第3話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いいないいなっ!」
彩夏ちゃんは神愛と同じ中学三年生。一通り寮を案内すると食堂でお茶を振る舞った。
「中学生なのにひとり暮らしって、神愛さんが羨ましいです!」
中学生同士、短い時間でもふたりはすっかり打ち解けていた。
「えっ? お家の方がラクチンだよ? ここは掃除も洗濯も自分でしなきゃだし」
「でも自由でしょ? 好きなときに好きなことができるでしょ?」
よほど厳しいご家庭に育ったのだろうか? うちは放任主義だったから細かいことはあんまり言われなかったな――
「それに…… う~ん、いい匂い! 晩ご飯も美味しそうですねっ」
今日のメニューはハンバーグ。デミグラスソースの香りが炊きたてのご飯の匂いに絡まってお腹の虫が騒ぎ出す。
「美味しいわよ。愛情溢れる家庭の味、って感じで」
「わたしの家みたいに殺伐としてないんだ」
突っ込みようがないボケはやめて欲しい。
「あらもうこんな時間だわ。秋宮さんもそろそろ――」
「もう千歳さま、彩夏って呼んでくださいようっ! 何度言ったら分かるんですかっ?」
「そ、そうだったわね。彩夏ちゃん――」
まだ合格どころか受験すらしてないのに、もう後輩になったつもりらしい。彼女の学校では先輩は後輩を名前で呼ぶのが通例と言う。ちなみに逆は「様付け」らしい。そんなルール剛勇にはないのだが、押しつけられて押し切られた。横綱級だ、このゴージャス娘。
「じゃあ彩夏ちゃん、見学会はこれでお終いにしましょうか。そろそろ帰らなきゃいけないでしょ?」
「せっかくだから晩ご飯も体験したいですっ!」
「「「は?」」」
「愛情溢れる家庭の味、体験したいです!」
みんなで顔を見合わせる。誘ってない。そもそも彼女の分なんて用意してない。犠牲者が出る。せっかくの愛情溢れる食卓が、殺伐とした争奪戦になる――
「あのね彩夏ちゃん」
「あ、大丈夫です。今日の晩ご飯はいらないからって家には連絡してますから」
「そうじゃなくって……」
「大丈夫よ、一食追加ね」
会話を聞いていたのだろう、寮母さんがカウンターから顔を出してサムズアップ。
「一人分がちょっとずつ減る、けどね」
「きゃはっ、ありがとうございます! じゃあわたし手を洗ってきます!」
「「「「……」」」」
かくして『突撃! 女子寮の晩ご飯』は始まった。
寮母さんが作る料理は丁寧で美味しいとは思うけど高級レストランに勝てる訳じゃないし、女子向けにコラーゲンたっぷりとかカロリー計算されたダイエット食と言うこともない。ごくごく普通の晩ご飯。
「いっただっきま~す!」
メインディッシュのハンバーグを元気に頬張る彩夏ちゃん。
「どう、美味しい?」
「はいっ、すっごく美味しいです! 特にハンバーグをお箸で食べるってところが!」
そう言いながら彼女はナイフとフォークでハンバーグを切るジェスチャーを見せる。
「あ、いや、味の方は?」
「もち感動的です! サラダに掛かってるこのマヨネーズが特に!」
普通のマヨネーズだと思うけどな、スーパー特売の。
「あと、ハンバーグにお味噌汁って組み合わせも最高ですね!」
褒められてるのか、なじられてるのか――
聞けば彼女の家庭にはお雇いの料理人さんいるのだとか。だから家の料理は美味しいというのだが――
「堅苦しいんです。ご飯の時くらい楽しい気持ちでいたいでしょ? テレビ見ながらとか本読みながらとかゲームしながらとかダイエットマシンをブルブルさせながらとか。それなのにうちのママンったら……」
いや、メシ食いながら腹筋ダイエットはないだろう。ひとり暮らしのオヤジならやりそうだけど。
「彩夏ちゃんのお家ってすっごいお金持ちなのね」
「普通だと思いますよ? 使用人さんは3人しかいないし、庭もテニスコートがあるだけでプールもない。別荘だって軽井沢にたったの一軒だけですよ?」
喧嘩売ってんのかこいつ? ま、金持ちってのは見れば分かるけど。ゴージャスな巻き髪に真っ赤でド派手な薔薇の髪飾りが全てを物語っている。そんな彼女は美味しそうにキャベツの千切りを頬張る。
「友だちの麻美のとこは別荘が3カ所もあるし、萌花の家にはプールがあるし」
「神愛の家には別荘も庭もないわよ」
「でも、この寮には大浴場があるでしょ? わたし気に入ったの!」
「ま、まあ、気に入って貰えたんならなによりだけど――」
「じゃあ、次はお風呂体験、決定ね~っ!」
「えっ、ご飯が終わったら、お家に帰らないと?」
「大丈夫大丈夫、今日はここに一泊しますから」
「「「「ええ~っ!」」」」
勝手に決め込んだ彼女。
食事をペロリ平らげると、荷物を持ってズンズンと大浴場の方へ……
「ちょっと彩夏ちゃん、泊まるって、そんなのダメよ。ご両親は了承してるの?」
「千歳さま、わたしをここから追い出す気ですか?」
「だって、お家に帰らないと……」
「先輩はわたしに路頭に迷えと? 道端で寝ろと? 野良犬に噛まれて死ねと?」
麻色のゴージャスな巻き毛を指でくるくるといじりながら目をつり上げる秋宮彩夏。って、イヤな予感。
お家に連絡しなさいとスマホを差し出しても、そんなのいらないの一点張り。
まさかこの子――
「仕方ないわね。神愛、彩夏ちゃんと一緒にお風呂に入って」
神愛は聡い子だ。これだけで自分の役目が分かるはずだ。
「はい、お姉ちゃん。さ、一緒に入りましょ」
彩夏ちゃんを連れだって大浴場へ入る神愛を見届けると、残った3人で作戦会議を始めた。
「どうしましょう、あの家出少女」
「困ったわね」
「警察に連絡するべきだわよ~っ」
彼女は大きなカバンを抱えていた。最初からここに泊まる気だったのだ。しかし、いきなり警察というのも、ちょっと……
「取りあえず神愛が説得すると思うから、風呂上がりを待ちましょうか」
同じ中三同士、先ずは神愛に任せよう。そう思ってお風呂に入って貰ったんだけど、果たして結果は――




