第7話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「愛してる!」
満月に頬を照らして、その大きな瞳で真っ直ぐ僕に訴えてくる。
少し怒ったような、縋るような、そして懸命なマナの瞳。
突然、僕の思考が縦横無尽に強く激しく揺さぶられた。
甘酸っぱい心の疼きが灼熱の炎になってこの胸を締め付ける。喜びと愛おしい気持ちと、嘘への懺悔と絶望がごちゃ混ぜになって僕の胸で荒れ狂う。
僕は彼女が大好きだ。
可憐な声、吸い込まれそうな瞳、全てを包み込む優しい匂い――
だけど、僕は女で、彼女も女で。
その現実が僕のこの、浮き足立つ気持ちを抑えつける。
まさか、もしかして、僕が男だってバレてる?
だから愛という言葉を使った?
ううん、そんなはずはない。
そんなのバレたら平手打ちの2、3発は飛んでくるはず。
男なのに女だなんて偽って僕は彼女を騙してきた。マリアナに行くチャンスをぶち壊し剛勇に引き込んだ。体育の着替えも一緒だった。女子トイレも一緒に入った。手を繋いでふたりで語らい、ベッドに並んで座って笑い合った。
彼女はいつも優しくて、とてもとても優しくて、いつも僕を助けてくれた。激励してくれて応援してくれて、いつも僕を信じてくれた。優しい瞳で微笑んでくれた。
だから絶対バレてない。
僕の秘密は許されないことだから。
笑って済まされる嘘じゃないから。
もしも僕に秘密がなければ、今すぐ彼女を抱き寄せるのに。
舞い上がる心のままに飛んでいけるのに。
だけど――
何て答えればいい?
僕には資格がない。
あなたを愛する資格がない。
だって僕は女の子、あなたを愛する資格がない――
きっとそれが正しい答えだ。
嘘に嘘を重ねても、それがきっと正しい答え。
だけど、彼女が悲しむ顔なんて見たくない。
彼女といると凄く楽しいのに。
凄く嬉しいのに。
マナはこんなに真剣に訴えているのに。
それなのに、マナを失うなんて、そんなのイヤだ――
ふたりは立ち止まり向かい合った。
どれだけの思考が浮かんでは消えていっただろう。
彼女は今にも泣きそうに、小さな唇をぎゅっと結んで僕を見る。
マナを悲しませたくない。
悲しませちゃいけない。
ふたりの関係が壊れるなんてイヤだ。
絶対にイヤだ。
でも、だから見つけなきゃ。
上手い答えを見つけなきゃ。
僕は、ずるい。
また、嘘を嘘で固めようとしている。
そんなの、最低なのに――
「わたくしは……」
わたくしは女、だからそんな気の迷いは――
――遊里眞名美さん、愛しい人。
僕は、僕は――
「僕だって愛してる!」
――――あ。
あ。
今僕、なにを言った?
僕は女の子で、大きな嘘をついていて、隠し通さなきゃいけないというのに!
突然、体中の熱が激しく頭のてっぺんに押し寄せてきて、呼吸が止まって、そして世界中が静まりかえった。ゴクリと生唾を飲み込むと、自分に驚く自分に気がついた。
「嬉しい……」
えっ?
僕を見上げる大きな瞳がスッと和らいだかと思うと、キラリ零れた一筋の光。それは月の光に艶めく小さな唇へと流れ落ちた。
なんて綺麗なんだろう――
好きだ、大好きだ!
体中の熱が鉄の理性も蒸発させる。
そして僕は乱暴に彼女の肩を抱き寄せた。
「んんっ」
「――っ!」
細く壊れそうな肩、清楚な髪から漂う石鹸の匂い、唇に触れる柔らかな感触。甘酸っぱいその味が僕の気持ちを狂わせる。このままどこまでも落ちていきたい。だけど――
「ああんっ!」
「……」
「…………」
「ご、ごめんマナ――」
女の子同士なのに、と言う僕の言葉は声にならない。
「ううん、嬉しい!」
潤んだ瞳ではにかんだマナは、どこまで可憐でどこまでも美しくて、そして狂おしいほどに可愛かった。
通り過ぎるヘッドライト、遠くに聞こえるクラクションの音、騒音が僕を引き戻す。しかし、抱擁を解いても彼女は僕を見つめたまま。
「あたし、千歳のためなら何だってするから。いつまでもよろしくねっ!」
いつもの笑顔でそう言うと、急に弾んで一歩先に躍り出て、くるりと僕を振り返った。
「さあ、みんなにもケーキを買って帰りましょ!」