第5話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
爽やかに晴れた月曜の朝。
姉小路千歳15歳、今週も女の子、頑張ります!
朝の指さし確認。
髪型良し、Bカップ良し、スカートの下に体操服よし。
鏡を見ても、もう驚かない。
自分で自分にうっとり見惚れたり、は少しするけど。
膝下までの長めのスカートに、ツンと高慢で隙のない態度。男性諸君にヘンな気持ちを抱かせないように僕だって考えてるんです。
「おはようマナ!」
「あ、おはよう千歳」
昨日はたくさん焼き肉食べたのに、どことなく元気がないマナ。
「どうしたの? 目の下にクマさん作っちゃって」
「あ、環境が変わったからかな、ちょっと眠れなくて」
教室に着いて教科書を出して、マナと焼き肉屋の話をしていると、担任の桜宮先生はいつもより早めに現れた。
「はあ~い、今日は転校生を紹介しま~す。サリーさん!」
呼びかけるが早いか、颯爽と現れたひとりの少女。
突然のことに教室中がざわめく。
勿論僕だってビックリだ。
「お初にお目に掛かるわよ。アタイはサリー。サリー・ポッターと申しますわよ」
キラキラした金髪のツインテール、エキゾチックな黒い瞳の美少女は、上手に日本語を操りながら向日葵のように微笑んだ。野郎どもがうっとり見惚れるのも無理はない。
「ポッターさんはイギリスからの留学生です。皆さん仲良くしてあげてね」
「イエ~ス、仲良くしてくださいだわよ。アタイのことは気軽にサリーって呼んでいいわよっ」
ハッとするほど綺麗だけれど親しみやすさを感じるブロンド美少女。お母さんが日本人だというサリーは日本語に不自由なさそうだ。体つきはやや小柄、しかし出るところはバババ~ンと出てる。さすがはブロンド!
「サリーさんって魔法使いですかあ?」
手をあげて、みんなの疑問を代弁したのはお調子者の吉野。
「違うわよ。でも魔法少女は大好きだわよん」
「はっ?」
右目の前に二本指をかざし、ビシッとポーズを決めるサリー。
「マジカル変身だわよ」
「「ひょお~っ!」」
口を開けて固まる迪子先生をよそに一部の生徒から歓声が漏れた。吉野と宮崎、お前ら見てるな、日曜朝の魔法少女アニメ。ま、僕もたまに見てるけど。案外面白いもんな、あれ。
「席は姉小路さんの横がいいわね。音澤くん、後ろに動いて貰える?」
我に返った桜宮先生は僕の右隣、音澤君の席を指差す。
「えっ、せっかくの特等席だったのに……」
至極残念そうな音澤君、舌打ちして机の中から教科書を取り出すと未練がましく僕に手を振り後ろの空席に移動する。
「ケッ、女子は何でも特別扱いでいいよな!」
誰かの棘のある声も聞こえるけど敢えて無視。
やがて音澤君と入れ替わり金髪の美少女が目の前で微笑んだ。
「はじめまして、サリーですわよ!」
僕も立ち上がり頭を下げると、横からマナがサリーの手を取った。
「あたしは遊里眞名美。マナって呼んでね」
「アナマナ~。アタイはサリー、よろしくだわよん」
「よろしくね、サリサリ!」
パンダの名前か?
サリサリとマナマナは教室のみんなが注目の中、手を取り盛り上がっていた――
その日、休憩時間の度に男子たちに取り囲まれていたサリー。イギリスの生活とか食べ物とか、プレミアリーグのこととか日本の感想とか聞かれまくって、ちょっとうんざりした様子だった。ま、女子は希少種だから仕方がないのだけど。放課後は寮に戻り荷物整理をすると聞いていたので、チャイムが鳴ると近寄る男子たちをシャットアウトした。
「ちぇっ、もうちょっとお近づきになりたいよなあ――」
「贅沢言うなよ。女子がいるのはうちのクラスだけだし。聞いたか、B組には男の留学生が来たらしいぜ、しかもアジアの」
「はあ~っ、そう思えばここは天国かあ……」
「そうかあ? 男ばっかりの方が気楽でいいじゃん」
そんな会話を耳にしながらサリーに声を掛ける。
「さ、帰りましょ」
「はいだわよ」
3人揃って教室を後にした。
タンタンタンとリズミカルに階段を降りる。3階、2階。そして1階。靴箱の方へ向かおうとすると突然サリーは人差し指を反対側へと突き出した。
「さあ、行くわよ!」
「行くわよって、どこへ?」
「アニメ研究部に決まってるわよ」
さっきまでのうんざり顔はドコヘやら。元気いっぱい、向日葵のように大輪の笑顔を咲かせたサリー。
だけど。
剛勇にアニ研はない。
「うそっ、そんなはずはないわよ」
そんなことを言われたってないものはない。僕の貯金みたいに。
「本当よ」
マナがもぞもぞとカバンから部活一覧を取り出し見せると、向日葵サリーの顔色がみるみる青く変わった。
「オー、ジ~ザスわよ~っ!」
天を仰いで頭を抱え、神様の名を叫ぶ。まるでこの世が終わるみたいに。
「おかしいわよ! 理事長先生はあると言ったわよ、あると言ったわよっ!」
そっか、また母ちゃんの仕業か。どうせ甘い言葉だけを囁きまくって、ないものを『ある』とウソまでついて騙してイギリスから連れてきたんだろ、あの極悪母ちゃん。
「約束が違うわよ、約束が違うわよ、理事長に抗議だわよ!」
そんな憤るサリーの肩をポンと叩いて、マナが柔らかな笑顔を向ける。
「まあまあ、漫画研究部とかゲーム同好会はあるから、取りあえずそっちを見学してみない?」
「マンガ研究部? ゲーム同好会? あ、それも面白そうだわよ」
マナGJ!
ちょっと機嫌を取り直したサリーはマナの手を取り、引っ張るように歩き出した。