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第9話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 授業まではまだ20分もあった。

 お湯を沸かしてカップ麺食べて、デザートにアイスをゆっくり堪能出来ちゃう時間。

 背後からは僕らを呼ぶ声がする。しつこい連中だ。この調子じゃ教室までも追いかけてきそうな勢いだな―― とか考えていると。


「ねえ、一緒にトイレへ行かない?」


 階段の上階を指差してマナが言う。


「お花をむの? じゃあ廊下で待ってるわ」

「違うって。千歳も一緒に入るの!」

「えっ、一緒に? トイレに?」


 彼女と一緒にトイレ? 女の子と一緒にトイレ? そう言えば昔、父さんが引き出しに隠していた大人の雑誌にそんなシチュエーションがあった。なんかこう変態っぽいヤツ。狭い空間でぐちゃぐちゃしてる下品なヤツ。毎月こっそりタダ見してごめんね父さん。しかし、まさかマナにそんな趣味が? いや待て、父さんの雑誌では男と女が絡んでたぞ! ってことはまさか男だってバレた? いや、そんなはずはない。だったら女同士でそんなことを? 可愛いマナがそんなことを? 待て待て、そんなことってどんなこと?


「があああ~っ!」

「何叫んでるの千歳? 顔真っ赤だけど」

「だって、一緒にトイレって、どういうプレイ?」

「プレイ? 何言ってるの。4階のトイレは広くて綺麗でしょ。誰にも邪魔されないから、ちょっとふたりだけでお話ししない?」


 ……あ、そっか。

 トイレの個室にふたりで隠れて絡み合って―― じゃないんだ。

 勘違いしてお恥ずかしい――


「そうね、絡み合いましょ」

「絡み合う?」

「あ…… 辛味が合うなあって、ラーメン――」

「――合いますね」


 かくして。


 ふたりは1年の教室がある4階のトイレに入った。

 品もセンスもなく『女子便所』と書かれたドアを開けると、そこは広く清潔感溢れる空間。新装だから洗面台も大きな鏡もピッカピカ。


「さっきは助けてくれてありがとう。ごめんね。あたしがモタモタしてたから……」

「助かったのは西園寺君のお陰かもね」

「そうかもっ」


 思い出して、ふたりは同時に吹き出した。


「西園寺くんはね――」


 マナはその、くりっと大きな瞳で僕を見据える。中学までの西園寺は格好良い二枚目で、女子の人気もダントツで、みんなの王子さまで、決していじられるキャラではなかったらしい。


「彼、本当に千歳のことが好きなのね。昔は女の子に媚びるなんてこと絶対なかったのに、今やもう頭のてっぺんから足の先まで千歳にメロメロだもの」

「やめてちょうだい、迷惑だわ!」

「迷惑? 西園寺くんも嫌われたものね。でも――」


 でも、どうしてそんなに彼を嫌うのか? と彼女。

 西園寺と言うヤツは良家のご子息ちらしく垢抜けていてイケメンで、成績も優秀だしスポーツだって万能と言うハイスペック。性格だって案外悪くはなさそうだ。


 しかし、『彼』の告白を断る真の理由を言うわけにもいかず――


「西園寺くんだけじゃなくて、剛勇の男子にはみんなに興味がないの」

「既にステディな彼がいるとか?」

「いないわよ」

「じゃあどうして?」


 当然の疑問が返ってくる。ここはさらりと流そう――


「決まってるでしょ、マナが好きだからよ!」

「ホント? お世辞でも嬉しいわっ! あたしも千歳が大好きっ!」


 両手をガシッと捕まれた。


「あ、ありがとう……」


 やばい、白い胸の谷間が眼下に広がる大パノラマ!

 マナ、無防備すぎ!

 って女装してる僕が悪いんだけど。

 けれど、何も知らない彼女は、その澄んだまなこでじっと見上げてくる。


「千歳って、優しいんだ――」


 優しい?


「千歳、優しいんだ。ありがとう。あたしもね、ここの男子には興味ないから――」


 手洗い場の鏡には栗色の髪の華奢な後ろ姿と、黒髪の女装野郎が写る。真っ直ぐに立つマナの佇まいはいじらしいほど清楚に見えた。

 僕が優しい、ってどういうことだ?

 その意味を考えていると、彼女は軽く深呼吸をした。


「あのね、もしも、だけどね」

「……」

「もしも、だけどね……」


 もしも、を繰り返し、彼女が漏らした次の言葉――

 その突然の言葉に、僕の頭は真っ白になった。



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