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死霊使いの反教典  作者: すずのーと
第一章 少年期
9/15

悪霊

 時間にして、悪霊パンチなるものによってイリスが木を枯らした時から五分後程、力尽きたように横たわるキリウの姿がそこにはあった。

 ぜいぜいと激しく運動をした後のように肩を上下し息を切らせているのに加え、まるで病人か死人のように顔が青白く染まっており、衰弱しているのが目に見えてはっきりと分かる様子だった。

 

 不幸なことに、イリスもアリスも回復魔法の適正を持っていなかったため、即座に治療することが出来なかった。そのため魔法に頼らず、自分の手によってキリウを介抱するしかなかった。介抱と言っても寝床に運んだり、額に濡れた布を置くといった原始的なことしかできず、ある程度のことが済んだらあとはじっとキリウが苦しんでいるさまを眺めていることしかできない。

 この短時間の間に一体何があったのか、イリスは早計過ぎた自分の判断を心の中で罵倒しながら、同じ過ちを繰り返さないために、ついさっき起きたばかりの出来事を振り返る。


◇ ◇ ◇


「名前の通りなんだが、これは悪霊を使ってこそ真価を発揮する。まあ普通の霊でも出来ることは出来るが、威力は半減すると思ったほうが良い。一撃で仕留めたいなら悪霊を使え」

「悪霊ってもしかしてたまに見かける赤黒い魂のことですか?」


 キリウはそう言って今立っている場所から少し離れた所に見える赤黒い球体を指差した。キリウの推測通り赤黒い球体は悪霊の証である。

 辺りに漂う青白い球体、即ち普通の霊たちはその場に留まることなく目的もなくただふらふらと周囲を飛んでいるだけに見えるのだが、悪霊はその場から動くことなく、どっしりと構えているようにも見える。悪霊の周囲を飛んでいた普通の霊たちは、無意識か故意かは謎だが円を描くようにして明らかにそこ一帯を避けており、不自然にそこだけ霊がいない。

 

 同じ霊でも不用意に近づいていかない様子が見て取れるこの段階で、悪霊がどれだけ危険なのかということがキリウに判断できれば良かったのだが、まだ駆け出しで、加えて子どもであるキリウにその判断は出来なかった。なにより少し天狗になっていたというのも大きな理由だろう。二つとはいえかなりの速度で技を覚えてしまったため、次もすぐに覚えられると少しばかり慢心していたのだ。

 

 イリスもここまでの成長振りを見て、少々キリウの実力を過信していたのだろう。自分が学んでいたときに比べれば圧倒的な速度で技を覚えていくキリウだが、あくまでもまだ子どもであり、つい最近まで母親や父親と一緒に暮らす、当たり前でごく普通の生活をしていたのだ。争いなどとはほとんど無縁の人生を送っていた。根っこの部分は


 故に、これからの失敗が起こる。


「物は試しだ。あそこにいる悪霊を使ってみな」

「今回はコツはないんですか?」

「コツかあ、そうだな……自分を強く持て、以上」

「あ、はい」


 果たしてそれはコツなのか、キリウの頭の中にはそんな疑問が浮かんだが取り敢えずそれは頭の片隅に置いておき、悪霊の元へと近づいていく。近づくにつれて次第に周りの霊は減っていき、二、三メートル手前まで辿り着いたときには既に他の霊の姿は見えなくなっていた。

 他の霊がこの悪霊に近づかない理由がキリウには少しわかった気がしていた。周りの空気は冷気の如く冷え切っており、軽い悪寒さえ感じる。悪霊からは歪んだ威圧感のようなものが発されており、接近することを躊躇わせる形容しがたい嫌悪感を生み出していた。

 キリウも歩みが多少遅くなるぐらいにはその嫌悪感を感じ取っていたが、歩みを止める程ではないと少しずつ進んでいく。

 イリスはそんなキリウの後ろを平然とした顔で普通に歩いていた。単純に実力がものを言うのか、慣れれば済むことなのか、悪霊の威圧感など感じる様子もなくただ歩く。

 

 その時、近くの茂みから木の枝の折れるようなパキッという乾いた高い音が聞こえてきた。

 突然の音に、キリウは音の鳴った方向へと視線を向ける。

 キリウが視線を向けるのと同時に、常に正面の悪霊に注意を払っていたイリスの意識もほんの一瞬だが、そちらへ持っていかれてしまった。


 悪霊はそのタイミングを見計らってか、気の逸れた一瞬をついて飛び掛るようにキリウに襲い掛かった。

 その動きにすぐ気づき咄嗟にキリウを突き飛ばそうとしたが、今までどっしり構えて動かなかったのが嘘のようなあまりにも素早い動きに、イリスも若干反応が間に合わない。

 悪霊はそのままキリウの身体にとん、とぶつかると先ほどのアリスのように霧のようになって消えていく。


「うああああぁぁぁぁ!!」


 キリウが突如大声を上げる。

 殺意、憎悪、嫉妬、様々な負の感情がキリウの精神に無理やり入り込み、思考回路を滅茶苦茶にかき回す。がんがんと何度も頭を打ち付けられるような衝撃に立っていられず、その場に座り込み頭を抱え込んでしまう。

 悪霊がキリウの身体に取り憑いて、キリウの生命力を根こそぎ奪っていこうとしているのだ。

 その様子を見たイリスが、即座にキリウに取り憑いた悪霊を取り払いにかかるものの、深いところまで潜ってしまったのかなかなか出てくる様子はない。


「――アリス!!」

「わかってる!!」


 すぐさまアリスを呼び出し、キリウの身体に潜らせる。

 数秒の後、キリウの身体へ入っていった悪霊を抱えたアリスが飛び出てくる。それと同時にキリウの身体が力を失ったようにくたりと横に倒れこむ。

 悪霊はキリウの生命力をふんだんに奪い取って成長したのか、最初に見たときと比べて遥かに大きくなっていた。


「くそが!!」


 そう吐き捨て、ローブの袖から小さなガラス瓶を取り出し、その中に入っていた液体を撒き散らすように悪霊に浴びせる。液体を浴びた悪霊はしゅわしゅわと蒸発するような音を立てながら、黒い煙を上げてその場から消滅した。


◇ ◇ ◇


 以上が事の顛末になる。

 処置が早かったため死に至ることはないと思うが、この様子だと数日の間眠っていてもおかしくはない。

 木の枝が鳴った原因は結局のところわからず、イリスがアリスに様子を見に行かせたもののこれといって変わった様子はなく、おそらく単純に落下した枝が折れたのだろうとイリスは結論付けた。

 キリウを最初から狙っていたととも取れるあの悪霊の行動が多少頭の中で引っかかるが、情報がない以上考えても仕方のないことになる。

 一番の問題はキリウが目を覚ました後の事だ。今回のことで自分がどれほど危険な世界に入ろうとしているのかよくわかっただろう。

 最悪、再起不能になってしまうのも不思議な話ではない。

 イリスは大きく溜息をついた後、後悔を隠しきれない様子で頭を抱える。

 せめて無事に目を覚ますことを祈って、イリスは未だ弱々しい呼吸を続けるキリウの介抱を続けた。 

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