第8話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕は苛立っていた。
限界だ、いつまで待たせるつもりなんだ?
このままじゃマナが可哀想……
4月になると僕はいなくなって、9月になるとサリーもいなくなる。
勿論、4月になればたくさんの女子が入学してくる。神愛もいる。女子寮もきっと賑やかになるだろう。朗らかなマナのことだ、誰とも打ち解けて、みんなに慕われるだろう。だけど2年生女子はひとり。心細いに決まっている。
だから僕は考えた。そして行動した。
勿論、最後は彼女次第だ。でも僕は彼女をひとりにはしない、そのために頑張った。だけど一体いつまで待たせる気だ!
気持ちが焦っていたせいだろう、だからつい、サリーに言い返してしまった。
「秘密なんて何もないわ。マナとだって仲良くしてるし」
「嘘わよ、嘘つきわよっ!」
しかし、サリーは僕を嘘つきと断定した――
ここは寮の娯楽室。
今日は生徒会室へ顔を出さずに帰ったのだけど、寮に戻るや否や、有無を言わさずサリーに拉致された。
夕食まではまだたっぷりと2時間ある。マナも神愛もまだ帰ってきていないようだ。寮生は僕とサリーのふたりだけ。でも、サリーの声は厨房の寮母さんに聞こえろとばかりに大きかった。エキサイトしている。一体何を怒っているのか分からないけど、僕にも心に余裕がなかった。だからすぐに言い合いになってしまった。
「何が嘘というのよ?」
「隠し事をしていることわよ」
「何も隠してなんかいないわ」
「嘘わよっ、千歳は他所に行くのわよっ!」
「他所って?」
「別の学校わよ!」
「……っ」
頭が真っ白になった。
僕が剛勇をやめることは家族とマナ以外知らないはずだった。
まさかサリーが知っているとは――
「聞いたのわよ。アタイが帰国する理由と一緒に聞いたのわよ!」
「えっ?」
「何とぼけてるのわよ? 千歳はイギリスに行くのでしょうわよ! 決まったのわよ!」
決まった?
ちょっと待て、それ、僕もまだ聞いてない。
「決まったの?」
「決まったのわよ! 聞いたのわよ!」
僕はまだ決定したとは聞いてない。だけどサリーがそう言うと言うことは――
みんなに黙って英国へ行った時のことを思い出す。
みんなに秘密にしたのは、僕が剛勇を離れることを隠すためだ。マナにも秘密にしたのは、ちょっと後ろめたかったから。元いた岳高ではない他のところへ僕だけが行く可能性があるのだから。
そう、全ては岳高へ転籍の手続きに行ったとき、校内の掲示板に張り紙を見た事から始まった。
留学制度
岳高は裕福な家庭の子息も多いから、海外留学をする生徒も多い。そのことは以前から知っていたけど、僕が驚いたのは、その留学先に英国の名門パブリックスクール・シートン校があったことだ。そう、サリーの出身校。後ろめたい気持ちを引きずっていた僕の脳裏に、あるシナリオが浮かんだのは言うまでもない。男子校である岳高へマナを連れてくることは不可能だが、海外留学ならば、もしかして一緒に――
そう考えた僕は居ても立っていられなくて、寮に戻らず実家の母にふたつのことを持ちかけた。ひとつは僕が岳高からシートン校へ留学すること。そしてもうひとつは剛勇とシートン校の間にも姉妹校提携を結んで誰かを留学できる体制を取ること。
母は反対しなかった。それどころか、サリーの出身校であるシートン校と姉妹校になるアイディアは元から温めていたらしく、母も望んでいた。けれども、留学には受け入れ先の許諾も必要だ。シートン校がうんと言わなければ実現しない。そしてそれは難航しているのだという。
何故か? それはシートン校が名門だからだ。それに我が剛勇は留学実績が乏しすぎた。だから交渉は頓挫寸前なのだという。しかし僕の話を聞いた母は、これ幸いと交渉の戦略を変えた。僕を岳高からの留学生として現地に赴かせ、受け入れ試験に高いレベルでパスさせる。そして僕が実質的に剛勇の生徒だったことをを元に姉妹校提携を実現させるって算段だ。姉妹校さえ実現すれば交換留学の道が開かれる。勿論、留学には一定の試験は課されるだろうけど。
サリーの話は即ち、僕の留学受け入れが決まったと言うことだ。聞くと、英国にいる彼女の母親が入手した情報らしい。
(決まったんなら真っ先に僕に言えよ)
心の中で母に恨み言を言いながら、憤慨するサリーを見る。
どうしよう。彼女に言い訳は難しい。いっそ秋からのシートン校への留学の話は認めてしまおう。でも、岳高へ行く事は流石に言えない。何故ならそれは4月のことだから。
僕が留学の試験を受けるために英国へも行っていたことを認めると、サリーは「だったら、わよ」と、語尾の「わよ」を強調して。
「早くマナマナに教えてあげるわよ。あたしの口から言うより千歳が言うべきわよ。マナマナは千歳を愛してるのわよ!」
一瞬ドキリとした。だけど、多分この場合の「愛してる」はLoveではなくてLikeと言うニュアンスだと思うのでさりげなくスルーする。
「早く千歳の口から口移して教えてあげるのわよ!」
いやはや、口移して教えるって、そんな日本語はないだろう。でも、サリーは怒っているので、余計なことを言うのは控える。
「分かったわ」
「ちゃんと口移しわよ!」
「ええ、直接言うわ」
「それが口移しわよ!」
やたらしつこいサリーをなだめ、僕は学校へと舞い戻ることにした。
マナを探すためもある。だけどその前に会わなきゃいけない人がいるから。
ひと言ふた言、いやマシンガンのように文句を言わなきゃ気が済まない人がいるから――




