第3話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
理事長が突然の「在校生女子によるぶっちゃけ説明会」の開催を告げると僕たちは急いで会場となる視聴覚教室へと向かった。180人が収容できるこの教室は大きなモニターが6カ所にあってどこからでもよく見える。緩く階段状に並んだ机。正面に巨大なスクリーンを下ろすことも出来て、そうするとちょっとした映画館だ。
しかし――
「突然すぎるわ、一体何を喋ったら――」
心の叫びが口から零れる。
「あたしたちの等身大をそのまま伝えればいいんじゃない?」
「モニターに女子寮ブログを映すとか、どうわよ!」
さすが、僕の仲間は心強い。
ひとりじゃないって、素敵なことだ。
「ありがとうマナ、サリー」
「色んな部活の応援もしたから、裏話もいっぱいあるわよね」
「そうね、3人で交代に喋れば時間も持つわね」
「何言ってるのわよ? それは千歳の役目わよ?」
「は?」
「そうね、あたしとサリサリは補助役ね。千歳は話が上手いもの」
前言撤回。この裏切りもの!
いつも僕がどれだけの勇気を振り絞って人前に出ていると思ってるんだ――
「千歳なら大丈夫よ。あたしもサリサリも全力でサポートするから。でも喋るのは千歳が適任」
「それは買いかぶりよ?」
「そうかしら? だって女子にたくさん来て欲しいって一番強く願っているのは千歳でしょ?」
マナに言われて我に返った。
そうだった、これは僕のミッションだ。
ええい、こうなりゃヤケだ。やるよ、やってやりますよ。やりゃいいんでしょ! 剛勇の魅力を語りゃいいんでしょ。ええ、語りますよ、語り倒しますよ。
「それからね、千歳」
いつの間にか振りかざしていた僕の握りこぶしを怪訝そうに見ながらマナは続ける。
「何もこっちが喋ってばかりすることもないわ。質疑応答をメインにしたらどうかしら。一通りの説明は終わってるし、参加者には聞きたいことがいっぱいあると思うの」
「そうね、そのとおりだわ。マナ賢い」
「別に賢くなんてないわ? ねえ千歳、焦ってない?」
焦ってる?
確かに、そうかも。
さっきから追い詰められた気分で、頭がまったく回ってなかったかも。
でも、言われて気が楽になった。
時間が来ると僕は壇上に立ち、そして頭を下げた。教室はほぼ満席。ほとんどの女子が来てくれたのだろう、保護者もいるので空席は僅かだ。みんなじっと僕を見つめている。これから何が始まるのか、興味津々と言うところか。マナは演壇の袖に立ち、サリーは最前列に座りノートパソコンで映像を操作してくれる。
ありきたりな挨拶を述べながら広い教室を回し見る。カーテンを開け広げた大きな窓から明るい日差しが筋をなす。真っ直ぐこっちを見ている子、ペンを握って緊張気味の子、友だちとヒソヒソしてる子、物珍しそうに教室を見回している子―― ちゃんと聞いてくれているのかな、それなりに喋れてると思うのだけど。
本題に入る。学園での面白かった一コマや女子寮での楽しかった出来事をちょっとだけ脚色して喋る。バスケの応援で袴姿になったこと、パンフの撮影で10回撮り直したこと、仔猫のなぁこの話しもした。みんなの不安を払拭すべく剛勇女子の仲の良さ、日頃の楽しい雰囲気を伝える。生徒会に女子分室があることも話した。ことしはたった3人だけど、来年はもっと増えて、もっともっと楽しくなるだろう。一通り喋り終えると質疑応答に入る。
「女子が少なくて困ることってありませんか?」
「体育の授業はどうしてるんですか?」
「宿題は多いですか?」
マイクを持ったマナが質問者の元に駆けつける。僕は笑顔を意識して、でも冷静に回答する。ここまでは難しくない質問ばかりだ。
「女子はほとんどいないのに、先輩は何故剛勇を選んだんですか?」
来たか。
これ、当たり前の質問なんだけど、答えは案外難しい――
質問したのはおかっぱの少女。真面目な優等生って感じだし、学習環境が整ってるからとか、勉強するのに男女は関係ないとか、そう言う答えでいいのかな、と考える。僕は頭で答えを整理すると彼女を向いて語りかける。授業の密度、図書室の充実度、そして優秀な仲間達のことを。勿論、女子寮の快適さのアピールも忘れない。しかし、彼女はどこか腑に落ちないという風だ。
「それはマリアナ女子や聖林よりも断然優れてる、と言うことでしょうか?」
ツッコミ鋭い。
でもね、僕には選択権なんてなかったんだ。君にはあるんだろうけど――
「残念ながらわたくしは剛勇しか知りません。だから比較は、できません――」
言葉が尻すぼみになった。彼女も納得いく顔はしてくれない。
「それならどうして先輩は男子ばかりの高校を選んだのでしょうか? 入学時点では女子はふたりだけだったって伺いました。それでも先輩はここを選んだんですよね。その理由は何だったのでしょうか」
これはもうお茶を濁して終わらせることは出来そうにない。それに彼女は僕を困らせようとしているわけじゃない。その真っ直ぐな瞳は素直に知りたいと思っている証だ。
でも、僕には答えが用意できない――
「あたしの場合は――」
視線が一斉に声の方に移動する。マイクを手にマナが僕の方へと歩いてくる。
「質問者さんの言うこと、よく分かります。あたしも最初、こんな学校やめようと思いました。入学式、校門をくぐるのはみんな男子ばかり。右も左も前も後ろも男子男子男子! あたしはひとり好奇の目でジロジロ見られて、式場でもひとりだけ隅の席にぽつんと座って、とても心細かった。後悔の気持ちでいっぱいだった。でも彼女が声を掛けてくれたんです。今、あたしの隣にいる姉小路千歳さん、新入生代表だった彼女は笑顔で声を掛けてくれました。とても優しくしてくれて、仲良くしてくれて、気持ちが一気に晴れたんです。実はあたし、両親に他の高校への転校を勧められていて、とある女子校が受け入れてくれることも決まってたんです。でも、彼女と一緒にここで学ぼうと思いました。だって彼女はとても親身になってくれたから。友だちって数が多ければいいのでしょうか? ううん、あたしは彼女が居てくれたらそれで十分だって思いました。今では留学生で生徒会役員のサリーもいて、毎日がすっごく楽しいです。だから――」
マナは突然僕の手を取る、そして並んで一歩前に出る。
「だから、皆さんが入学された暁には、あたしたちが、ここに居る千歳とサリーとあたしが全力で歓迎します。頼りないお姉さんかも知れませんが皆さまのために親身になって全力でサポートします。幸い生徒会女子分室は独立した部屋を持っています。いつでも尋ねてきてください。何でも相談してください。それが在校生女子であるあたし達に出来る全てです。たったの3人ですけど、でも、絶対どこにも負けません。絶対後悔させません」
頭を下げた。会場のみんなに、そしてマナの言葉に。いつの間にかサリーも僕の横に立って頭を下げていた。
「たいへんよく分かりました。ありがとうございました」
おかっぱの子の声、そして小さく始まった拍手。
それはいつしかうねるような喝采になって。
僕は母の無茶振りステージを無事乗り越えた。
全てはマナのお陰だった。
だけど。
だけど、僕はとんでもない約束をしてしまった――