第8話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うわあ~っ、美味しそうだわよ~っ!」
食堂の長テーブルには大きな丸い寿司桶とピザが2枚。
「はい、即席のお吸い物」
マナと神愛がお椀を運んでくる。
「サリサリは座って座って。千歳の隣へどうぞ」
椅子を引いたマナは僕から離れて斜め前へ。
「ねえ神愛、寿司とピザってどういう組み合わせ?」
「どうやら学園長、イギリスとイタリアを勘違いしたみたい――」
苦笑する神愛にサリーがサムズアップする。
「大丈夫だわよ。アタイ、夫婦喧嘩以外なら何でも食べるわよ」
「生のお魚も大丈夫?」
「もっちろんわよ! イギリスにも日本食屋さんはいっぱ~いあるわよ。回転寿司は皿まで食べるわよ!」
いや、それは色々まずかろう。
「このお寿司、とっても綺麗だわよん。カラフルでみんなカワイイわよ~っ」
なるほど、マグロやイクラの赤に鯛や烏賊の白、玉子の黄に胡瓜の緑。寿司桶の中は花壇のように彩り鮮やか。僕は割り箸をみんなに配る。
「じゃあ、いただきましょう」
「ところでチトセ、お寿司はお箸で食べるのかしらわよ?」
もしかして、サリーは箸を使い慣れないのだろうか。
「ナイフとフォークを持ってきましょうか?」
「チトセ、お寿司はフォークで食べないわよ」
あ……
イギリス人に指摘された。
恥ずい。神愛、そのジト目はやめてくれ――
「手では食べないの、わよ?」
なるほど、そう言うことか。通は手で食べるとか言うよな。僕は違うけど。
「どっちでもいいのよ。お箸で食べても、手で摘まんでも」
「チトセはどっちかしらわよ?」
「わたくしはお箸でいただくわ」
「じゃ、アタイもそうするわよん」
元気に箸を割るサリーに「お好きなものをどうぞ」って勧める。彼女が鯛を取るとみんなの箸も伸びた。
「ねえサリーさん、んぐんぐ。学校はどうだった?」
いきなりウニを頬張りながら神愛。
「楽しかったわよん。チトセもマナマナも一緒だし、クラスのみんなも優しかったわよ」
「サリーさんはアニメが好きなんですって?」
「イエス、大好きだわよん!」
彼女に言わせるとメイドインジャパンと言えばアニメとボカロらしい。電気製品の類は日本ブランドって言っても多くはメイドインチャイナだったり、とも。
「ま、アニメも国際分業が進んでますけど、わよ……」
さすがは自称オタク、僕よりずっと詳しい。
「わたしのママは日本人で、あんまり英語が得意じゃなくて、だから録画した日本のアニメを見るのが大好きで、アタイも一緒に見るのだわよ……」
サリーは目を爛々とさせて「バッキンガムの薔薇」だとか「ばてれんさんが通る」だとか「ラセーヌの月」だとか熱く語り始める。古い。僕がまだ産まれてない頃のアニメだ。
「ねえ、知らないのわよ? 誰も見たことないのわよ?」
そんな彼女に今放送中の深夜アニメタイトルを並べ立てる神愛。今度はサリーの方がほとんど知らない。それでも彼女の瞳は輝いている。
「どんな話かしらわよ? 面白いのかしらわよ? 録画してないかしらわよ?」
こりゃやっぱりアニ研を立ち上げなきゃいけないな。
サリーはアニメの話を根ほり葉ほり聞いてくる。答える神愛も楽しそう。好きだもんな、アニメ。さっきから聞いてると『マリア様の学園』をせっせと勧めている。そういや原作小説が部屋にズラリ並んでたっけ、百合小説の金字塔――
僕は寿司桶の中から鉄火巻きを3つばかり堪能してから、女3人の会話に割り込んだ。
「ねえサリー、一緒にアニ研立ち上げましょうか?」
「でも、部活って部員が5人必要だって聞いたわよ?」
サリーの言うとおりだ。部の設立には5人以上の部員が必要だ。足りない分は男子生徒をスカウトしなきゃいけないけど、貴重な女子3人が創る部だ、メンバーはなんかすぐ集まるに違いない。だから大丈夫、とサリーに微笑む。
