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死霊使いの反教典  作者: すずのーと
第一章 少年期
7/15

負けず嫌いと幼さと


「手前に四つ、真ん中に二つ、奥に四つ、ですね」

「うむ、正解だ」 


 キリウが魂の探知のコツを掴むのに、時間はそうかからなかった。

 初めて試した後、魂の探知はやればやるほど精度が上がり、範囲も広くなっていくと休みついでにイリスがキリウに説明し、それ以降延々とこれのみを繰り返し続けていたからだ。

 イリスは他の修行と平行して進めようと言ったのだが、キリウは何故か断固として譲らず、イリスが何を言おうと絶対に折れることはなかった。

 最終的には根負けして、イリスはただ集中しているキリウをじっと眺めているだけという苦行を二日間強いられたのだが、その甲斐もあってか、キリウは自分の師匠が一週間かかったという技術を、僅か二日でものにしてしまった。こればっかりはたいしたもんだ、とイリスも驚嘆するしかなかった。

 探知出来る最大範囲にこそムラがあるが、イリスが設置した目印までは余裕を持って到達できるようになり、距離にして表すなら、およそ五十メートル程まで広げられるようになった。


「ここまで出来るようになれば、取り敢えずは満足しただろ?」

「はい! ただまだかなり集中しないといけないので、動いたり走ったりしながらだと出来ないだろうなあと」

「ええい、今の段階でそれ以上求めるんじゃない! 長いこと修行してた私に対する嫌味かなんかか!」

「いや、そんなつもりは! ただ完璧にしておきたくて」


 イリスは知らなくて当たり前のことなのだが、キリウは昔から一つ出来ない事が見つかると、意地でもそれを出来るようにしようとする性格だった。それは勉強であったり、はたまた運動であったり、自分が納得できるまでただ一つを徹底的にやり抜くのだ。

 何が自分をそこまで駆り立てるのかはキリウ自身もわかっていないが、ただ出来ないとなにか気持ちが良くないものが自分の中に残る。だから今回も、自分の満足がいくまで徹底的にやろうとした。

 しかし今回は今までのような簡単な勉強や運動とはまるで違うもの、未知のものに手を出しているため、どれだけ時間がかかるのか、どこまで行けば完璧なのか、その加減は本人にもわからない。

 焦っている。キリウ本人に自覚はない上に、表面上は至って冷静そのものなためイリスも気づかなかったが、彼なりに焦っており、止め時がわからなくなっていたのだろう。


「一つのことを完璧にすることも勿論大切だが、これだけ覚えても仕方が無いだろう。私がいないとき、どうやって自分の身を守るんだい?」

「それは、そうなんですけど……」


 他の事と平行して進めようと言っていたイリスの言い分ももっともであり、キリウもそのことを心の中では充分理解していた。

 妥協と言う言葉を使いたくはないが、ひとまずここを区切りにしておいたほうがいいのかもしれない、そんな考えがキリウに浮かぶ。

 ある程度の水準まで達したことで、早く出来るようにと焦りが見えていたキリウにも多少の余裕が生まれたようで、固く単純になっていた思考が柔らかくなったようだ。

 

「完璧にすることを悪いことだとは言わない。でも、それは一人でも練習できる」


 それもそうだ、キリウは改めて納得する。

 そこで終わらせればスムーズに次の修行へと移れたのだが、イリスはそこにもう一言付け加えた。


「別の修行をして、余裕があったら続きをやりな」


 例えるのだとしたら、柄の悪いチンピラが自分より弱い奴に向けて「かかってこい」と言っているような挑発的な笑みだった。

 ニヤニヤと見るからに腹の立つ性悪な笑みを、イリスはキリウに浮かべた。

 対して、それを受け取ったキリウだが、まあこちらも実にわかりやすい反応をしており、顔は笑っているのだが頬の端が小刻みに上下し見事に引きつっており、いらっときている事を端的に表していた。

