第11話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「どうして邪魔するんですか!」
怒る神愛ちゃん。
「デートの尾行なんて悪趣味じゃない?」
「だったら眞名美先輩は?」
言い返す言葉もなく、ひたすら神愛ちゃんに謝りながらビルを出ました。
日も沈みゆく土曜の夕刻、オタク街のメインストリートはこれからが本番とばかりに人でごった返しています。その混沌の遠く先、遙か彼方で人混みに見え隠れする黒い髪。あんな遠くの後ろ姿、普通は誰だか分からないですけど、あれは絶対に千歳です。
「全然分からなくなっちゃった――」
肩を落とす神愛ちゃんを連れて、千歳の方へと歩きます。
「お姉ちゃん、どこに行ったのかな~?」
道にはパソコン屋さん、カードゲーム屋さん、アニメショップなどが立ち並びます。でも、千歳はこの先の角を左に曲がったように見えました――
大通りに出て千歳の軌跡を追います。少し歩くと大きなゲームセンター、そしてその前、道を隔ててチェーンのコーヒーショップ。
「休憩しましょう。お詫びにケーキ奢るわよ」
あたしはコーヒーショップへ神愛ちゃんを誘いました。
でも店は結構混んでいて、中ほどの席しかありません。
「窓際ならお姉ちゃんが偶然通りかかったら見つけられるかも」
と言う神愛ちゃんには悪いけど、窓際は埋まってます。
「ほら、このケーキなんか美味しそうよ」
「じゃ、それにしよう!」
やっぱり女の子にとってケーキは全てに優先しますね。機嫌を直してくれた神愛ちゃん、美味しそうに苺ショートを頬張りながら。
「実はお姉ちゃん、デートってしたことないんですよ。だから失敗しないかって心配で……」
「失敗って?」
「えっと…… 道間違えたりとか、羽目を外してバカ騒ぎしたりとか……」
道なら間違えたみたいよ、と言うと大きな溜息をついた神愛ちゃん。彼女は西園寺くんとの待ち合わせ場所で張り込んでたらしいから知らないんだわ。
「でも、千歳は冷静だし大騒ぎなんてしないでしょ?」
「そうかもですけど……」
神愛ちゃんはきっとあたしと同じことを心配してるんだわ。そう、きっと『あたしに秘密』のことを。
「でも、千歳ったら、結構楽しそうだったわね」
「そうですね。アニメとかゲームの趣味なんか、男の人と近いかもだし……」
そう、千歳は純粋に楽しそうでした。友だちと戯れる子供のよう。だから、千歳の時間を大切にしてあげたいって思った――
ふとスマホを取り出すと千歳からの「ありがとう」ってメッセ。歩いてるときに着信してたみたい。
「ねえ眞名美先輩、一緒に晩ご飯食べて帰りませんか?」
そう言えば今日は寮の番ご飯が用意されていない日です。
「そうね、そうしましょう。神愛ちゃんは食べたいものある?」
「えっと、スパゲティ」
「だったら美味しいお店知ってるわ」
「やったあ!」
残りのケーキを頬張る神愛ちゃん。
「慌てなくていいのよ、もう少しゆっくりしてから行きましょう」
「でもそのお店、混まない?」
神愛ちゃんの心配は正論です。
ほろ苦いコーヒーを口に含むとスマホで時間を確認しました。ここにいることを千歳に連絡したら来てくれるかも。でもまだ西園寺くんとお楽しみの真っ最中かも知れないし、邪魔しないようにしないとね。
「5分くらい歩いたビルにあるイタリアンのお店だけど、有名なお店じゃないしそれほど混まないから大丈夫。それよりサリサリも呼んでいいかしら。彼女も日本橋に来てるはずだから」
先週はみんなで来たから、今日はひとりで自由に見て歩きたい、だって。だから彼女もこの辺にいるはずなのです。
もちのロンロンと軽く承諾してくれた神愛ちゃん、サリサリにメッセを送るとすぐさま返事が来ました
「参上するわよ、ですって」
「人は多い方が楽しいですものね」
コーヒーカップにはまだ半分ほどの深い褐色。いつもはクリームを入れるんだけど今日はブラックに挑戦中。だって千歳はブラック党だから。
神愛ちゃんは平らげたケーキの皿を横に除け、ミルクティーを飲み干すと、ちょっとお花を摘みに、と席を立ちました。
