第10話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ごめんなさい、迷惑掛けちゃって」
翌日、あれほど帰るのを嫌がっていた彩夏ちゃんは自ら荷物をまとめました。
「ホントに戻るの? 昨日のことなら気にしなくてもいいのよ」
「ありがとうございます。でも、帰ります」
あのあと。
バスケの応援を終えるとみんなでファミレスに行きました。
寮の夕食がない日だったから、めいめい好きなものを頼みます。
応援でお腹が空いたあたしは、大好物のとんかつを食べました。
「ごめんなさい、恥ずかしいところをお見せしちゃって」
「ううん、隣でマリアナの試合があるのに連れてきた、わたくしたちの落ち度よ」
「知ってたんですか?」
「知らなかったけど」
千歳と微妙な仲だった彩夏ちゃん。でも、あれからというもの、明らかに千歳を見る目が変わりました。うっとり憧憬の眼差しです。ああもう千歳ったら、女の子キラーなんだから!
「アヤっちは生徒会長なのねわよ、だから妬まれるのわよ」
「違います」
スパゲティからあさりの殻を除けながら彩夏ちゃん。
「わたしは理事長の娘です。だから生徒会長にもなれましたし、みんなにチヤホヤされるんです。勿論そんなわたしを敵対視してくる同級生もいます。今日の彼女たちもそうです。でも、どちらも同じなんです。わたしは特別扱いなんです」
「特別扱いは、イヤ?」
「もちろんです!」
一瞬フォークを握りしめた彩夏ちゃんは、すぐ恥じるように小さく嘆息して。
「だって寂しいじゃないですか。みんな計算してるんですよ」
計算?
その言葉、あたしの胸にも突き刺さりました。考えたくないけれど、でもそれは、きっとあたしも同じなのだから。千歳はあたしを計算の上で構ってくれている。あたしもきっと特別扱い――
「あの、皆さん」
彩夏ちゃんは手にしたフォークを置いて座り直しました。
「このあとちょっと寄り道をしていいですか? アクセを選んで欲しいなあって――」
彼女は自分のゴージャスな巻き髪を指差しました。いつか見た大薔薇の髪飾りは夜の蝶みたいで派手すぎだと思いましたけど、ワンポイントがあってもいいかも知れません。
彩夏ちゃんの申し出にみんなは笑顔で肯きました――
大きなスーツケースを玄関に運び出すと、待っていたかのように黒いリムジンが滑り込んできます。
「お世話になりました。これ、毎日使いますね」
みんなで選んだピンクのリボンに軽く触れると微笑む彩夏ちゃん。ゴージャスな巻き髪には少し控えめな大きさ、だけどちょうどいいアクセントになってます。昨日ファンシーショップで選んだリボン。みんなであれこれ悩みましたが、ふと千歳が手にしたリボンを彼女はいたく気に入りました。彩夏ちゃんは遠慮したのですが、それはみんなからのプレゼントになりました。
「似合ってるわ」
千歳の言葉を聞いて嬉しそうな彩夏ちゃん。
「全てキチンと片付けて、来年の春、またお世話になります」
「来年と言わず、いつでも気が向いたら遊びにいらしていいのよ」
「はい、千歳さま!」
スーツケースが車に積まれると彩夏ちゃんは神愛と握手をして。
「受験、頑張りましょ」
「モチのロンよ」
「合格したらあなたのお姉さん、いただくわね」
「えっ?」
笑顔で黒い車に滑り込んだ彩夏ちゃん、手を振る車窓がゆっくり動き出します。
「何あれ? 宣戦布告? 妹の座は絶対に譲らないわよっ!」
「わたくしにも選ぶ権利はあるんじゃなくって?」
「いいえ、お姉ちゃんにはありませんっ!」
ぷんぷん頬を膨らます神愛ちゃん。あたしは小さくなる車を見つめながら、小さく声を漏らしました。
千歳は誰にだって優しいんだ――
第4章「お嬢さまは女子寮がお好き?」 完
【あとがき】
はじめまして、姉小路神愛ですっ。
いつもご愛読ありがとうございます。
第4章・お嬢さまは女子寮がお好き? はいかがでしたか?
神愛と同じ中三の秋宮彩夏。マリアナ学園理事長の娘である彼女が剛勇の女子寮に押しかけてくるお話。神愛とは気が合ったんですけど、寮のみんなにとってはあまりに突然で強引な困ったちゃん。でもとってもいい子なんですよ。みんなにお茶を煎れてくれるし、朝ご飯の海苔を分けてくれるし、神愛のパセリを食べてくれるし。便利だからって食堂に掲示板を作ったのも彩夏なんですよ。まあ、学校が違う自分の予定を掲示するため、だったんですけどね。
それにしても中三同士なのに第4章はあたしの出番少なかったですよね。彩夏はお姉ちゃんにぞっこんみたいだし、何だか疎外感。
そう言えば、神愛のお姉ちゃん、ってかお兄ちゃん、最近完璧に女の子になっちゃいました。最初の頃はいつバレるかって冷や冷やしてたんですけど、いまではもう完璧にお姉ちゃん。お兄ちゃんだなんて忘れてしまうくらいにお姉ちゃんです。引っ込み思案だった性格も女の子という仮面を被った所為でしょうか、別人みたいにハッキリ物を言うようになりました。何だかとってもヘンな気分。本人にもその意識はあるようで、二人きりになると「もう僕はダメだ。男として詰んだ」って愚痴るんですよ。神愛はそうじゃない、新しい未来が開けたんだって思うんですけど。皆さんはどう思いますか?
さて、次章。
地道な活動で少しずつ「共学」だと言う認知度を上げていく剛勇学園。日々努力する剛勇の女子3人組にいよいよ正念場がやってきました。オープンスクール。次年度の受験生を相手に学校を開放して行う学校説明会。正しく勧誘の大一番です。参加者が全て志望してくれるわけではありませんが、それでも受験生を集める最大のチャンスです。しかし、そこで明らかになったのは、受験生達に広く流れる根も葉もないウワサの存在――
次章「オープンスクール大宣言」も是非お楽しみに。
お相手は、お姉ちゃんよりもお兄ちゃんの方が良かったな、って思う姉小路神愛こと、北丘神愛でした。