第1話
第二章 ライバル登場?
日曜日。
あたし、遊里眞名美は女子寮の一員になりました。
今日から大好きな千歳と一緒なんです。
新築の剛勇学園女子寮は定員50名。敷地に入ると色とりどりの花たちがお出迎えしてくれます。明るく広い食堂はお洒落なカフェテラスみたいで、娯楽室にはあたしの大好きな月刊コミックも置いてあって、そして部屋はフローリングの個室、大きな窓から太陽が燦々と入ってきます。
なんて素敵な寮なのでしょう。しかも、ここで生活する仲間はたったのふたり。気後れするほどの美貌の持ち主、姉小路千歳と、彼女に似ているけれど可愛いらしい感じの妹・神愛ちゃん。こんな贅沢で快適な空間をたった3人で独占しちゃっていいのでしょうか。
荷物の片付けが一段落すると姉小路姉妹に食堂へ誘われました。
歓迎会をしてくれるんですって。
「あらためまして、遊里眞名美です。仲良くしてくださいっ」
パチパチパチパチ……
盛大な拍手にぺこりとすると、妹の神愛ちゃんがあたしの手を取りました。
「こちらこそ仲良くしてください、ねっ!」
笑顔が愛くるしい神愛ちゃん、クールな姉とは対照的にあたしの手をぶんぶんと振りまわして、あたしが両手を広げると待ってましたとばかりにハグしてきました。何て可愛いんでしょう。あたし弟がひとりいるんだけど、こんな妹だったら追加で欲しいなって思っちゃった。
一方、お姉さんの千歳は相も変わらずよそよそしい。
中庭に咲き誇る花々が楽しめる窓際の特等席、ティーポットから紅茶を注ぎながら抱き合うあたしたちを笑って見ているだけの千歳。3人で抱き合っちゃえばいいのに、こういうところ千歳はクール。いや、クールと言うより他人行儀。普段は気さくで気も利いて、周りを気遣ってくれる千歳。けれども、どことなくあたしと距離を取る。手繋いだりとか抱き合ったりとか、おっぱいタッチとか、そんなことしてくれない。更衣室で着替えるときなんか、わざわざ離れて着替えるし。広々使いましょう、なんて言うけれど、本当は歓迎されていないのかな? あたしは千歳が大大大好きなのに。初めての授業の日、ふたりは恋人同士だねって言ったのに。千歳のこと、もっともっと知りたいのに――
「新月堂のケーキを買ってきたのよ。マナは知らないかしら、駅の向こうに最近出来たケーキ屋さんなの。いつもこのチーズケーキは10時には売り切れちゃうのよ」
目の前に並べられた3個のケーキはちょっと大きい細長四角形。桜桃がたっぷり載って見た目も綺麗。女の子の集いにはケーキは欠かせない必須課金アイテムですからね。でも、高いんだろうな、これ。
わたしの歓迎会はたった3人でもわいわい賑やかに進みました。
話題はやっぱりこの1週間のこと。剛勇という男子ばかりの高校に迷い込んだ千歳とあたし。いつも何かと慌ただしくて、面白い出来事がいっぱいでした。例えば体育の授業、男子に混じってバスケットをする羽目になって。でも、男子たちはあたしたちの体に触れると特別ファールを取られるルールだったので、結構シュートも放ちました。吉野君は「俺はファール王だ」と言ってあたしたちを震え上がらせたけど、笑いを取ろうとしただけでした。お調子者みたい。千歳は運動神経抜群で、ハンデなんかなくても十分に男子と渡り合ってましたけど。
しかし、やっぱり一番盛り上がったのは男子からの告白のこと。千歳は毎日手紙貰ったり帰り道で告白されたりとモテモテでしたが、ひとり残らず即答で「生まれ変わって出直しておいで」と切り捨てました。それはもう情けも容赦も恩赦もなく。その数、既に15人。だからって男子に冷たいのかというとそうじゃなくって、数式の解き方を教えてあげたり、ゲームや漫画の話題でとても楽しそうに盛り上がったりもします。彼女の愛称は「姉さま」。柔道部の大男に対峙したときに誰かが口走った呼称がいつの間にか男子連中に定着してました。でもそれは畏敬と同時に親愛の情も込めてのこと。だから千歳は無理目の女だと分かっていても告白する男子が後を絶たないんでしょうね。まあ、あの美貌ですから。
「眞名美先輩もモテるんでしょ?」
神愛ちゃんが紅茶のお代わりを入れながら尋ねてきました。
「そうね、ちょっとだけ。女子はふたりだけだから血迷う人もいるのよね」
実際そうだと思うのです。今まで男子からの告白なんて数えるほどしかなかったのに、この1週間で既に7回もありました。あたしなんか全然普通なのに、みんな血迷ってるとしか思えません。
「で?」
「全部ごめんなさいしちゃった」
「ええ~っ! いい人いないの?」
「う~ん、そうじゃなくって、まだ学校始まったばかりだし、それに女子はふたりだけだから色々と、ね」
千歳が誰とも付き合わないって宣言してるのに、あたしだけって出来ませんよね。それに一番の理由は――
