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第3話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「そうよ、千歳が女の子になっちゃえばいいのよ! 女子として剛勇ごうゆうに通うのよ!」


 夕食の最中、思い出したようにグーとパーでポンと手を叩いた母が声を弾ませた。


「心配いらないわ、性転換しなさいとか、ホルモン打てとか、魔法少女になりなさいとか、そんな非情なことは言わないから。ただ軽くお化粧をして、軽く胸パッドを付けて、軽~くセーラー服を着るだけよ。簡単でしょ? 千歳は顔立ちが女の子だし、性格も女の子みたいに優しくて涙もろいし、髪も真っ直ぐ長いからそのままお姫様カットにしてしまえば3分で超絶美少女の一丁上がりだわ!」


 一方的に捲し立てる。


「何の冗談だよ?」

「あら、母さんは冗談なんか言わないわ。人を陥れるウソは言うけど」


 母・北丘律子きたおかりつこ、惑わずの40歳。

 調子はいいけど、タチは悪い。


「イヤだよ。どうして僕が女装なんてしなきゃいけないんだよ?」


 語気を強めて立ち上がると、母は「まあまあ」と自分のとんかつを一切れだけ僕の皿に寄越した。


「ほら、脂身のところあげるから怒らないの。いい、千歳も知ってると思うけど、今、学園は危機的状況なのよ――」


 自分の嫌いな脂身一切れで恩を着せた母は、軽く味噌汁を啜ると行儀悪く箸をタクトのように振りながら説明を始めた。


 母が語ったのは学園の危機、それは――


 母が理事長そして学園長を勤める剛勇学園高等学校は今年から女子の募集を始めた。そう、共学校になるのだ。伝統ある男子高だった剛勇を共学にする理由は色々とあるらしい。少子化で生徒の数が減っているとか、今時の若者は男子校を望まないとか。まあサクッと言えば将来に向けた布石だ。

 しかし募集要項を変えた今年の入学選抜、受験した女子はたったの5人、しかも合格したのは内3人。その貴重な3人さえも女子が極端に少ないことを理由に入学手続きを渋る始末。


「だから言っただろ、「剛勇」なんて男臭い名前がいけないんだって。どうして校名変えなかったのさ?」

「あら、剛勇じゃなくって「花園ルピナス学園」とか「セント・リリアーヌ純愛学院」みたいな、ムズ痒い名前の方がよかったかしら?」

「それじゃ今度は男子が来なくなっちゃうよ」

「じゃあ男女仲良く「なかよし学園」とか?」

「幼稚園じゃん」

「ね。難しいのよ、校名変更って」


 剛勇、と言う雄々しい名前が女子生徒を遠ざけたことは間違いなかった。事実、中学の友人も言っていた、「剛勇って響き、夜のキャバクラ3連チャンって感じだろ」だって。お前キャバクラで豪遊・・したことあるんか? って突っ込んだけど、事実そうだと思う。更に言うと長年続いた「伝統ある男子校」と言う強固なイメージも女子獲得にはマイナスに働いた。そもそも女子たちの脳内に剛勇と言う選択肢は存在すらしていなかったのだ。結果、出願前の受験生アンケート「行きたい高校・女子の部」で圧倒的最下位の0.03%。即ち1万人に3人。ほとんど誰も知らない、ゴミのような存在だった。だから、校名変えて共学校であることを宣伝して、大々的にイメチェンしたらよかったのに――


「今更言っても仕方ないでしょ」


 能天気な母は箸を振り回し開き直る。

 まあ、確かに今更言っても後の祭り、後のよさこい、後のカーニバルなんだけど。

 ともかく、と語気を強めて母。


「わたしだって3人の合格者を繋ぎ止めようと必死に説得したわよ。女子トイレが最新式で綺麗だとか女子更衣室が広々だとか制服が清楚でマニア好みだとか散々アピールしたし、新築した女子寮も公開したわよ。女子がたったひとり、って訳じゃありませんから是非来てください、って毎日菓子折持って自宅まで訪問もしたわ。春風堂の新鮮プリンとか夏涼亭のフルーツゼリーとか秋月庵の濃厚チーズケーキとか冬雪屋のマカロン詰め合わせとか――」

「全部母さんが好きな物ばっかりじゃん」

「だから最近ちょっと太っちゃって。てへっ」


 真剣さの欠片もなかった。

 そんな「お菓子食いすぎて2kgぽっちゃりしたママ」は箸を振り回しつばを飛ばす。


「ほんと~っに頑張ったのに結局ふたりに逃げられちゃったの。で、残った入学希望者はたったのひとり。けれども今更「女子はあなたひとりになりました」、な~んて言えないじゃない? そんなこと言ったら彼女にも逃げられちゃうわ」

