第9話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彩夏ちゃんが寮に来てもうすぐ2週間です。
今日は市の体育館にバスケ部の応援に来ています。
伝統ある春期バスケットボール競技大会にどの学校の応援も力が入ってます。
「千歳似合うわよ~っ! 大和撫子だわよ~っ!」
大きな体育館の2階客席、あたしたち女子も応援団の一員、ってことで派手なピンクの袴姿になってます。
「ピンクの袴ってヤケに目立ちますね。でもどうして素直にチアガールやらないんですか?」
「いい質問ね彩夏ちゃん。それはね、剛勇の免疫力ゼロ男子にチアガールは破壊力が強すぎるからよ」
中学生の神愛ちゃんと彩夏ちゃんも、一緒にやりたいって志願してくれました。
「この袴とってもキュートわよ~っ、ピンクが可愛いわよわよ~っ!」
サリサリも大喜びのこの格好、本当は苦肉の策だったんです。そう、最初は彩夏ちゃんの言うとおりチアガールを考えました。男子たちにも要望されましたし。だけどほら、チアガールってスカート短くて見えちゃうじゃないですか。そんな恥ずかしい格好できないって千歳が猛反対。どうしてもって言うんならわたしは降りるとまで言い出して。
「見せパンだから大丈夫わよ、見られたって大丈夫わよ!」
サリサリはそう言ったけど、千歳は首を縦に振りません。
「イヤよ、絶対にイヤ」
「どうしてわよ?」
「あんなに激しく動いて、ポロリしたらどうするのよ!」
「胸じゃないわよ?」
「い、イヤなものはイヤなのっ!」
とりつく島もありません。
「千歳はスタイルいいし綺麗だわよ、みんな鼻血ブーだわよ」
「その鼻血を献血に回したら、みんなの命が救えるのよ!」
結局、千歳の反対の意志は硬く、すったもんだの挙げ句にこの袴姿になりました。
学ランを着た応援団の青田くんがペットのお茶を抱えてやってきます。
「ちょんわ~っ、差し入れっす~っ!」
剛勇の応援団は総勢12名。黒い詰め襟に学生帽。雄々しさを前面に出した昔ながらの応援団です。
「う~っす。それじゃ今日の予定っす――」
地鳴りのようなお腹に響く声で軽く打ち合わせを済ませた青田くん、千歳の色香に顔を真っ赤にして、ちょんわちょんわと戻っていきました。
「さ、負けずに応援しましょ~っ!」
本当のところ、女子応援団の目的はバスケ部を応援することではなくて、剛勇学園にも女子がいて活躍していることをアピールすることにあります。だからマスコミの撮影もネットへの掲載も全部OK、ウェルカムです。と言うわけで早速新聞記者が千歳にインタビューしています。うちの学校の新聞部、ですけど。
「「「彩夏さま!」」」
甲高い声に振り返ると3人の少女たちが颯爽とこちらに向かってきます。
「どうしてマリアナの生徒が?」
呟いた彼女を少女達が取り囲みます。
「ごきげんよう彩夏さま、お久しぶりですね。二年桜組の玉名麗佳です」
「同じく二年桜組の二階堂遼子です」
「はじめまして。二年菊組の九条塔子です。以後お見知りおきを」
「ごきげんよう皆さん」
「ところで何をなさってるんですか?」
「あ、えっと剛勇学園の、応援を、頼まれまして……」
別に頼んでなんかいませんが、みんなで口裏を合わせました。礼儀正しく頭を下げて少女達を見送ると彩夏ちゃんは急に神妙になります。
「あの、ありがとうございます」
「何がわよ?」
「口裏合わせていただいて」
「そうわよ、アヤっちがどうしてもって頼むから急遽衣装も追加して連れてきてあげたのにわよ」
「面目ありません」
しおらしく頭を下げる彩夏ちゃん。いつもと様子が違います。
「気にしないで。さあ、もうすぐ試合よ」
「はい」
「彩夏ちゃんってマリアナじゃ有名人なのね」
「いいえ、単に親の七光り。わたしは虎の威を着てるだけですよ。ただ、それだけ」
眼下に見えるコートにぞろぞろ選手が出てきました。あたしたちは笛を鳴らして彼らに元気を送ります。彩夏ちゃんも大きく声を張り上げます。バスケの試合って生で見るのは初めてですけど、すっごい迫力。練習だけどゴールに次々とボールが吸い込まれていきます。ダンクシュートって言うんでしょうか、ボールをゴールの上から叩き込むやつ。あれ、プロだけじゃなくって高校生でも出来るんですね。超人、ってか鳥人です。人間ワザに思えません。
「さあ試合開始よ。張り切っていくわよ~っ!」
