかしら?」


 どくん。


 こんな時間に、どういう用?

 って、ヘンな想像しちゃ駄目だ。

 僕は女の子、彼女を愛する女の子。

 深呼吸ひとつしてドアノブに手を掛けた。


「どうしたのマナ?」

「あ、うん。ごめんねこんな時間に。ちょっとだけいい?」


 僕は彼女を部屋に招き入れると椅子を勧めた。ごめんね、と何も悪いことしてないのに謝った彼女はちょこんと可愛く椅子に座る。風呂上がり、Tシャツにショートパンツというラフな部屋着の僕に対しマナは可愛いワンピース、肩から下げたベージュのポシェットを大事そうに手に持った。僕は彼女と向かい合うようにベッドに腰掛け呼吸を整える。


「ケーキ食べたから腹ごなしの散歩」

「寮の中を?」

「って、嘘。あのあと全然お話しできなかったら――」


 俯いて少し頬を染めたマナ。肩に届く栗色の髪を左手で弄ぶ。

 初めてのキスのあと、僕たちはほとんど喋らなかった。マナの言葉と自分がしたことに頭の整理が追いつかない僕に対して、マナは静かだった。まるで披露宴に入場する新婦のように言葉少なに俯いて、でも嬉しそうだった。無理矢理帰したサリーと神愛のためにとショートケーキを買って手を繋いで帰った。食後にみんなで美味しく食べて、盛り上がったのは今日の出来事。波乱のオープンスクールに彩夏ちゃん襲来とお茶の話題には事欠かなかった。


「今日はとても嬉しかった。でも本当によかったの?」

「本当によかったって、何のこと?」

「勝手に約束しちゃったこと」


 そのことはケーキを食べながらも謝ってくれた。今日何回謝罪されたやら。確かに困ると言えば困る。だって僕は来年にはここにいない予定だし、いないんだから約束なんてされても困る。だけどお陰で道が見えた。手応えはあった。来年こそ剛勇は本当の共学校になれるに違いない。生まれた矛盾をどうするか、これからゆっくり考えなくちゃだけど――


「だから、問題ないって言ってるでしょ?」

「ありがとう。でも……」


 少し口ごもったマナは、やおら立ち上がるとタンスの方へと近づいてぬいぐるみたちに目をやると、くるりと僕を振り向いた。


「テディベアにこれ、着せてもいい?」


 ポシェットから取り出したのは、小さな小さなピンクのエプロン。


「え?」


 マナはぐいと背伸びしてタンスの上に手を伸ばす。しかし、ちょっと奥目のテディにはあと少しだけ届かない。慌てて駆け寄って、彼女の横から取ってあげた。


「はい」

「ありがとう。千歳はやっぱり背が高いなあ」


 明るい茶毛に水色エプロンをした愛嬌たっぷりのテディベアを机の上に座らせると、そのエプロンを器用に外したマナ。そうして持参したピンクのエプロンに着せ替える。


「どう? 刺繍がちょっと下手だけど、まあまあのデキでしょ?」


 彼女から着せ替えたテディを渡された。彼は真新しいピンクのエプロンを着けて澄まし顔。その手作りのエプロンには前のと同じように僕の名前と誕生日が刺繍されていた。


「凄いわね、良く出来てるわ。マナって何でも出来るのね」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「マナにお人形の着せ替え趣味があるなんて、知らなかった」

「ううん、別にそんな趣味はないんだけど、これで気付いちゃったから」

「気付いた?」


 何のこと?

 思考がぐるぐると回り始める。

 僕が学園長の子供だって事?

 それとも僕が――

 やっぱりそれしか――


「何、を?」

「だから、他の人にはバレないように、って作ったの。ふたりだけの秘密だもの」

「――秘密?」


 混乱した頭のままでテディから彼女へと目を移す。


「だって水色は男の子が産まれたときに贈る色なのよ」

「――っ!」

「こんなにおおっぴらに飾るなんて、さては知らなかったんでしょ?」

「って、ええ~っ!!」



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