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第5話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ふわふわのオムライスにケチャップ絵が描かれていく。ス~イスイとうさぎキャラの顔が出来上がる。


「「せーのっ、美味しくなぁれ!」」


黒のニーソに純白のエプロン、フリルも眩しいメイドさんのラブリーなポーズに、ピンクのシャツ着たおじさんは顔面真っ赤にしてフリーズしている。


「ほらっ、三崎みさきさんも!」


 恥ずかしがるおじさんに神愛とサリーが両手でハートマークを作り突きつける。ほらほら真似しなさいって無理強いだ。


「せっかく来たんだから楽しまなくっちゃ」


 マナも完全に遊んでる。


「お、お、美味しく、なあれ……」


 声が小さいって、三崎さん!

 ピンクシャツのおじさんの名は三崎みさきさん。『関西わあるど』と言う地域雑誌の編集者さんだとか。店に入って席に着くと、詳しく事情を教えてくれた。


「実は雑誌のコラム欄を受け持っていてね、次は若者のサブカルにフォーカスして原稿を書く予定なんだ。それで一度メイド喫茶を体験しようって思ってね。でもほら、おっさんひとりで入るのはちょっと抵抗あるだろ? だからその道の達人に同行を願ったんだけども――」


 その道の達人がドタキャンして、でも原稿の締め切りも迫っているしでどうしようか悩んでいたんだとか。いっそコラムの内容を変更しようかとまで考えたらしい。

 オムライスの儀式が終わると三崎さんはスプーンを持つ。


「さ、皆さんもいただきましょう」


 ちなみにマナはチョコパ、神愛はフルパ、サリーはケーキセット、そして僕は当然『当店イチオシ・ふわとろ萌え萌えオムライス』だ。


「ん~っ、冷たくって幸せ~っ!」


 何を食べても幸せそうなマナは、神愛とアイスを交換したりして嬉しそう。サリーは珍しそうに店内をキョロキョロ。そうして僕と三崎さんはオムライスに舌鼓。


「お姉ちゃんよく食べるね。帰ったら寮の晩ご飯が待ってるんだよ?」


 何を言う神愛、こちとら育ち盛りの高校生だ、寮の晩ご飯は少ないんだよ、男には―― とは言えず。


「ここはやっぱり定番でしょ?」

「いやあ、姉小路さんも同じオムライスで助かりました」


 いや別に、一緒にさらし者になってあげた訳じゃないんだけど。


「皆さんは今日はお買い物?」

「ええ、ラノベとかマンガとか、あと彼女はパソコンも買いましたし」


 言いながら今日の戦利品、薄い本が入った袋を持ち上げる。


「そうだ、チトセの本、ちょっと見せてわよ」

「あっ!!」


 これは頼まれ物だと言い訳をする暇も貰えず袋の中から本を取り出しみんなの前に公開するサリー。公開処刑だ。


「頼まれ物とか言い訳しなくってもいいわよ、チトセかわいいわよわよ」


 こやつ、やっぱり正しい終助詞の使い方を教えなくっちゃ。


「ねえこれ、開けて見てもいいかしらわよ」

「ダメだって、頼まれ物だか……ら……」


 無視してビニールを破られた。開かれた本は『伊集院くんはストーカー』。表紙で男と男が頬寄せ合っている。やめてくれ。僕的には完全にビーンボールだ。


「わあっ、あたしにも見せて!」

「神愛も神愛も!」


 しかし、なぜか女性陣はきゃっきゃうふふとページをめくる。


「ハラハラ、ドキドキって感じだわよ」

「綺麗ねっ、ピュアよね、純愛よね!」

「えっ、純愛? 男同士だよ?」


 思わずマナに突っ込む。


「男同士なのに愛してる、ってとこがピュアじゃない?」


 神愛がマナの側につく。

 けど、同性間の愛って純なのだろうか? 確かに女の子と女の子が絡んでいる絵柄は綺麗だと思う。だけど男と男って気持ち悪いだけだろう――


「絵だって好みだわよ、ボーイズラブ大好きだわよ」


 1対3。僕の感性がヘンなのか。でも、やっぱり納得できない。


「だけどほらっ、キスよキス、男同士で、男同士でっ!」

「いいんじゃない、愛さえあれば」

「ブリーフだよブリーフだよ、男同士で、男同士でっ!」

「いいじゃない、ラブラブで」


 いやもう、絶対理解できない!