女子の団長は千歳です。太鼓を抱えて背筋を伸ばして、涼しげな瞳が凛々しい千歳。もう惚れちゃうしかありません。応援に来ている男子諸君も目が釘付け。サリサリも美人だし神愛ちゃんも可愛いし、彩夏ちゃんもすっごい美形です。けれども千歳の美しさは反則レベル。女のあたしも溜息しかでません。それなのに彩夏ちゃんは千歳をちょっと避けてるみたい。あの時のことで拗れちゃったみたい。千歳はもう「早く寮を出なさい」なんて言ってないんですけど――
青田くんの号令で一斉にエールが送られます。剛勇の選手にも、そして相手の西日大付属にも勇ましいエールが送られると会場からも拍手が沸き起こります。
第1ピリオドの10分が始まりました。
「ナイスシュー!」
声をからして声援を送っていると時間が過ぎるのはあっという間です。
「うわあ~凄い~っ」
さっきから彩夏ちゃんは驚きの連続のよう。それは魔法のようなボールさばきだけじゃなく、大柄な選手のぶつかり合いとかボールの奪い合いとか。考えてみれば彼女はずっと女子校育ち。荒々しい男子の試合とかあまり知らないのかも知れませんね。あたしが見てもびっくりする迫力ですもの。
隣のコートでは女子の試合が行われています。マリアナ女子と淀山高。さっきの3人はこれを見に来たのでしょうね。斜め向こうに見えるのはマリアナ女子の応援席、こちらを指差す姿を時々見ます。もしかして彩夏ちゃんを? 彼女はマリアナ理事長のお嬢さまですからね。話題になっているのかも。
「剛勇ふぁいとお~っ!」
「おお~っ!」
しかし今は応援の最中。
一所懸命声を張り上げて。
クオーターが終わってふと気がつくと、マリアナの女生徒が5,6人、あたし達の背後に立っていました。
「秋宮さん、ちょっといい?」
ショートカットの長身の子に声を掛けられた彩夏ちゃん、中座すると断って後ろの通路へと出て行きました。
またお友達?
でも、さっきとは様子が違うような……
「どういうこと? マリアナの先輩も試合をしているというのによその学校の応援をするなんて」
漏れ聞こえる声はあからさまに険が立っていて。
「そんなのわたしの勝手でしょ?」
「あなた、学園長の娘でしょ?」
「関係ないじゃない!」
「ふん、いい気なものね。何でも特別扱いのくせに」
「……」
「生徒会長の座だって理事長の娘だから……」
「違うわっ、勉強だってスポーツだってわたしは誰にも――」
「その生徒会長が他校の応援? ふざけないで!」
完全にけんか腰。マリアナの女子に囲まれてさすがの彩夏ちゃんも敗色濃厚。こんな時こそ助けてあげなきゃって思うけど、正直怖い――
「持ってて!」
目の前に突き出されたのは大きな太鼓。
「千歳?」
太鼓を受け取ると千歳はその輪に飛び込みました。
「皆さんごめんなさい、秋宮さんにはわたくしがどうしてもってお願いしたの」
「先輩?」
千歳を見上げる彩夏ちゃん。しかし彼女の一言にマリアナの子達は首を傾げます。
「先輩?」
「この人、剛勇の人でしょ? どうして先輩?」
「わたくしが無理を言ってお願いしたからよ」
「他校の人は引っ込んでて」
「お願いしたのはわたくし。文句があるならわたくしに言って!」
さっきまで問い詰められ、追い詰められていた彩夏ちゃんを背に千歳は一歩も引きません。しかし敵のマリアナガールズは6人、こちらも譲る気はゼロのよう。
「わたしたちは彼女に話があるのよ!」
「そうよ、ちょっとお話を伺っているだけ」
「お話を伺うって、ひとりを6人で取り囲んでするものかしら?」
異様な雰囲気に周りのみんなも息を飲み、固唾をのんで見守ります。
「うるさいわねっ!」
バン!
突き飛ばした!
マリアナの長身の子が千歳を突き飛ばしました。よろめいた千歳も負けじとにらみ返します。って、いけない、千歳を本気で怒らせたら大変なことに……
「そこ、どきなさいよ!」
「いいえ。彼女はわたくしが連れてきたのだから」
睨み合い。
突き飛ばすなんて野蛮な振る舞いは男の子の専売特許じゃないんだ。でも千歳は通せんぼをするように彩夏ちゃんの前に立ちはだかります。
「青田くん、何とかして!」
「で、でも……」
「あなた男でしょ!」
「あ…… 姉さまがんばれ~っ!」
声援送ってどうするのよ。ホントに男って意気地なし!
「ファイトファイト姉さまあっ!」
しかしその、地鳴りのような声援に、さすがのマリアナガールズも我に返ったよう。周りがみんな自分たちを注視していることに気がつくと、忌々しそうに千歳を睨みつけ、そそくさと去っていきました。