第11話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「野島走れえええ~っ!」
今日の体育はサッカーです。
ルールの説明も、ボールの蹴り方も教えられず軽い準備運動のあと、いきなり実践へ。
吉野くんがボールを大きく蹴り出すと、野島くんが野郎どもを引きつれて敵陣営へと俊足を飛ばします。
「行かすか~っ」
宮崎くんも必死に後を追います。しかしラグビー部の巨漢は簡単に止まりません。
「みんな行っちゃったね」
女子3人も敵味方に分かれて参戦中。
あたしと千歳は守備要員。ってか、お邪魔虫。あたしサッカーなんて出来ないし、それ以前にルールもよく知らないんです。イエローって何? オフサイドって何? さっきもキーパーの矢田くんに怒られちゃった。「ペナルティエリアでファウルしたらPKなんだぞ! 気いつけろっ!」って。でもペナルティエリアって何? PKって何? だから千歳が一緒にまったりやりましょうって、ふたりでこのポジションにいましょうって。でも、残りの男子はあっち行ったり戻ってきたりとドッタンバッタン大騒ぎ。
「そうはさせませんわよっ!」
敵陣営、イングランド代表を名乗るサリサリが野島くんを待ち受けて激しく交錯しました。さすがは強豪イングランド、巨漢の野島くんをものともしません。ボールが零れ出て西園寺くんがキープ。
「おい遊里っ、ボサッとするなっ! ラインあげろっ!」
「あっ、はいっ!」
また矢田くんに怒られた。女子だってチヤホヤされるばかりじゃありません。何かと特別扱いのあたし達を良く思わない男子もいるんです。彼もそうみたい。
「マナ、ここまでいらっしゃいっ」
「はいっ」
「ったく、守れないし攻撃もできないしルールも知らないって。サッカーのルールなんて常識だろっ? だから女子は……」
ごめんなさい千歳、あたしの所為で――
「るさいわね」
「な…… 何だよ姉小路。遊里はオフサイドも知らねえんだぞ」
「うるさいわねっ、男のくせにグチグチ言うんじゃないわよっ!」
千歳がキレた?
「チッ、役立たずのくせ――」
と、向こうからボールに群がる一群が押し寄せてきます。
「姉小路さ~ん、俺の華麗なシュート、見ててくれ~っ!」
笑顔で手を振りながら余裕の西園寺くん、ドリブルで激走しながらキザっぽく千歳にウィンク。
「あ~あ、またノーマークで来るのかよ、ったく――」
矢田くんのぼやきが耳に痛い。
「止めるわよマナ!」
「えっ?」
オロオロ見ているだけのあたしを置いて、千歳はドリブル突破を続ける西園寺くんに果敢に向かっていきました―― って、千歳速い!
「甘いわっ!」
さっきまであたしと一緒にまったりしていた千歳、急にスイッチが入ったみたい。西園寺くんの前に立つとボールへ向かって滑り込みました。白と黒のサッカーボールは大きく弾んであたしの方へ――
「マナこっち~っ!」
千歳の声に、必死でボールに駆け寄りました。そうして思いっきり蹴りました。
「ナイスよ~っ!」
奇跡!
ってか、飛びすぎ?
あたしが蹴ったボールは大きな弧を描いて千歳のずっと前の方へ。そのボールを追って千歳は敵陣営へと猛突進。
「姉さんを止めろ~っ!」
うそっ、千歳めっちゃ速い!
宮崎くんを一瞬で振り切った!
この前の体力テスト、50m走はあたしと並んでゴールしたのに――
「邪魔よ、どきなさいっ!」
(えっ? えっ?)
ポニーテールに結った長い黒髪を右に左に振り乱し、千歳が男子を片っ端から躱していきます。ひらひらと蝶のように舞ったと思うと、突然ツバメのように滑空して――
「チトセ~、止まりなさいわよ~っ」
「サリーごめんね~ 止まれないのよ~っ」
「イングランド舐めるなわよ~っ!」
千歳めがけて滑り込むサリサリ、だけど千歳は彼女をふわりと飛び越えます。
「うそわよっ!」
慌てて立ち上がるサリサリ、だけど千歳は一瞬でゴールの前!
「キーパーわよ~っ!」
サリサリの絶叫、だけど千歳はその細い美脚をしなやかに振り抜いて――
バシュッ!
ズザッ!
凄い!
突き刺さった。
「ゴールだあっ!」
グンと伸びたボールはゴールの右隅にズバンと突き刺さりました。
「チトセすごいわよ~っ!」
敵陣営、両手を突き上げ喜ぶ男子に混じって、サリサリがチトセに駆け寄って……
って、抱きつかないで~っ?!