神愛ちゃんとのやりとりをただ笑って聞いている千歳。そう、全部彼女の所為なんです。千歳より素敵な人なんていません。凶暴な柔道部の熊男を軽々と投げ飛ばし、あたしを守ってくれました。言い寄る男たちは残酷に切り捨てるのに、あたしにだけはいつも優しく微笑んでくれる千歳。ああもう、ギャップ萌えです! 強くてクールな高嶺の花ってイメージの反面、涙もろくてとってもチャーミング。男とか女とか関係なくって、ともかく千歳が一番大好き。ホントあたしどうしちゃったのかな? 千歳のことを想うと、胸が勝手に熱くなるんです。でも、そんなこと神愛ちゃんには言えないし。
ふうっと一息ついて、頬が火照るのを感じながら紅茶を啜りました。
「あ、そう言えば、あまりいいニュースじゃないんだけど……」
話題が途切れると、神愛ちゃんはスマホを取り出しテーブルに載せました。
「なになに?」
「最新の高校人気ランキング」
それは大手進学塾が実施している受験生対象の学校人気調査の結果でした。
東部地区 私立高校 総合ランキング
1位 西日大学付属 11.4%
2位 剛勇学園高校 8.3%
3位 京阪神学園 6.9%
…………
「剛勇って人気あるのね。マンモス校の西日付属の次って」
「だけど問題は内訳よ、ねえお姉ちゃん」
「内訳?」
神愛ちゃんはスマホの画面をスライドしました。
剛勇学園高校 8.3% 16.3% 0.02%
「ね、上から順に全体、男子、女子の希望率。男子だけを見れば剛勇の人気はダントツの1位なんだ。だけど女子の人気はスピロヘータ以下でしょ?」
確かに、男女の差が酷すぎますけど、その比喩はどこから来るの、神愛ちゃん?
「困ったわね…… 去年は0.03%だったのに。これじゃブドウ球菌以下だわ?」
そんなに細菌が好きなのかしら、この姉妹。
「でもね、もっと問題はこっち――」
次に神愛ちゃんが見せてくれたデータは「行きたくない高校ランキング」。
1位 剛勇学園高校 12.7% 1.2% 24.6%
「えっ、剛勇って行きたくない高校のトップ?」
思わず声が漏れました。
あたしの時はそんなことなかったのに――
名門校だから男子には人気がありました。確かに女子の眼中にはなかったかもですけど、それでも行きたくないなんて聞いたことなかった――
「ね、いきなり「行きたくない高校」のトップに躍り出てるでしょ。トップと言うより、最下位と言うべきかな? カンピロバクター以下ね」
細菌に造詣が深い神愛ちゃんの話では、去年の剛勇は、良くも悪くも女子にとって対象外だったらしいのです。注目されない番外地。だから行きたい方にも行きたくない方にも票が入らなかった。だけど今回は「行きたくない」票を集めてしまったと言うのです。
その理由はあたしにも予想ができました。複数の受験掲示板で話題になってましたから。「女子受験者数たった5名って、少なすぎ」とか「それでも落とすバカ学園」とか、「剛勇に行けばモテモテの逆ハーレム」とか。どれも面白おかしく書かれたものばかり。あたしも結構友だちにからかわれました、モテモテでいいねって――
「まいったわね、これじゃゼロどころか、マイナスからのスタートじゃないの」
千歳は画面から顔を上げると、小さく嘆息しました。
「マイナスからのスタート?」
つい言葉を反復しました。スタートってどういうこと? 何か始めるの?
一瞬、口を押さえた千歳、アワアワしています。
すると、神愛ちゃんがすかさず。
「神愛のため、だよね。お姉ちゃん――」
「――はえっ? きゃんにゃのため?」
千歳、噛むんだ。
「眞名美先輩あのね、お姉ちゃん約束してくれたんです。剛勇学園を女の子にも快適な、乙女の園に変えてくれるって。今の男臭い学園を変革してくれるって。ねえ、お姉ちゃん!」
どういうこと? 乙女の園? 学園を変革する? そりゃまあ、あたしだって今のままの剛勇じゃイヤですけど、どうして千歳がそんなことを、って思っていると今度は千歳が教えてくれました。
「あ…… ええ、そうなのよ。ほら、神愛は来年剛勇に入学する予定でしょ? だけど来年も今年みたいに女子が少なかったら神愛が可哀想だなあ~っ、って」
ああなるほど。それはそうですよね。前聞いた話でも神愛ちゃんの進路は剛勇一択で他の選択肢は0パーセント。剛勇に落ちたら夜の街に売られるんだって言ってましたし。
「ね、お姉ちゃんって優しいでしょ!」
嬉しそうな神愛ちゃん。千歳が優しいのは知ってます。告白の断り方は冷酷無比ですけど、本当はとっても涙もろくて優しい女の子なんです。
「わかった。ねえ千歳、あたしも協力するから、剛勇・乙女の園計画。一緒に頑張ろっ!」
「眞名美先輩っ!」
あたしに抱きついてきた神愛ちゃん。『頼りにしてます』、だって。可愛いったらありゃしない。
なのに千歳は。
「ありがとうマナ。でも、あまり気にしないでね――」
水くさい。
すっごく水くさい。
あたし、千歳のためなら火の中だって水の中だって、空き缶の中だって厭わないのに!
「新しい紅茶、淹れてくるわね」
ティーポットを手に、千歳が立ち上がろうとした、その時でした。