第2話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
青空と桜のコントラスト。
校門に続くソメイヨシノの下を歩きながら、マナは楽しげ。
「迪子先生って面白いよね」
「ここ重要ですよ。お弁当忘れても忘れないでね~っ、とかね」
1学年400名を超える新入生に女子はたったのふたり。
同じ1組のマナとは、1日中ずっと一緒だった。
朝の一番の挨拶も、
授業の合間の雑談も、
机並べてのランチタイムも、
体育の着替えの時さえも、ずっと彼女と一緒だった。
だって女子はふたりだけ。
どうしてそんなに少ないのかって?
答えは簡単、元男子校の剛勇は男女の志望者数に雲泥の差があったのだ。
文武両道、隣人愛を旨とする由緒正しき名門・私立剛勇学園高等学校。
小高い丘にそびえ立ち、サッカーやバスケも強豪で部活動が盛んな一方、多くの生徒が難関大学へと進み政財界で活躍する者も多い。
しかし、時代の変化はこの学園にも押し寄せた。
開校120年を経た今年、剛勇学園は初めて女子を募集した。
去年の進学希望調査。地区の男子には14%と言うダントツの支持率を誇った剛勇学園だが、、女子の支持はたったの0.03%。この数字はミジンコというかミドリムシというか、統計誤差というか幻と言うか、いっそ切り捨てて0にすべき数字で、ともかく女子には全く認知されなかったのだ――
「あのっ!」
木陰から飛び出てきたのはスポーツ刈りのがっしりした男子。
「遊里さんっ! 俺、そのっ、遊里さんのことが、好きですっ!」
やっと正しい選球眼を持つ男子が現れた。
そう、彼女こそ本物の女の子。可愛くて優しい、正真正銘の女の子。
「好きですっ!」
大切なことらしく、好きを2連発したその男子に、マナは困惑の様子。
「えっ、あ、ありがとうございますっ。でも、ごめんなさい」
ぺこり頭を下げるマナに男子は固まったまま。
「野島さん、でしたよね?」
野島さんと呼ばれた男子は何度も小さく首肯する。
「学校も始まったばかりですし、クラスメイトとして仲良くしてください、ねっ?」
直立不動の野島くん、震える声で「はい」と一言。
「では、ごきげんよう」
彼に向かってもう一度頭を下げると、離れて待つ僕の元に優雅に歩いてきたマナ。
「ごめん千歳、待たせちゃって」
「いいえ、全然」
またふたりで歩き出す。
しかし、なんて優しい断り方、やっぱり本物の女子は違うな。
「名前、覚えてたのね」
「同じクラスでしょ。自己紹介でラグビーやってたって言ってた人だよね」
僕を見上げるマナの大きくて真っ直ぐな瞳。
「聞いても良いかしら? 彼のどこが気に入らなかったの?」
「え、ああ、それはね……」
ダメなのは顔か? 坊主頭か? 筋肉ムキムキ体質か?
まさか彼女、二次元しか愛せない、とか?
そんなことを考えていると、マナはまたその腕を絡ませてきた。
「だってあたしは、千歳が大好きだもん!」
「えっ?」
振り向けば、からり無垢な笑顔がそこにある。
彼女は女の子。頭のてっぺんからスカートの中まで、どこから見ても、どこから覗いても正真正銘女の子―― 覗いてないけど。
「わたくしだってマナが、すっ、好きだわ!」
「わあっ! ホント? 嬉しいっ! あたしも千歳が大大大大好きっ!」
僕の必死の「告白」をキャッキャと喜ぶマナ。
「じゃあさ、あたしたち恋人同士だねっ!」
「そ…… そうね」
「嬉しいなっ!」
でも、これって「告白」とは違うよな。
だって、今の僕は女の子だもん。
セーラー服なんか着ちゃって、赤いカバンなんか持っちゃって、黒いニーハイなんか穿いちゃって。どこからどう見てたって完全無欠の女の子なのだから!
どうしてこうなったのかって?
どうして僕が女装して学園に通ってるのかって?
それには深い深い、落とし穴のような訳がありまして。
そう、あれはかれこれ2ヶ月前のこと――