第1話
第四章 お嬢さまは女子寮がお好き?
僕には何もなかった。
小心者で優柔不断で、いつも人の顔色ばかりを気にして、目立つ事は大の苦手。みんなが僕をどう思ってるかと想像すると怖くなって何も出来なくなっちゃう。明るくて社交的で人気者の神愛とは正反対。そんな僕を心配したのか、両親は柔道場に通わせたり、集団競技だからってサッカークラブに入れたりしてくれたけど、どれも中途半端に終わった。唯一誰にも負けないって自信があったのが将棋。小さい頃、父に手ほどきを受けて毎日のように相手をして貰った。お小遣いで買った将棋の本で勉強もして小学3年の時に初めて平手で父に勝ったときの嬉しさは今でも覚えている。でも所詮僕は井の中の蛙。学校の先生の推薦で出場した将棋の大会、三回戦で当たった相手にコテンパにやられた。それはもう一方的な展開で攻め込まれ、たったの75手で負けましたって投了。学校では負け知らずで天狗になっていた僕の鼻は根っこからへし折られた。結局僕は何をやってもその程度。そう思うとますます自分に自信がなくなっていった――
「千歳、軽音の平沢部長が発表会の司会を頼みたいって――」
「分かったわ、今行く」
5月に入り、発表会や対抗戦なんかが目白押し。受付や司会、応援とかで数少ない女子は引っ張りだこ。勿論、来年の女生徒勧誘のために露出を増やしたい僕の思惑とも一致する。
「男ばっかりじゃむさ苦しいし、司会はやっぱり姉小路さんに頼みたくって。お願いっ!」
みんなが僕たちを頼ってくれる。マナもサリーも協力してくれる。こんな気持ち、男の格好をしていたときには感じたことがなかった。女の子という仮面を被って生まれ変わった、そんな気すらしてくる。
「もうすぐ学校パンフ撮影の時間だわよ。チトセ、先に行っとくわよ」
生徒会に入りたがっていたサリーは今、生徒会書記代理の肩書きを貰って活躍中。3週間ほど前、副会長の築城先輩に頼んだらあっさりいいよって受け入れてくれた。
「生徒会には女子も入るべきだと思ってたんだ。ちょうどいいよ」
生徒会の役員はサリーだけなのだけど、気がつくと女子は毎日みんな生徒会室に集まる羽目に陥っていた。それほど僕たち女子への依頼が多くなったのだ。
と言うわけで、ここは旧校舎の2階、階段のすぐ横にある生徒会室のとなり。教室三分の一ほどの部屋のドアにはコピー用紙に『生徒会女子分室』と貼られてある。
「あの~っ、落研なんだけど、来月の寄席会の件で……」
「ごめんなさい、今日はもう時間がないの。話は明日でお願い」
忙しいけど、大変だけど、頼られるのって、ちょい嬉しい。
「パンフの撮影って本物のモデルを使わないの?」
「理事長のこだわりらしくて。ごめんなさい。マナにモデルを頼んじゃって」
「ううん、あたしなんかでよかったら」
学校のパンフレット撮影、制服のモデルや授業風景なんかに実際の生徒を使う。勿論、授業風景と言っても『やらせ』だ。今年のパンフは英語の授業風景にするという。女子が得意な教科だから、とは理事長の計算。撮影のあとは運動部対外試合のための応援衣装をみんなで作ることにしている。ホントに忙しい。でも誰も文句なんか言わない。愚痴なんかこぼさない。マナもサリーもとっても頑張り屋さんだ。
「姉小路さ~ん」
また西園寺の野郎だ。
彼も撮影に呼ばれたのだろう。彼の後ろには吉野くんも音澤くんもいるしB組のアンドレイくんもいる。アンドレイくんはフィリピンからの留学生。浅黒い肌、たどたどしい日本語、でもその他はどこにでもいる小柄な日本の高校生って感じだ。
「制服のモデルを頼まれたんだ。姉小路さんもだろ? ツーショットだね」
浮かれた様子の西園寺くん。
「制服モデルはマナよ。わたくしは撮影補助」
「ええ~っ?」
だって僕は男の娘。
あんまり目立ちたくないし、やっぱり色々気が引ける。
「げっ、西園寺くんと?」
マナがさりげなく引いていた。
中学時代は学校中の憧れの的だったという西園寺くんも落ちれば落ちたものだ。まあルックスだけはモデル顔負けだけど。
「ヨ、ヨロシクよ、ガ、ガ、ガンバルね」
緊張気味のアンドレイくんの肩をポンと叩いたのは吉野くん。
「まっ、気楽にやろうぜ、なっ」
「お待たせしました~っ、では教室に入って席に座ってくださ~い」
写真屋さんが現れて撮影が始まった。




