第2話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土曜の午後、大阪・日本橋は人でいっぱい。思い思いの服装で買い物を楽しむ若者たち、ちょっとお堅い服着たおじさんはパソコン屋巡りかな。日本語だけじゃなくって中国語やフランス語も飛び交うカオスな世界。
アニメやゲーム、マンガ関連のお店が軒を連ねるメインストリートを歩いて行くと可愛いメイドさんたちが笑顔でチラシを配っている。
「華やかだわよ~っ」
ピンクの店内に真っ白なテーブル、キラキラ乙女チックなメイド喫茶を覗き見るサリー。
「あとで寄りましょうか?」
「そうしましょうわよ、そうしましょうわよっ!」
店の外に置かれたサンプルケースをチラリ、結構リーズナブルなお値段だ。メイドさんもたくさんいる。大繁盛店だ。見ている間にも若い男性3人組が堂々店に入っていく。店を過ぎた辺りにもピンクのシャツ着た中年のおじさんがひとり、店を覗き込んでいるし。
「アニメショップはもうすぐだよっ」
指を咥えて店を覗き込むサリーを促して、僕らはまた歩き出した。
「うわぁ~っ、大きな建物だわよっ!」
目的地、5階建てのビルを見上げるサリー。
アニメショップやマンガ専門店、中古グッズ屋などが入る大きなビル、広い1階フロアはコミックスやライトノベル、ブルーレイやCDなどが並ぶ。
「1階から見ていこうよ」
勝手知ったる神愛はズンズンと店内侵攻を開始する。先ずはコミックス、そしてライトノベル。サリーもマナも目を輝かせてあれやこれやと本を物色する。彼女たちはとわいわい盛り上がりながら、本を次々かごに放り込んでいく。
「ごめん、ちょっと先に上の階にいくから」
僕の買い物はこのフロアにはない。連絡はスマホで、とだけ言い置くとエスカレーターで4階へと上った。ここはコミックスの専門店で同人誌も豊富に揃っている。そう、僕が母に頼まれた本は同人誌、いわゆる『薄い本』だ。最新刊ばかりだからすぐに分かるわよ、と母は呑気に言うけれど、同人誌ってたくさん発行されている上に、分類が難しくってどこに何があるか分からない。原作別にゲーム、マンガ、小説、オリジナルとかに分けられて、「コミケ最新刊コーナー」とかもあって、ちゃんと分類はされているんだけど、頼まれ物がどんな本でどんな出生なのか僕は全然知らない、だからさっぱり分からない。いや、分からない、程度ならまだいい、18禁のコーナーもある。あの母のことだ、僕が18歳未満である事なんて何にも気にしちゃいないだろう。
「千歳は何を探してるの?」
「マナ!」
顔を上げるとマナが不安げに僕を見ている。
「どうしてここへ?」
「だって千歳は方向音痴でしょ? どっちから来たか覚えてる?」
「勿論それはくらいは…… ってあれっ?」
「ねっ! あっ何、そのメモ?」
手に持った買い物メモを一瞬で取り上げられた。
「それはっ!」
人混みの店内で大騒ぎするわけにもいかず――
「たくさん買うのね」
「実は頼まれちゃったのよ、はは、は――」
「もしかして、学園長先生から?」
「んぐっ!」
鋭い。ってか、どうして分かるんだ?
「やっぱりね、学園長先生からの頼まれものなんだ。ねえ、あたしも一緒に探させて」
「いや、別に学園長からってわけじゃ――」
シラを切り通そうとするも――
「じゃあ、誰?」
「そ、それは……」
マナはその可愛らしい口元を手で隠して、ふふふっ、と吹き出した。
「ごめんね千歳、言いたくなければ言わなくてもいいわ。だけどあたしに遠慮はしないって約束したわよね。だから一緒に探しましょ」
どうして分かったんだ? やっぱり女って勘が鋭いな。
でも、ちょっとだけ、嬉しいかも――
僕は彼女と同人誌コーナーを念入りにチェックし始めた。
「なんかエッチっぽいの多いね」
「そ、そうね」
「あっ、これじゃない? 『ちょっとかおすなお友達』って」
マナが見つけた頼まれ物は幼げな赤毛の女の子が表紙の本。カラフルですっごく可愛い。
「千歳ってこういうの好き?」
「さあ、読んだことないから……」
母のリストにある頼まれ物は10冊、視力がいいのか観察力が鋭いのか、マナは次々と見つけ出す。
「ちのちゃんはもふもふ、って、これね」
「マナって見つけるの上手いわね」
「へへっ、実は結構オタクだったり…… あっ、あっちにも!」
正直、マナが来てくれて助かった。僕だけだったら途方に暮れていたかも。
1分ほどで順調に9冊までが見つかった。
「あと1冊ね」
「えっと『伊集院くんはストーカー』かあ。どこにあるのかしら――」
「もしかして、あっち?」
マナの指差す先はチェックしていないエリア、って言うか、立ち入りしちゃいけないエリア。
「――かも知れないわね」
最初から予感してたのだ。うちの母のことだ、成人向けも混じってるんじゃないかって。
「困ったわね。仕方ないわね、あたし確認してくる」
18歳未満お断り、の向こうを指差すマナ、やっぱり女の子って大胆だ。
「えっ、でも――」
「なかったよ、じゃ済まないんでしょ?」
「よく分かるわね……」
そうなのだ、なかったよ、じゃ済まないのだ。ってか、きっとお駄賃が出ない。この面倒な買い物を引き受けたのは破格のお駄賃が提示されたからこそ。しかしあの母のこと、1冊でも足りなかったら契約違反だとイチャモン付けられてお駄賃どころか代金まで踏み倒されそうだ。そうなったら無駄足、無駄骨、骨折り損の草臥れ儲け。僕の努力はどこへやら――
「ちょっと見てくる」
「ダメよマナっ!」
『18歳未満お断り』エリアの境界線には何もない。普通に間違って入ってしまいそう。だからマナは「間違って入ってしまおうよっ」と事も無げに言う。
だけど、そんなことをして補導されたらどうするんだ。捕まったらどうするんだ。全部母ちゃんが悪いのに! 大人エリアには社会人風なお兄さんとか、中年のおばさんが目を爛々と光らせて商品チェックに精を出している。
「大丈夫だって」
マナはそんなこと言うけれど――