店の奥の方へと歩いていく神愛ちゃん。髪をあげてラフなジーンズ姿で、いつもの可愛いってイメージじゃなくてボーイッシュって感じ。スタイルいいし何をやってもサマになる。きっとモテるんだろうな――
ひとりになって。あたしは店の中を見回しました。
いつの間にか隣の席も空いていて、さっきよりは空いてきましたけど、それでもお客さん多めです。壁には季節限定マンゴパフェの写真。ちょっと高いけど美味しそう。
視線を戻すと残ったコーヒーをぐいと飲み干しました。かなり冷めてはいるけれど、冷めても苦いものは苦いです。こんなものを美味しそうに飲む千歳って大人なんだな――
「ここにいたのね」
「えっ?」
サリサリの声、じゃありません。
ハッと顔を上げると長い黒髪がさらりと揺れました。
「もしかして、と思ったのだけど」
「千歳っ! どうしてここへ?」
「ごめんなさい、来ちゃいけなかった?」
「ううん待ってた! でも、よくわかったわね」
「うふふふ……」
このカフェのすぐ前にある大きなゲームセンターにいたという千歳はふんわりと微笑みました。
「そうよね。目の前のゲームセンターを出て西園寺くんと別れて、ちょっと気になったからこの店を覗いたらマナが見えたの。わたくしの勘も凄いでしょ。マナに負けてないわよ」
「千歳ったら!」
「あの…… 一緒に晩ご飯とか、どう?」
「ちょっと待ってて、神愛ちゃんも一緒だから」
「えっ……」
それから、すぐにサリサリが来て、神愛ちゃんが戻ってきて。みんなでイタリアンレストランへ向かいました。
久しぶりに繋いだ手、ちょっと大きな千歳の手にドキドキが止まりません。
「こっちよ」
でもね千歳、あたしはちょっと違うのよ。
勘とか閃きとかそんなんじゃないの。
あたしはちゃんと千歳だけを見てるから。
第3章 完
【あとがき】
こんにちはわよ。
アタイが白馬に乗ったお姫さま、サリー・ポッターだわよ。
いつものご愛読にお礼を言うわよ。投げキッスもチューわよ。
最近アタイの役回りが三枚目の意地悪な姉Bみたいになってるけど、ホントは違うわよ。アタイはお笑い担当じゃないのわよ。
いいわよ? 第二章の、アタイの登場シーンをもう一度振り返ってみるわよ。
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「お初にお目に掛かるわよ。アタイはサリー。サリー・ポッターと申しますわよ」
キラキラした金髪のツインテール、エキゾチックな黒い瞳の美少女は、上手に日本語を操りながら向日葵のように微笑んだ。野郎どもがうっとり見惚れるのも無理はない。
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どうわよ、最大級の賛辞わよ。すっごく綺麗な女の子なのわよ。
それなのに何わよこの章は、アタイの扱いが軽いわよ、雑だわよ、Aランチの隅に置かれた干からびたパセリだわよ。作者に猛省を促すわよ!
と言うわけでこの章は、みんなでサブカルを満喫する話とか千歳がデートする話とか、そんな元気に遊び回るお話でしたわよ。いいねわよ、オタクの街。賑やかで面白くて元気が出るわよ。アタイの故郷・イギリス北部の小さな街ではそもそも日曜はデパート閉まってて。だからミサに出て、お母さんとお料理して、本を読んで過ごすのわよ。まあ、それはそれで嫌いじゃないけど、アタイは賑やか大好きわよ。
それにしても日本の人はよく働くわよ。オタクの街の人、よく働くわよ。日曜も夜もよく働くわよ。体壊さないように気をつけてね、わよ。
さて、次章の予告わよ。
来年、たくさんの女子新入生を獲得すべく、アタイたち剛勇女子は日夜活躍するわよ。そんなある日、女子寮にひとりの女の子が尋ねてくるわよ。その子は寮の見学をしたいというのだけど、何とあの名門お嬢さま校・マリアナ女子の理事長の娘だったのわよ――
と言うわけで、次章・お嬢さまは女子寮がお好き? もお楽しみにわよ。
お相手は、好きなチームはニューカッスルユナイテッドのサリーだったわよ。
お菓子をくれなきゃ石にしちゃうぞわよ!