「あの、三崎さんはどう思います? この本」


 おじさんを巻き込んでみる。渦中の薄い本を手に取った三崎さんはページをめくりながら眉間みけんの皺を深めていく。


「男どうしてパンツの見せ合いっこって―― 俺にも分からないな」

「そうですよね、そうですよね!」

「「「ええ~っ!」」」


 真性女子3人に猛抗議を受けた。好きな相手のパンツに興味はないのかって。ブリーフかトランクスか気にならないのかって。

 ――いや、全然気にならないけど。

 それでも三崎さんは僕の側についてくれた。


「千歳さんの意見に一票、だな。少数派でも性別を超えた愛は確かに存在するわけで、そう言う意味では純愛なんだろうね。でも、俺には無理だ」

「そうですよね、無理ですわよね!」

「じゃあさあ千歳、女同士だったらどうなの?」

「アリでしょ?」


 マナの言葉に即答してから、んんっ、っと考えた。ヘンな意味に取られないよな?


「女同士なら俺もアリ、です」

「そうですよね、そうですよねっ!」


 またしても僕の側についてくれた三崎さん。やっぱり男同士。思わず右手を出してガッシリ握手してしまった―― って、ガッシリはダメだ、女の子女の子、僕はか弱い女の子!

 急に俯いて恥じらって見せると、慌てて手を放した三崎さん。おじさんウブなんだ、ふふっ。顔真っ赤じゃん。僕って、おじさんキラー?


「三崎さんも薄い本とか買ったりするんですか?」

「ないないないない」


 神愛の質問に手のひら振って否定する。


「やっぱり大人は読まないのわよ?」

「いやいや、大人だって読む人は読むよ。今日待ち合わせをすっぽかしたヤツ、北丘きたおかって言うんだけど、そいつも買いまくってるし」


(北丘?)


 思わず神愛と目が合う。

 まさか――


「へえ~っ、その北丘さんっておいくつなんですか?」

「40くらいだったかな。若い人向けの小説とか書いてる物書きなんだ」


 間違いない、親父だ! おいオヤジ、約束すっぽかすなよ!


「で、その北丘さんって、二次元大好きなのかしら?」

「そうなんだ。だからこの辺もよく知ってるってことで案内を頼んだんだけどね。でもそいつ、すっごい愛妻家でさ、奥さんと一緒にコミケにも行くらしいんだ。お子さんには内緒でって。あっ、今日も奥さんが体調悪いからこれないんだって」


 今まで「仕事で出張が偶然同時なの」って夫婦揃って消えることが多かったけど、それか! 込み上げる怒りを抑えて神愛を見る。しかし、どんなにバカでも親は親。体調悪いとなると少しは心配だ。しかし神愛は苦笑いをしながら首を横に振る。って、体調悪いってのも嘘だってか――


 腹立ち紛れにオムライスを頬張った。せっかくの美味しくなるおまじないが台無しだ。


「ささ、ずずいっと食べましょうよ!」


 女の子に囲まれて緊張して、スプーンが進まない三崎さんの後押しをする。遠慮がちに食べる三崎さんはお人好しっぽくて、約束破った父に代わり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「三崎さん、その、おや…… 北丘さんとは他に何か約束とか?」

「あ、うん。ジオラマ喫茶に連れて行ってくれるって約束だったけどね。でもまあ、今日は諦めるよ」

「行きましょう!」

「「「「えっ?」」」」


 みんなが驚いて僕を見た。


「一緒に行きましょう。ね、いいわよね、マナ、サリー」

「アタイも興味あるわよ、もち行くわよ」


 サリーの言葉で僕の提案はあっさり承認された。


「ところで三崎さん、ジオラマ喫茶って何ですか?」

「えっ? 知らずに誘ったの? お姉ちゃん!」

「そうよ、悪い?」


 開き直って偽のBカップをグンと張る。

 三崎さんの説明によると、ジオラマ喫茶というのは大規模な鉄道模型のジオラマがあって、そこで電車模型を好きに走らせる事が出来るお店なのだそう。鉄かあ、女の子は好きじゃないかな――


「無理に付き合ってくれなくてもいいんだよ」

「無理なんかしてませんわ。ねっ!」


 結局、ジオラマ喫茶を出る頃には、日も沈みかかっていた。別れ際、三崎さんは僕たちに何度も何度もお礼を言ってくれた。


「お陰で面白いコラムが書けそうだよ。だからここは払わせてくれよ」

「何度言われてもワリカンですわ」

「そう言わずに」


 彼は僕たちが一緒に行動したのは奢って貰うためだと踏んでいたらしい。そうじゃなきゃこんな中年のおっさんに付き合う物好きな女の子なんているわけない、と。でも僕は頑としてワリカンで押し通した。だってそんなつもりじゃないんだもの。


「そっか、悪いね。雑誌が出来たら皆さんにもお送りしますからね」


 手を振って去って行った三崎さん、女子寮4人組をどう思っただろう。物好きなオタク少女、ってところか?

 ともかく彼は喜んでくれたと思う。自分で言うのもなんだけど、今日はいいことをした。

 僕はそう信じて家路ならぬ寮路に就いた



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