第12話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
終わりを告げるチャイムが鳴る。
ふたり揃って席を立つ。
昨日と変わらない放課後、昨日と同じ距離なのに、彼女がとても遠くに感じる――
マナは僕をマリアナに誘ってくれた。それはきっと彼女の優しさなのだと思う。剛勇を去るってことはやっぱりこんな僕じゃダメだったってことだ。そうだよな、所詮僕なんて作り物Bカップの変態女装野郎。気弱で優柔不断ですぐ泣いて、そんなとこ、中学の時と変わらない。頑張ったつもりだけど、やっぱり僕なんかに彼女を引き留める魅力なんてないんだ。嫌いだ、こんな自分――
階段を降りると靴箱が見える。
「あのっ、姉小路さん、これっ! 映画のチケットが2枚あるんだけど……」
目の前に突き出されたのは公開されたばかりの劇場版「ご馳走はうさぎですか?」の先行上映会チケットだ。行きたかったヤツ!
「2枚ともくれるの? ありがとう」
「いや、そうじゃなくって、俺と一緒に、どうかなって……」
「じゃいらないわ。さよなら」
「あっ、あのっ、ちょっとっ」
「そうそう、その映画、西園寺くんが見たいって言ってたわよ。じゃあ」
「どうして西園寺と! 僕は姉小路さんと一緒に、って、ねえ、姉小路さ~んっ!」
縋る声を華麗にスルーして、足早にその場を去った。
さすがに少し悪かったかな。
でも……
「お待たせ、マナ」
「千歳って相変わらず冷たいのね」
「そう? ハッキリ断るのが優しさだと思うのだけど」
今は全然気乗りしないのだ。
「だけど、ほら、泣いてるわよ、高橋くん」
振り向くと小柄で色白な高橋は涙目になって前売り券を見つめている。
「大丈夫よ、あとで西園寺くんにも教えとくから」
「とことん鬼ね」
でも、いくら何でも高橋君が可哀想だって、彼女の目が僕を責める。仕方ない、あしたちょっと謝っておくからって言ったら、優しい微笑みを向けてくれるマナ――
午後も彼女はきちんとノートを取っていた。辞めるつもりなのに真面目に。その真剣な横顔が眩しくて、白鳥の首筋が艶めかしくて、ああこれが女の子なんだって思い知った。彼女はこんなところよりマリアナ女子の方が絶対に似合う――――
「見て。ほら、あれ!」
気がつくと、マナは校舎の外を指差していた。
って、なんじゃありゃ!
そこでは銘々のユニフォームを着た野郎どもが、新一年生を激烈に勧誘していた。まあそれはいい。朝もそうだった。しかし、その中に、僕たちふたりだけに向けた勧誘プラカードが存在している。
「来たれ! 女子部員」
「ようこそ千歳ちゃん、眞名美ちゃん!」
「熱烈歓迎娘娘娘!」
しかもそいつら、こっちをニコニコ見てやがる。
既に見つかってる――
「どうする? 引き返す?」
マナは既に逃げ腰だ。
「引き返したって帰れないわ」
気持ちを奮い立たせる。
僕は男だ! 堂々と校庭に目を向けた。
大きく手を振る白衣くん、小躍りしているサッカー野郎、金属バットを掲げる背番号1番――
僕を見上げる眼差し。
一緒だから大丈夫、って言い切ると、彼女は小さく肯いた。靴を履き替え深呼吸して、せーの、で火中に飛び込んだ。まるで傘も持たず大雨の中に駆け出していくようだ。
「姉小路さ~ん!」
「遊里さんこっちこっち!」
しかし、待ち構えていた野郎どもに行く手を拒まれ、あっという間に取り囲まれた。
「ねえねえ、マネージャーやらないっすか? ねえってば!」
ボールを足で転がしながらサッカー部のゼッケンイレブン。
「おとこ、おとこ、おとこおいドン ノーサイド!」
能天気な即興ソングをがなり立てる巨漢のラガーマン。
「ここでひとつ謎かけ、です――」
懲りない落研。
「おら、ここにサインしな!」
入部届とサインペンを突き出すのは柔道着を着た強面の大男。
「どいて! わたしたちどこにも入らないから!」
マナの手をぎゅっと握ると彼らの合間に体を突っ込む。しかし二重三重の人垣は、そう簡単には突破できない。
「部活案内聞いただろ? 学校も入れって言ってんだよ」
今日の7時限目、部活紹介と称して一年生は体育館に集められた。各部が持ち時間1分で壇上に上がり活動紹介をした。それくらい学校も部活動を後押ししている。
「でも強制じゃないわよね」
「強制しなきゃ入らねえのか?」
態度もぞんざいな柔道部の大男、僕は無性に腹が立った。今朝もそうだった、怯えた彼女の痛々しい笑顔が蘇る。こいつらが、こんな粗暴なヤツらがマナの気持ちを踏みにじったんだ。剛勇は嫌だと、去りたいと思わせたんだ。そんな考えが頭を過ぎる。だからつい、売り言葉に買い言葉になってしまった。
「入らないわよ。特に貴男みたいな礼儀知らずの筋肉バカのいるところにはね」
「何だとこのアマ! てめえは引っ込んでろ。なあそっちの可愛い方、柔道部に入ろうぜ! マネージャーでもいいしさ」
185cmはありそうな長身にがっしりした体躯、体重も僕の倍はありそうだ。確実に重量級。その上、目つきも悪く頬に傷まであって、仁王立ちする様は人喰い熊にしか見えない。そんな熊男がマナに迫る。横行な大男に睨まれてマナの口元が震える。
「遊里さんも入りませんわよ。ねえマナ」
彼女に代わって言い返すと、マナもこくりと頷いた。
「ね、ほら」
不思議だ、彼女が一緒だとピシッと勇気が湧いてくる。僕は柔道部の熊男に対峙するとシリコン製の胸を張る。どうだBカップだ、凄いだろ!
「いい気になるなよ、貧乳のくせに!」
「何ですって! 今すぐ全国のBカップに土下座なさいっ!」
しかし、僕の言葉が終わるや否や、丸太のような腕が伸びてきた。
やばい。捕らわれる――――
――――
ずどどどどど~ん!
考えるよりも先に体が動いた。