 普段冷静で、師が堅苦しいからいいと言ったのにも関わらず律儀に敬語を使うキリウだが、実は根っこの部分はとても単純だったりする。

 完璧にしなければ気のすまない性格といい、ひたすらに取り組む姿勢といい、とても単純でわかりやすい、ただの負けず嫌いなのである。

 イリスの付け加えた一言は、彼女の考えからすると多少煽って別の修行に移行させようとしただけ、ようは今の修行を一度区切らせるだけのつもりだったのだが、それは少々計算から外れ、キリウの静かな心に小さく激しい炎を灯すこととなった。

 売り言葉に買い言葉、キリウはイリスの挑発を真っ向から受けた。


「次の修行やりましょう。ええ、やりますとも。どんとこいです」

「おやおや、完璧にしなくて良いのかい?」

「はい。一人でもできますし?」

「そうかい、なら遠慮なく」


 改めて、こいつは面白く、おかしな奴だとイリスは思った。

 出会ってすぐの頃、キリウの精神を熟練の戦士のようだと形容したイリスだが、いよいよそれも怪しくなってきた。出会ってまだ一週間足らずではあるが、最初の頃と比べて目に見えて精神が軟化している。

 イリス達と出会ったことで変わったのか、はたまたこちらが元々素だったのか、もしくはイリスの想像を超えるなにかがキリウにあるのか。

 どれが答えであっても、それはそれで面白そうだと、イリスは一人小さく嗤った。

 しかし、笑っていたことは遠目にも見えてしまったようで、「なに笑ってるんですかー」と怒っている様子のキリウから不満げな声が聞こえてきた。恐らく自分が笑われたのだと思ったのだろう。


「いいや、なんでもないよ」


 それを見てイリスはまた笑いがこみ上げてきそうになったが、なんとかそれを抑えつつ、次の修行を待つキリウの元へと駆け寄った。



「さて、それじゃあ今から私に何でもいいから攻撃してみ――」


 イリスが言葉を言い終える前に、キリウは無言、無表情で武道家顔負けの鋭い下段蹴りを放った。しかし、先のやり取りからある程度の報復は想定していたのか、少し驚いた表情は見せたが特に避けるような動きもせずイリスは平然とそれを受けた。所詮は子どもの打撃、そう思って敢えて受けたのである。

 ただ、想定外だったのは狙ってか偶然か、つま先が綺麗に右脛に吸い込まれたことだろうか。そこそこの固さを持つ靴のつま先部分での攻撃に加え、脛という地味に痛い部位を攻撃されたため、声をあげるまでは至らなかったが、足に小さく響きわたる鈍痛に表情が少し強張った。

 しかし、これしきの事で動じる様では師匠の威厳に関わるとあくまでも何事もなかった体で、涼しげな様子でにこやかに、「こらこら」とキリウを嗜める。

 

「すいません、攻撃してみろと仰ったので。駄目でしたか?」


 何も悪びれる様子もなく、むしろある種の清々しさすら感じさせる爽やかな口調で微笑みを浮かべながら自分の師匠にそう言ってのけた。この顔は間違いなく狙って蹴ったとイリスは察した。

 果たしてこれは進歩と取るべきなのだろうか、打ち解けてきたことを嬉しく感じる自分もいるが目に見えて敬われていたちょっと前までを思うと今の扱いに複雑な気持ちになる自分もいるイリス。


「お前最近遠慮しなくなってきたな……。まあいい、準備終わったからもう攻撃してもいいぞ」


 今度はちゃんと間を図り、イリスが言い切った直後に下段蹴りを放ったキリウ。狙いは先ほどと同じ右脛へのつま先蹴り。しかし、イリスはまたもや平然とその場に立ち、何も抵抗することなくそれを受ける様子を見せる。

