第3話
ピロロロン
ふたりのスマホが同時に鳴った。
「あっ、神愛からだ」
「お姉ちゃん!」
スマホのメッセージとほぼ同時に現れた神愛とサリー、ふたりとも大きなビニール袋をぶら下げて。
「薄い本漁ってるの? そんなにいっぱい? お姉ちゃんも好きだねえ~!」
「いや、神愛これはその……」
「うわあ~っ 何これ! ここにも本がいっぱいだわよ~っ!」
同人誌の山にサリーも興味津々。あれやこれやと手に取っていく。
「凄いわよ、同人誌ってヤツかしらわよ? かわいいわよ、かわいいわよっ!」
「ダメよサリー、そっちは成人コーナーよっ」
「成人コーナーって、エッチっぽいやつかしらわよ?」
「そうよ、パンツ穿いてないコーナーよ、健全じゃないの。不純異性交遊とか。あっ、同性のもあるけど」
そう言えば、以前通っていた一貫校では不純異性交遊は禁止だって口うるさく注意された。女の子と手を繋いだだけで生徒指導室へ呼び出された友だちもいる。だったら、不純同性交遊はいいのか。男どうしてあはんあはんってのはセーフなのか? そっちの方がよっぽど危険な香りがするんだけど。
「分かったわよ。あっちには行かないわよ」
マナがすまなそうに僕を見る。サリーと神愛の手前、今更向こうには行けない。でも仕方ない、お駄賃は諦めておとなしく引き下がるか――
「これ、何か凄いわよっ!」
アダルトコーナーのすぐ手前、サリーが手にした本は笑顔の金髪イケメンと黒髪無表情くん頬を寄せ合う気持ち悪い表紙、しかもその背景たるやお星様キラキラ――
「あっ、これっ!」
マナもその平積み本を手に取る。彼女の視線の先、絵柄にまみれた文字列は、よくよく見ると、あのタイトル。そう、『伊集院くんはストーカー』だ。これっていわゆるBLじゃないか。ボーイズラブ、男と男がいちゃいちゃするお話。ハッキリ言って思わず目を背けたくなる。なんちゅう本を息子に買わせるのだ、あの無責任母は。
なんだか顔が熱い、メッチャ恥ずかしい。こんな本を探してたなんて、マナは何と思ってるだろう。絶対軽蔑されちゃったよな――
「マナこれは……」
「面白そう、ねっ、千歳」
さらりと笑って僕にウィンクを寄越すマナ。
「本当だわよ、面白そうだわよっ!」
男と男のラブラブ本、思わず生理的嫌悪感さえ抱くその表紙をサリーも喜々として眺める。
「BLって人気あるよね~っ」
神愛も満更ではない様子で、サリーの手元を覗き込んでいる。
僕はさりげなくそれを取ってかごに――
「チトセも気に入ったのわよっ?」
「いやこれは、その、と、友だちに頼まれて……」
あのバカ母学園長、とんだ辱めを受けさせやがって! お駄賃たんまりふんだくってやるからなっ!
「言い訳しなくていいわよ、後で見せてわよ!」
「言い訳じゃないの」
「いいからいいから」
「……」
と言うわけで。
「みんな結構買ったね」
「サリサリは何を買ったの?」
「少女コミックスがほとんどだわよ。『腹黒王子と打算の姫さま』とか、絵がかわいいわよ」
めいめい好きな物を買いまくってビルを出た。
「マナは何買ったの、見せてわよっ!」
「普通のゲーム、だけど――」
いつの間にやらマナも青く大きな袋を手に提げている。
「見せてわよっ!」
「あっ、勝手に取らないでっ!」
マナの手から袋を掠め取ったサリーは躊躇いなく中を覗き込む。
「うわっ、絵が可愛いわよっ! 可愛い女の子ばっかりだわよっ!」
「普通のゲームよ、普通の」
意外な一面を見た気がする。ゲーム同好会では興味なさげだった美少女ゲームを自ら買うなんて。って、そのゲームって男性向けなんじゃ?
みんなワイガヤしながら他のお店も色々と見て回る。カバンにお揃いで付けようねとアニキャラのストラップをみんなで買ったり、グッズが当たるくじを引いたり、紅茶用にとアニキャラマグカップを買ったり。
「外国人も多いのね」
「そうね、中国語とか韓国語とか、フランス語も飛び交ってたわね」
「サリーだってそうよね」
「サリーはバッチリ日本語喋るからね。見た目はブロンドの外国人だけど」
自分の話題にサリーは片眉を上げちょっと自慢げに。
「日本語はお母さんから教えて貰いましたわよっ」
「――ねえサリー、どうして語尾に必ず「わよ」をつけるの?」
僕の質問にみんな一斉にサリーを見る。やっぱり気になってたんだ、「わよ」。
「あのね、それはね、わよ――」
回りで日本語を話すのはお母さんだけだったと言う彼女。そのお母さんはとても上品らしい。彼女は「日本語では女の子らしくて丁寧な言葉遣いには語尾が重要だ」と教えてくれたとか。日本語は語尾で印象が大きく変わるんだと。
「『わよ』を付けるとハイソな女の子の言葉になるんだわよ!」
「神愛も真似しようかしら、わよ」
「神愛は普段の行動から上品にしなきゃね」
「もう、お姉ちゃんったらっ! ふんっ、神愛怒ったもんねっ」
怒った仕草の神愛きゃわいい!
「じゃあ、お茶しましょうか。ね、神愛ちゃん」
「うんっ、そうしようそうしよう。さっすが眞名美先輩っ!」
「じゃあさ、さっきのお店に行きましょうわよっ!」
「「「さっきのお店?」」」
爛々と瞳を輝かせて先陣切って歩き出したサリー、迷いなく歩き出したこの方向は!
「もしかして、メイド喫茶?」
「そうだわよっ!」
メイド喫茶って女の子が行って楽しいのだろうか? 可愛いメイド服を纏った女の子が「お帰りなさいませ~っ ご主人さまあ~っ!」ってやってくれるんだろ? 行ったことないけど。女の子が女の子にそんなことされて楽しいの? 僕は楽しいけど。でも女の子はどうなのよ? そんなことを聞きたいけど、どう聞こう? って考えてる間にみんなズンズン進んでいく。
「面白そうねっ 空いてたらいいけど」
「お姉ちゃんも行きたいでしょ?」
悪戯っぽい神愛の瞳。
そりゃ行きたいよ、だって僕はご主人さまなんだもん――