「えっとね、アタイ、アニ研はもういいの、わよ――」
「「えっ?」」
語尾の「わよ」は何かの呪文だろうか? そんな疑問を差し挟む間もなく話は続く。
「アタイね、日本と言えばアニメだって思ってたのわよ。だから日本のこといっぱい知るためにはアニ研に、って思ってたんだけど、それだけじゃないって分かったのわよ。マンガだってゲームだってそうでしょわよ? だからちゃんと勉強してからにしようと思うのわよ」
言い終えるとシマアジに箸を伸ばしたサリー。
「サリーさんは日本のことをいっぱい知りたいからここに来たんですか?」
「そうですわよ。日本のいいとこ、日本の素晴らしいところ、ディスカバー クールジャパンわよ!」
高らかに宣言すると、今度はアワビに手を伸ばす。
気がつくとマナが不安げに僕を見ていた。でもすぐ視線を逸らされた。
「ねえサリサリ、あたし達に出来ることがあったら何でもするからね。何でも言ってよね」
「はい、ありがとうマナマナ。じゃあ早速だけど――」
箸にアワビを摘まんだまま、サリーの黒い瞳にキラキラ星が輝く。
「明日の放課後、アキハバラに行きましょうわよ」
「「「秋葉原?」」」
――いや、不思議な提案じゃない。
アニメオタクでマンガやゲームにも興味があって、クールジャパンを探そうという彼女の口からその地名が出るのは不思議じゃない。と言うか、至極当然の流れだ。だが、ここは大阪だ。明日の放課後ちょっと行ってちょっと帰ってこれる場所じゃない。
「ねえサリー、日本橋じゃダメかしら。できれば今度の土曜に」
「ニッポンバシ? 今度の土曜? どうしてかしらわよ?」
すぐに神愛が説明を始めた。アキバは東京でここから遠くて時間もお金も掛かること、大阪には同じようなオタクの街があること、それでも片道1時間近く掛かるから放課後では充分な時間がないこと、エトセトラエトセトラ……
「オー、ジ~ザスわよ!」
天を仰いで頭を抱えるサリー。この光景、今日2度目の気がする。悲痛なその叫びは、ムンク風味だ。
「おかしいわよ! 理事長先生はアキバなんてすぐ近くだと言ったわよ、毎日行けるって言ったわよっ、走って1分、徒歩5分、気軽にパジャマですぐ行けるって言ったわよっ!」
母さん、あなたのウソは酷すぎます。
あとをフォローする僕らの身にもなってください――
神愛も同じ思いなのか、僕を見て苦笑いしていたけど、すぐにサリーを慰め始める。
「大丈夫ですよ、日本橋もとってもディープですよ。ともかく今度の土曜に行ってみましょう。学園長にも文句を言っておきますから」
と言いつつ嬉しそうな神愛。
もしかして、これを口実に小遣いをせしめる気だな――
「そうなの? 分かったわよ。ありがとうわよカンナちゃんわよ!」
「いえいえ、サリーさん」
かくして。
週末の予定は決まった。
そして、あっという間に寿司もピザも綺麗になくなった。
みんなで後片付けをしながら。
「ねえ、これから大きなお風呂にみんなで入ろうわよっ!」
喜々として言い放つサリーに僕は慌てる。
「あっ、ごめんサリー、わたくしは肌が弱くって、一緒に入れないの」
「ええ~っ、じゃあシャワーだけでもいいわよ。大浴場にもあるわよ、ね?」
「いや、その、それが――」
頼みの神愛は流しで洗い物中、多分聞こえてない……
「ねえ、その方が楽しいわよっ!」
「えっとねサリサリ、千歳はホントにデリケートなのよ。だから今日はあたしと神愛ちゃんと3人で入ろ」
「ええ~っ、残念わよ~っ!」
「神愛ちゃ~ん! 神愛ちゃんもお風呂一緒に入るわよね?」
助かった。
ありがとう、ってお礼をしようとマナを見たけど、神愛の横に駆け寄って洗い物を始めていた。




