第3話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もう~っ、お腹いっ~ぱい。
暫くお肉はいらないわあ――
「はあ~っ!」
自室に戻ると窓を開けました。
大きな三日月です。涼しい風が気持ちよい夜です。
焼き肉女子会はとても楽しかった。
「上カルビに上ハラミ、上ロース、骨付きカルビ、塩タン、ミノ、ホルモン、レバー、焼き野菜を全部3人前で取りあえず」って注文。そしてこの『取りあえず』を繰り返した挙げ句、更にカルビを食べて、冷麺にスープにデザート三昧。千歳はビックリするくらいよく食べます。あの細い体で、あの綺麗な顔でよく食べるのです。
「育ち盛りはやっぱり食べ放題だよねっ」
そんなことを言いながら神愛ちゃんも結構食べました。
まあ、そう言うあたしも頑張って食べたんですけどね。
みんなでわいわい食べると話も弾むものです。
「で、お姉ちゃんはどうするつもり?」
「何の話?」
「女子の人気を上げる方法」
「そうね、先ずは掲示板に殴り込みかしら?」
やっぱり千歳も知ってたんですね、掲示板へのネガティブな書き込み。
あれだけ悪口書かれているのを放っておく手はないでしょう。でも、下手すると余計に反感を買う気もします。炎上だってしかねません。厚めのカルビを炭火の上で大切に育てながら、そう口にすると。
「マナの言う通りね。炎上したら大変だものね」
「お姉ちゃん、燃えてる燃えてる! ホルモンが燃えてる! 焼肉が炎上してる!」
「氷、氷!」
みんな慌てて金網の上の火を消しました。
炎が収まると真っ黒になったお肉を隣の皿に載せた神愛ちゃん。
その黒肉を頬張った千歳は小さく嘆息して。
「こうならないようにしないとね。では、わたくしが剛勇の悪口を書くから神愛とマナはそれを正論で論破してちょうだい。最後にはわたくしが木っ端ミジンコにやっつけられるってストーリー。どうかしら?」
「それって、自作自演?」
「ステマ、とも言うわ」
「あるいはマッチポンプ?」
出来レースをあっさり肯定する姉小路姉妹。神愛ちゃんはニヤリ笑って。
「お主も悪よのう、千歳屋!」
「何を仰います、神愛さま」
「「はっはっはっは……」」
まったく仲のよい姉妹ですこと。
千歳はテキパキと肉を焼いたり、出来た肉をみんなに配ったりしてくれて、まさに焼き肉奉行。うちのお父さんみたい。
神愛ちゃんは頭の回転が凄く速くて次から次へと話題が溢れてきます。
「それからさ、女子寮通信と銘打ってネット配信ってのも面白いかも」
「ターゲットは女子だから、剛勇男子の実態も交えないとね。思いっきり盛ってさ」
「クリスマスには女子寮でイベントしようよ。出願直前だから宣伝になるよ!」
次から次へとアイディアが溢れます。
どうしたら剛勇に乙女がたくさん来てくれるか? みんなでわいわい盛り上がると、何だか心がワクワクしてきました。剛勇に入って良かったって思いました。高揚感っていうのかな、この3人で学園を変革するんだって思うと背中がゾクゾクしてきました――
結局、今日のところは寮に戻って千歳の部屋に集まって、みんなで掲示板へ書き込みを実行して解散。勿論、自作自演で乙。ちょっと気が引けたけどウソは書いてません。だってここの毎日は本当に楽しいんですもの。
それが終わると大浴場でゆったり湯船に浸かりました。千歳は肌が弱いから大浴場はダメなんですって。だから神愛ちゃんとふたりでたくさんお話ししました。神愛ちゃんは千歳と違ってお話し上手です。今度一緒にお買い物に行こうって約束もしちゃいました。背中の流し合いっこもしました。ホントに可愛い女の子。いきなりだけど意気投合しちゃった。そんなこんなで時間も忘れて長湯になったんですけど、まだ腹ごなしには不十分。だって当面お肉なんて見たくない程に食べちゃったんだもん。お腹ぽっこりも嫌だし、ちょっと寮を散歩しようと部屋を出ました。
まだ夜の10時前だというのに1階は真っ暗。食堂にも大浴場にも、娯楽室にも誰もいません。そりゃこの寮には3人しかいないんだから当然ですけど。でも、ちょっと寂しいな。
スリッパを履いて外に出ます。
寮の敷地は結構広くてふらふらと門に向かいながら考えました。
剛勇に女子をたくさん集めるって、決して簡単じゃないだろうなって。
だって女子の前例はないんですもの。剛勇の学園生活は面白いのか? 自分がしたい部活動の実績はどうなのか? 世間の評判は? 卒業後の進路は? 将来像は―― 過去の女子のサンプルはないんです。誰も自分自身をモルモットになんかしたくないでしょう。
でも、その代わりに無限の夢が描けます。
だからきっと、あたしたちがこの学園で毎日を楽しんで、夢を叶えていけば、絶対みんな来てくれる――
なぁ~っ
あれっ?
