攻撃しようか
幽体のやり方は説明するだけならとても簡単だ。
幻の元となる霊力を自分の身体に纏わせ、それをかたどる様にして自分と同じ姿に固定する。後は幻を盾にして後ろに下がるなり下へしゃがみこむなりすればいいだけだ。ようは表面を自分と同じに作るだけで中身は空っぽなのである。
ただ、この姿を固定させるというのが非常に難しい。
霊力というものがそもそも気体や液体のようなものと似たような性質をしており、その場に留めて活用するにはあまり適していないのだ。慣れない内に運良く一瞬形を作れたとしてもすぐに縦へ横へと幻が伸びたりぶれたりしてしまい、とても人を騙せるような出来の良いものではなくなってしまう。
この幽体という技はイリスが考える中で霊力操作の原点にして頂点であり、死霊術士のレベルを測るのにも最も適していると考えている。そしてこれは最も派生の多い技でもあり、修行していけば将来的に戦略性も大幅に上がるという利点もある。
それ故にイリスはまだ探知を覚えて間もない死霊術士駆け出しのキリウに、時間をかけてでもこれを身につけさせるつもりだった。ただキリウに才能をある程度感じていたため、そこまで時間はかからないだろうとは思っていたのだが。
「師匠、どうですか?」
「おおう……」
キリウは見事にたったの一日で幽体を身につけた。
探知同様に発生速度や完成度に多少のムラがあるものの、駆け出しの死霊術士が作り上げたにしては上出来すぎると言ってもいい出来栄えだった。
そして今回もイリスはほとんど何もすることはなかった。最初に手本を見せたり、質問に一つか二つ答えたりしたくらいでそれ以外はただただ傍観。弟子の優秀っぷりに自信喪失しそうだった。
「取り敢えず上出来だ、以後修練を続けるように」
「はい、わかりました。次はなにをするんですか?」
「次か? 次、つぎ……」
イリスも流石に一日で終えてしまうとは思っていなかったため、正直することに困っていた。
師匠本人は割と計画を立てずに弟子にするとか、修行とか言ったため弟子の真っ直ぐ純粋な視線がとても痛い。
イリスがキリウの視線に耐え切れずそっぽを向いた時、少し離れた所に赤黒い球体が宙に浮かんでいるのが目にとまった。それを見てピンときた様子でイリスは次の修行を提案した。
「そろそろ、攻撃しようか」
確かにキリウはまだ攻撃手段を学んでいない。
一つ、キリウの思考に思い浮かんだのがこの修行をしている場所へ来てすぐの時に見たあの蠢く死者たちだが、具体的になにか行動をしたところを見たわけではない。死霊術士の攻撃というものがいまいちまだキリウには想像できなかった。
「これから教える技は私が独自に編み出した技だ。なかなか難しい技だが、成功すれば相手の戦力を大幅に下げることができるだろう」
「今までと違ってやけに大げさな説明ですね」
「やかましい」
霊と言うものは良い霊悪い霊関係無しに、例外なく生物から生命力と言う物を奪っている。生命力とは文字通り生命の力であり、これを植物から奪えば咲いたばかりの花もすぐに枯れてしまう。人間から奪った場合一日は身体をまともに動かせなくなる、場合によっては死に至る時もある。
霊力が大きければ大きい程奪う生命力の量も多くなるのだが、これには例外が存在する。
生への未練や執着が強い霊、これが最も生命力を奪う霊であり、そしてそれらは大抵悪霊であることが多く、人間へ被害が出た時もほとんどの場合で悪霊の手によるものである。
キリウに対して霊に関するある程度の説明を終えると、イリスが一本の木に近づく。
「この木をよく見てろ。アリス、喰って良いぞ」
「はーい」
ぱっといつも通り突然イリスの背後に現れたアリスは、イリスの喰うという言葉を受け目の前にある木へと近づいたかと思うと、木へ吸い込まれるようにその場から消えていった。
アリスが消えてから数秒も経たないうちに木の変化は目に見えて現れ始めた。突然木の葉が普通では考えられないペースで大量に落ち始めてきていたのだ。葉が生い茂っていた木は見る見るうちに裸になり、最終的に葉は一枚も残らず、寒そうに佇む一本の木がだけがそこに残った。
「ご馳走様でした」
両手を合わせたアリスがイリスの背後に再び現れた。
心なしかキリウの目には、アリスの姿が先ほど一瞬ちらっと見えたときより濃くなっているように見えた。濃くなっているという表現であっているのかは分からないが、存在感が増したと言えば良いのだろうか、アリスの存在を認知しやすくなった気がしていた。ただ確証もない上に二人ともなにも言わないため、気のせいだろうとキリウはなにも言わなかった。
「今のが言わば直接取り憑かせた状態かな。木だからだいぶ大げさに見えたけど、人間にやってもそこまで効果は得られない」
「直接取り憑いても抵抗されちゃってあんまり深くまで入り込めないんだよー」
「抵抗、ですか」
「うむ、しかしあることをするとその抵抗と言うのをするりと抜けてしまう。それがこれから見せる技だ」
そう言ってイリスは先ほどの裸の木とは別の木へ近づいた。そしてその場でアリスをもう一度呼びつけ、またその姿が消えていく。キリウの目にはまるでさっきと同じことを繰り返しているように見える。
イリスは右手を持ち上げ手を握ったり開いたりして感触を確かめるような動作をした後、軽く振りかぶりそのまま木へ向かって殴りつけた。コン、と軽く響く程度の威力。
一見なにも変化はない。そこにイリスが今度は木に向かって軽く蹴りを入れる。
瞬間、木には凄まじい勢いでヒビが入り、そのまま木は倒れてしまう。それだけに過ぎず、倒れた木もその衝撃によってかバラバラに砕け散ってしまった。
一体どういうことなのか、そう思いキリウが木を観察してみると、木の内部は腐蝕したように脆くなっており、葉は全てカラカラに干からび枯れ果てている。
「衝撃と一緒に霊を流し込む。名づけて悪霊パンチだ!!」
「……」
二重の意味でキリウは絶句した。この技の恐ろしい威力の高さと、名前のダサさに。