「正直に白状して女子入学者はゼロにしちゃえば?」

「ダメよダメダメ、ダメなのよ。理事会に何て報告するのよ? 女子入学者はゼロでした、な~んて今更言えると思う? 豪華な女子寮まで新築したのよ。わたしのメンツ丸潰れじゃない?」

「じゃあ僕のメンツはどうなるのさ?」

「タンスの上から3段目」

「……それは僕のパンツ!」


 ああもう、この母は!


「諦めなさい。母さんの言うことをちゃんと聞くって言うからお年玉弾んだでしょ。千歳には何が何でも女装して女子寮から通ってもらうわよ」

「寮なんてさ、男子寮、って看板だけ書き換えたらいいじゃん」

「ダメよ、中に男子トイレはないのよ」

「男子だって使う分には問題ないだろ」

「あなたまさか男の格好で女子トイレに入るつもり? それ、犯罪よ!」

「女装したらいいっての?」

「いいわ」


 ――とまあ、誰がなんと言おうと僕を男の娘に仕立て上げる気らしい。


「無茶だよ、女装して通うなんて。ねえ父さん!」


 助けを求めて父に振る。

 小説やシナリオを書いている、売れない物書きの父は、母より少しは常識人だ。優柔不断なところはあるけれど、ここは何とか父の威厳を見せて欲しい!


 しかし。


「いいんじゃないか、男の娘。小説のネタにもなりそうだし。まあ、どうせ女装するんなら女子校に潜入して欲しかったけどな、父さんとしては。そっちの方が萌えるぞ」


 千切りキャベツをモリモリ食べながら力説する父・北丘幸一きたおかこういち、厄年の43歳。


「父さんは大切なひとり息子を変態女装野郎にしていいわけ?」

「バカを言うな、男の娘は現代の英雄だ!」


 駄目だ、早く厄払いに行くべきだ。そういやこの父は「男の娘」ってシチュエーションが3度のメシより大好きな、二次元ブラボーな人だった。


「なあ、神愛かんなも何とか言ってくれよ!」


 ひとつ年下の妹・神愛かんな。肩で揃えた黒髪を耳に掛け、とんかつを頬張る元気印の彼女こそ我が家で一番の常識人。昨日アイスも奢ってやったし、きっと味方をしてくれるはず!


「お兄ちゃんそれいいよ、神愛も大賛成! だって男子の中に男が混じるだけなんでしょ? 女子校に潜入する訳じゃないし、問題なしだよ! それにお兄ちゃん絶対美人だから男子も喜ぶと思うよ。って、そっかあ、春からはお姉ちゃんになるんだね? きゃはっ、お姉ちゃんっ!」


 はしゃぐな妹! 昨日のアイスに利子付けて返せ!


「神愛の言う通りよ! 千歳は絶対美人だから我が校の男子生徒の目の保養にもなるわ。はい、決定ね」

「ちょっ、ちょっと待ってよ……」


 右を向いても左を見ても、妙に嬉しそうな顔ばかり。ああ、完全アウェーだ。


「諦めなさい千歳、あなたの使命は入学してくる女生徒を何が何でも学校に繋ぎ止めること。そうして剛勇学園を女子にも人気の学校に変革して、来年こそたくさんの女子を呼び込むことよ。いいかしら!」


 とんかつが刺さった箸をビシッと僕に向ける母。


「このふたつを達成できなかったら、今年のお年玉は利子付けて返して貰うわ!」

「そりゃないよ。もう全部使っちゃったんだから」

「じゃあ、これから一年間その体で返すのね。安心しなさい、来年女子がたくさん来たら男として元の一貫校に戻してあげるから。わかったかしら? 千歳ちゃん」


 縋るように見た父と妹は、食事の手を止め、盛大な拍手の真っ最中。


「やったね、お姉ちゃん!」

「立派な男の娘になるんだぞ!」


 ああもう!

 分かったよ、やるよ、やりゃあいいんでしょ!

 ケセラセラ、なるようになれ!

 どうなっても知らないからな!


 僕は母が皿に置いた脂身のカツを一気に頬張った――――


 かくして。

 どう考えても仕組まれた落とし穴に填まった僕は、新築の女子寮に放り込まれ、これから1年間、女装して学校に通うことになってしまったのだった。


 とほほ……


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