見ると足下に仔猫が一匹、あたしを見上げて鳴いています。
白猫でしょうか、暗くて毛色は自信ありませんけど、首輪はしてません。
野良かなって思ったけど、あたしに用心する気配もなく、それどころかすり寄ってきます。人懐っこい。もしかして捨て猫かな、こんなに可愛いのに。
「ごめんね、食べ物は持ってないのよ」
頭を撫でながらそう言うと、痩せっぽっちの猫は、なあ~ん、と首を縦に振り、タタタタと敷地の中へ歩き出しました。なんだか『こっちにおいで』、って言われている気がして後を付けます。玄関の灯りに照らされた仔猫は間違いなく真っ白。中庭に入ると白猫は食堂の手前辺りで丸くなりました。
(あれっ?)
さっきまで消えていたのに、食堂の窓から灯りが漏れています。
なぁ~
猫はあたしを見て、またすり寄ってきます。ホントに人懐っこい。薄暗い中庭の隅に屈んで頭を撫でました。気持ちよさげに目を細める白猫。可愛い! 飼いたいな。でも、寮だからダメだろうし――
「だからさ、お姉ちゃんはもっとスキンシップすべきなんだよ!」
神愛ちゃんの声?
「眞名美さんは女の子だけど、お姉ちゃんだって女の子なんだよ。手も繋がないなんて不自然だよ! 神愛がお手本見せてるでしょ? ちゃんとマネしてよ。ちょっとくらい抱き合ったって心の広い神愛は怒ったりしないよ!」
千歳が神愛ちゃんに叱られてる?
窓が開いてるようで、声はハッキリ聞こえます。
「理屈じゃ分かってるけど難しいよ」
「実行あるのみでしょ」
「そんなこと言ったって……」
千歳って神愛ちゃんに弱いんだ。何だか可愛いっ!
「なあ神愛、いっそのこと全部打ち明けたらどうかな? 遊里さんなら、遊里さんだったら分かってくれるかも。ダメ、かな?」
「ダメに決まってるでしょっ! インパクトでか過ぎだって! 絶対怒るって! バレたらお姉ちゃんの使命は終わりだよ! 今までの苦労が全てが水の泡じゃない! 今まで何のために頑張ったの? お姉ちゃんが寮から追い出されたら、神愛、泣いちゃうからあっ!」
「ちょっ、神愛、声大きい!」
思わずエアコンの室外機に身を隠しました。
なぁ~ん
神愛ちゃんの声が『ご飯だよ』に聞こえたのでしょうか、白猫は灯りが漏れる窓の方へと歩き出します。
なあ~ん
「あれっ、猫だ、仔猫だ、かわい~っ! 冷蔵庫に何かなかったかな?」
(良かったね、なぁ子。きっと神愛ちゃんが美味しいものを食べさせてくれるよ――)
あたしはふたりに気づかれないように、そっとその場を離れました。