第4話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「わたし、ここに決めました!」
午後の部活体験、案内に立っているとひっきりなしに声を掛けられる。
「待ってるわ、頑張ってね」
握手を求められたりもする。僕が右手を差し出すと真っ赤な顔をして俯く子も。いや、こっちだって照れるんだけど。
「先輩、握手してください!」
「あたしも!」
ちょっとしたアイドルみたいだ。
「わたしも歓迎、して貰えますか?」
「勿論よ!」
「先輩、部活は何してるんですか?」
質問攻めに握手攻め。どさくさに紛れて男子生徒の手も伸びる。思わず殴りたい衝動を必死で押さえる。笑顔だ笑顔。受験生は神様なのだ。
勿論、あの演説をぶったマナの周りも人だかりができていた。
彼女も笑顔でひとりひとり丁寧に言葉を掛けている、男子も女子も分け隔てなく。僕と目が合うと「お互い大変ね」とばかりに肩を竦めた。彼女は何も知らない、だからあんなことを言ったのだ。僕は彼女に感謝しなくてはいけない。でも――
でもどうしよう、大変なことになってしまった――
来年の春。
桜が咲いて、胸躍らせた彼女たちがここに来てくれたとしても、そこに僕はいない。
その時『姉小路千歳』なる少女は、この世界のどこにも居ないはずなのだから。
100人の新入生を獲得すると同時に僕の役目は終わるのだから。
でも、精一杯の愛想を振りまくマナを見ていると、僕だけがさよならなんて許されない気がしてくる。このミッションが成功したとしても、女装は終われないのか? もう戻れないのか? 男、終わっちゃうのか? いや、戻らなきゃ。今でさえマナを騙してこんなことになったのだ。これ以上、それもこんなにたくさんの女の子を騙すなんてしちゃいけない。そんなの罪だ、犯罪だ。性別詐称だ!
「千歳さまっ!」
マリアナ女子の濃い色の制服に身を包んだゴージャスな巻き髪美少女が、嬉しそうに僕の手を取る。
「彩夏ちゃん!」
「今日のお話、本当ですよね?」
「今日の話?」
「千歳さまがわたしたちの面倒見てくださるって」
「あ、ええ、まあそうね」
「実はね、わたし今、すっごく困ってるんですよ。相談に乗って貰えませんか?」
「そりゃ、彩夏ちゃんが剛勇の生徒になったら、ね」
「何言ってるんですか? 今ですよ? 今困ってるんですよ?」
「ははは、それはご愁傷様……」
「酷いです! こんなにも可愛い入学希望者が困ってるんですよ!」
しなを作って上目遣いに覗き込んでくる。彩夏ちゃんは確かに可愛いけど、それ、自分で言うか? 見ると彼女の横で神愛が手のひらを上に向けて、お手上げのポーズをしている。さては神愛もさじを投げたか?
「分かったわ。じゃあ日をあらためて明後日とか……」
「今日このあとはどうですか?」
「このあとは後片付けもあるし」
「大丈夫です。わたしも手伝いますから。ねえ神愛!」
お手上げポーズのまま、視線だけを彩夏ちゃんに動かす神愛。
「分かったわ。でも手伝いはいらないから、5時に駅前で待ち合わせ。いいわね」
「はいっ!」
本当は、これが終わればマナと話をしたかったのだけど、仕方ない。
「眞名美さまもサリーさまも一緒ですよねっ!」
「あとで誘ってみるわ」
サリーは運動系の体験希望者案内のためグラウンドへと出向いた。行きがけに彩夏ちゃんが気になるのかチラチラこっちを見ていたけど。
「彩夏、そろそろ行きましょ? 後ろ大行列だから」
「あ、うん、そうね。ごめんなさい。千歳さま、あまたあとでっ!」
神愛に腕を引きずられ、ゴージャスな台風少女は文化系サークルが集結する別館の方へと姿を消した。