 多少の不自然さは感じるものの、キリウは遠慮無く無防備な右足に向けて蹴りを叩き込む。なんなら、先ほどの蹴りより速さは上だ。

 キリウの脛へ目掛けてはなった見事な下段蹴りは再び吸い込まれるようにイリスの足へと向かい、綺麗に命中する――と、思ったのだが。


「――!?」


 確かに命中したように見えたキリウの下段蹴りはイリスの足に触れたと思ったところでするりと足をすり抜け、ぶつかった衝撃を得ることなくそのまま通過していった。

 当たることを見越して勢い良く蹴りを放ったキリウは空振りをしたことで大きく体勢を崩し、勢いそのままにぐるりと身体を半回転をさせたところで背中から落ちるように転倒した。


「「あーっはっはっは!!」」


 綺麗なキリウの転倒を見たイリスは、それはそれは大袈裟に、高らかに、馬鹿にするように、キリウを指差してこれでもかというくらい大きな音を立てて笑った。いつのまにやら出てきていたアリスも一緒になって笑っていた。ひとしきり大声で笑った後も、浮かび上がった涙を拭いながら「ひーひー」と笑っている。

 言わずもがな、キリウの額には青筋がぴきぴきと浮かび上がっているが、ここでなにか言うと間違いなく馬鹿にされ続けるということが容易に想像できたため、ひとまずふーっと大きく深呼吸をすることで湧き上がる怒りを抑えにかかる。未だ聞こえてくる笑い声が著しく集中力を乱したが、それをどうにか意識から追いやり、落ち着きを取り戻してからゆっくりと起き上がる。そして転んだことで少し泥のついた衣服をぱんぱんと手で払い、何事もなかったように二人へ話しかけた。

 

「今のは……一体なんですか……?」


 多少声が震えていたものの努めて冷静に振舞っているキリウの様子を見た二人は、怒った反応を楽しみにしていたのかつまらなさそうに顔を見合わせた。

 アリスは買ったばかりのおもちゃを取り上げられたような、ぷくっと頬を膨らませ不機嫌な表情を浮かべキリウの方へなんとも言いがたい視線を向けていた。何故被害者なのにこんな恨めしい視線を向けられなければならないのかとキリウは思うが、取り敢えず顔はイリスのみを捉え、その視線に気づかないフリをしておく。

 イリスはイリスでつまらなさそうな雰囲気を醸し出していたがそこは流石に師匠と言ったところか、すぐに意識を切り替え弟子であるキリウの質問に答えた。


「今のは幽体ドッペルっていう技だ。簡単に説明するなら、実体のない幻を生み出す技だ」

「なるほど……実体がないからすり抜けたんですね」

「そういうこと。使い方は今の通りだ、ふふっ」


 ついさっきの出来事を思い出したのか、イリスが小さく笑い声を上げる。

 ほとんど落ち着きかけていたキリウの精神がまた小さく揺れたが、何か言っても繰り返すだけで無駄だと自分に言い聞かせそれを押し込める。イリスも一瞬笑っただけでそれ以上は特になかったため、本当に単に思い出し笑いをしただけだったのだろう。


「これは探知よりか難易度がかなり高いぞ。果たして今のお前にできるかなあ?」


 煽る。キリウにやる気を出させるにはこれが一番だろうと、さっきまでのやり取りでイリスは確信していた。恐らく、自分が身につけるのにかかった時間よりも圧倒的に短い時間で身につけるのだろうということも。


「また二日で覚えて見せますよ。勿論探知の方も」

「ひゅー、言うね」


 自信満々のキリウがそう言って前を歩いていく。


「……最近楽しそうだね、ママ」

「そうか?」


 機嫌の悪かった間、ただずっと二人を眺めていたアリスがようやく口を開いた。娘の目線から見て、イリスは以前と比べて変わったという。楽しそう、自覚はあまりなかったが確かにアリスとの二人旅の時よりは活気があるかもしれないと本人も薄々感じていた。人に物を教えるということが久しいからか、自分でも知らないうちに楽しくなっていたのかもしれない。

 修行に失敗するとか身につかないとか、キリウに対するそういう類の心配はイリスには一切ない。

 強いて言うなら、この気合とやる気が空回りしないことだろうか。

 イリスは前を歩く可愛げのある将来有望な少年の小さな背中を、母親のような優しい眼差しで見つめていた。

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