「チトセカッコいいわよ~っ!」
「ちょっ、ちょっとお~っ、千歳に抱きつくな~っ、あなた敵でしょ~があっ!」
無我夢中で走りました。あたしの千歳が穢されるう~っ!
「ちょっとお~っ! 離れなさ~いサリサリッ! あなた敵でしょ~っ! 千歳はあたしのチームなの~っ!」
「敵とか味方とか、そんなの愛さえあれば関係ないわよっ!」
「関係あるわよ~っ!」
「チトセの胸に顔を埋めるのわよ~っ!」
「やめなさ~い!」
「やめないわよ~っ!」
「だめえ~っ!」
「引っ張るなわよ~っ!」
やっとの思いで――
抱きつくサリサリを力任せに引き剥がしました。
だけど、あたし達の激しい愛をよそにクールな顔の千歳。
「ナイスアシスト、完璧なパスだったわよマナ。さ、戻りましょ!」
ハイタッチを求めるチームメイトを軽くスルーして、でも、あたしにだけは微笑んで、その手を差し出してくれて。
パシッ
へへへっ!
千歳カッコよかった。さっきゴールを決めた西園寺君よりもずっとずっとカッコよかった。千歳ってば華麗すぎ。誰ひとり追いつけなかった。誰ひとり触れることすら出来なかった。もう、凄すぎ――
――って、待ってよっ! 千歳、先に行かないでよっ!
「謝りなさいっ!」
えっ?
「謝りなさい。遊里さんに謝りなさい! さっきの言葉を取り消しなさいっ!」
怒ってる?
千歳が矢田くんに怒ってる?
「見たでしょっ、マナのパス、見たでしょっ、女子にだってできるんだって!」
「……」
「謝りなさいっ!」
「…………ごめん」
「わたくしにじゃないわっ、遊里さんによっ!」
千歳――
もしかして、あたしのため?
さっきのゴール、あたしのため?
「遊里さん、ごめん……」
顔を上げると矢田くんが神妙な顔つきで歩いてきてます。
だけど、あれっ? あたしったら――
「って、泣くなよ遊里。謝るからさ、ごめんって。ホントごめんって。この通りっ」
「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくって―― あっ、ゲームが始まってるわ!」
誰が蹴ったか、ボールが大きな弧を描いてこっちに飛んできます。千歳は既にその落下点。
「千歳~っ、あたしも一緒に攻めるね~っ!」
走りました。真っ直ぐ全力で。
矢田くんにこんな顔を見られたくないし。
ましてや千歳にも見られたくないし。
ボールを奪った千歳はあたしの方へと駆けてきます。
「次はあたしがシュートするね~っ! あたしにパスしてね~っ!」
千歳に負けないように走りました、全力で。
走らないと色んな事を考えちゃうから。
もっと涙が零れちゃうから――
敵ゴールはもう目の前、キーパー以外誰もいません。
「千歳~っ、パス~っ!}
「マナ~っ戻っておいで~っ、そこオフサイドだから~っ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
第2章 完
【あとがき】
ご愛読ありがとうございます。姉小路千歳です。
僕の恥ずかしいエピソードの数々、お楽しみいただけてますか?
何の因果か陰謀か、女の子として学園に通う羽目になってしまった僕。
元々「泣き虫」とか「女の子っぽい」とか「可愛いね」とか言われていた僕ですけど、まさか女の子としてこんな完璧に通用するなんて、もう男としての自身も誇りもズッタズタ。こうなったら一生女の子として生きていこうかと最近ちょっとだけ思ってたりして。みんな僕のことを美人だとか可愛いとか、いい女だとかチヤホヤしてくれますしね。でも、俺の女になってくれとか、子供は2人欲しいなとか言われると、急に冷めてしまいますけど――
さて、母が理事長を務める剛勇学園。実績も伝統もある人気校ですけど、それは男子校としての姿。今年から共学になって女子もいるんだってこと、多くの人が知らないみたい。だからって僕を女装させて広告塔にしようなんて、我が母ながら頭の中は狂い咲きのお花畑ですよね。僕にはそんな趣味全くないのにさ。まあ、女子寮は部屋も広くて空調完備、なかなかに快適で自分の家より気に入ってるからいいけど。なんていうか、家を出て寮で暮らすってちょっと大人になった気分だし。
ああ、あのお気に入りの水着写真集を神愛が没収さえしなければ――
さて次章。
女子寮の4人はサリーの要望に応えてオタクの街・大阪日本橋へと出向きます。パソコン買ったりフィギュア買ったり薄い本買ったりと、それはもう、みんなでどったんばったん大騒ぎ。
そんな僕たちはキラキラのメイド喫茶の前に怪しい中年男性を発見して…………
次章・マナは何でもお見通し(仮)もお楽しみに。
自分の偽物入りブラを触ると不思議な気分になる、姉小路千歳でした。