第6話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なぁ子もブログに登場させましょ、ねっ、ねっ!」
「いいわよ、それ、いいわよわよ!」
「でしょでしょ!」
木曜日、夕食後のケーキをいただきながら秋宮彩夏は楽しそう。母に握らされた福沢諭吉を惜しみなく使ってたくさん買ってきたし、何より彼女はここを気に入っている。
「彼女ノリノリだね」
神愛に向かって苦笑い。
「そうね。今日も廊下に釘打って絵を飾ってたからね」
我が物顔だな……
「あの、千歳さまは?」
突然声を掛けられ振り返る――
「紅茶のおかわりは?」
「お願い」
「はいは~い!」
カップを右手に彩夏ちゃんは跳ねるように厨房へ。ホント嬉しそう。でも、今日こそキチンと説得しなきゃ。東宮寺さんにも頼まれちゃったし、彼女のご両親も心配しているし。
「ホントに嬉しそうよね」
彼女を目で追いながらマナも呟く。
「それでも千歳は説得するの?」
「ええ、可哀想だけど」
「そうね、仕方ないわね――」
「ねえお姉ちゃん、彩夏のお母さんの方を説得できないの?」
神愛は彼女の味方になってる。意気投合したっぽい。
でも彩夏ちゃんはまだ中学生、しかも剛勇の生徒ですらない。神愛のように僕のサポート役と言う極秘任務があるわけでもない。それに彼女がここに来たのは、どうやら「家を飛び出したいから」みたいだ。そんな理由でずっと居座られても困る。
「うちの理事長も「1週間で出て行って貰いなさい」って言ってたでしょ?」
「そうだけど――」
「ねえ何の話、わたしがすっごく可愛いって話?」
ティーカップを片手に微笑む彩夏ちゃん。
「彩夏がすっごく図々しいって話」
「ええ~っ、そんなことないよ~、酷いよ神愛~っ!」
ちょっとアレなところはあるけれど基本はいい子な彩夏ちゃん。僕のことも何かにつけて「千歳さま!」って懐いてくれる。マリアナ女子では先輩を「さま」付けで呼ぶのだそうだ。純然たるお嬢さま学校だもんな。むず痒い。勿論、マナもサリーもさま付け攻撃を受けている。
「まあ、アールグレイのいい香り。ありがとう」
「このお店のケーキ、すっごく美味しいですね。もう2つも食べちゃいました。彩夏もいいお店知ってるから今度買ってきますね」
「気にしないでいいのよ。彩夏ちゃんはお客さんなのだし」
自分の席に戻った彩夏ちゃんはプイと頬を膨らます。
「お客さんなんて言わないでください。わたしも寮の一員です」
裏で彼女のお母さんとは「1週間程度預かります」って密談が成立してるんだけど。やっぱり知らないんだ。まあ、知ってても居座るつもりだろうけど。
「あのね彩夏ちゃん、あなたはまだ剛勇の一員じゃないのよ。だからお客さんなの。来年晴れて入学したら後輩としてこき使ってあげるから」
「じゃあ神愛さんは? 神愛だって公立中学生でしょ?」
神愛には戻る家がない、と言うやむにやまれぬ設定、じゃなくって理由があるのだ。お金持ちのお嬢さまの気まぐれとは違う、と説明するのだが――
「わたしだって戻る家がないんです。だって戻りたくないんだもん!」
どこまでわがままなんだ、このコージャス巻き髪お嬢は。
「でもね、彩夏ちゃんの場合ここに居るメリットがないでしょ? 通学時間は増えるし、せっかく習ってるピアノも英会話もストップしてるじゃない。家庭教師の先生だって……」
「だから何だって言うんですかっ!」
やっぱりだ。
彼女は感情を僕に突き刺してくる。
それでも僕は説得しなくちゃいけない――
「落ち着いて、彩夏ちゃん。あなたはまだ中学生で未成年なの」
「だったら、千歳さまだって未成年じゃないですかっ!」
「だからわたくしはちゃんと許可を……」
「千歳さまはわたしがお嫌いなんですかっ?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ?」
「言ってますっ!」
「言ってないわ」
「言ってるんですっ。わたしの心がそう変換したんですっ!」
「そんなの誤変換でしょ、だって――」
「まあまあ千歳、せっかくのアールグレイが冷めちゃうよ」
「でも……」
僕だけに見えるよう軽くウィンクをしたマナは、あとは任せてとばかりに笑みを浮かべた。
「あたしは彩夏ちゃんがここを気に入ってくれて、とっても嬉しいわ」
「ありがとうございます」
「彩夏ちゃんの提案はとっても役に立つことばかりだし」
「そ、それほどでも」
「だからみんな、彩夏ちゃんが大好きよ」
「眞名美さま!」
感極まってマナの手を取る彩夏ちゃん。
「きっと千歳だって同じ気持ち。ただ、ちょっと心配性なだけ」
「……はい。それは、わたしも分かってます」
「だから仲直り、ね?」
「はい」
――こりゃ、これ以上の説得は無理だ。
あとはマナに任せて、今日はもう諦めよう。




