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死霊使いの反教典  作者: すずのーと
第一章 少年期
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教会

 未だ夜の闇は深く、木々が生い茂る森の中には月光もほとんど射しこまない。少しでも気を抜いたら迷ってしまうだろう。森ゆえに足場も悪く、歩きづらいことこの上ない。それでも置いて行かれまいと、平然と進んで行く人物の背中を、この少年は精一杯追いかけている。

 村を出て歩き始め、おそらく一時間程。前を歩く人物は後ろの少年を特に気にかける様子は無く、会話もない。少年から話しかけてみても返事は無く、ただひたすらに進んでいく背中を追いかけるだけだった。


 後ろをついていく少年、キリウは、早くも村を出て以降なにも喋らない目の前の人物に一抹の不安を感じていた。

 あれから何も無いと言うことは、自分に起こったことの説明さえ受けていない。今だって、なぜこうして森の中をただ進んでいるのかということもわからないのだ。それでも取り敢えずここまで来た手前、元来た道を引き返して、ではさようならと一人立ち去るわけにもいかず、後に続くほかない。

 彼にはもう戻っても帰る場所もないし、帰りを待つ人もいないのだから。


 村でのことを思い返して少し気分が悪くなったキリウだったが、ふと辺りを見渡す。

 そういえば、あの時の少女がどこにもいない。

 自分をあの爆炎から守ってくれた少女の姿がどこにもなかった。

 今まで何故気づかなかったのか、命の恩人だというのにまるで頭に残っていなかった。

 ママ、と呼んでいたのだから少なくとも親しい間柄であることは間違いないだろう。それなのにどこにもいないのはどういうことなのだろう。

 いや、思い返せば村を出るときには既に――


「……やめた!!」

「……は?」


 唐突に。本当に唐突に、キリウの前を歩いていた人物はそこそこ大きく、どこからか反響してくる音が聞こえてくる位の声でそう言った。一人で色々と考え込んでいたキリウが、驚きと理解不能な叫び故に、間の抜けた声を出したのも致し方ないと言える。

 呆気に取られていたキリウの反応などまるで確認せず、これまでの寡黙が嘘のように、その人物はそれはそれは饒舌に、一気にキリウに向けて捲くし立ててきた。


「いやー、村で助けたときもなんだけどちょっとかっこつけてみて尊大な魔法使いな感じをだそうとしたんだけどむしろそうしたことで話しかける時間というか間というかまあそんなものを失っちゃってさ仕方なくこのまま無口でかっこいい人を演じようと思ったんだけど一時間もしたら私も飽きてきたし会話もないし場所が場所だし暗闇だし雰囲気もとてつもなく暗いしでもうどうしようかなって――」

「ま、待った! 取り敢えず落ち着いて!」


 ――やっぱりついていく人、間違えたかな……。

 そう思わずにはいられないキリウだった。



 ◇ ◇ ◇ 



 先ほどの叫びからおよそ五分。取り敢えず落ち着いて話せる場所を探そう、ということになった二人は、また森を進みながらどこか休みを取れるような空間を探していた。歩いているのはさっきまでと同じだが、ただ黙々と歩いていたときは明確な違いがあり、歩いている位置が隣り合わせになっている。たったこれだけのことなのだが、彼女もキリウを後ろで歩かせている時は意識はしていても不安はあったらしく、横にいるというだけでだいぶ気の張り方が違く、先ほどに比べれば今は大分緩んでいると言えるだろう。

 

 一方キリウも、ただ追いかけていただけの時と比べ随分と普通に歩けている。普通というのは、純粋にただ歩くことを指しているのだが、先ほどまでは歩調や歩幅をほとんど考えずに進まれていたため、まだ体が大きいわけではないキリウにとって大人の歩幅というものは大きく、一歩に対して二歩必要だった。そのため必然的に早足を要求され、正直なところだいぶ疲れていたのだ。

 

 そんなお互いの様子を横に並ぶことでようやく気づけたわけだが、二人ともそれをわざわざ口に出したりはしなかった。ただ、一人はゆっくりと歩幅と歩調を小さく緩め、一人は余計な心配をかけまいと、できるだけ離れず、もう一人の傍を歩いた。




 もう暫く歩いた頃。別の村に近づいたのか、それとも誰かの隠れ家か。まわりに木々が無く、見た目古そうな小屋と、伐採され数本まとめるように置かれた丸太だけがある空間に二人は辿り着いた。丸太の具合を見るにここ二、三年の内に伐採されたものではないことがわかり、長く放置されているのだろうということが容易にわかった。

 小屋の中を見てみたが、二人で入るには狭い。斧などが置かれていたことから、物置小屋としてしか使われていなかったのだろう。狭い上に埃と蜘蛛の巣も酷く、小屋の中で休むという選択肢は止むを得ず却下され、仕方なく周囲の空いている空間で野宿することになった。

 小屋の周囲は外にまとまられていた木があった場所だったのか、ぽっかりと小さな円を描くようにしてなにもない空間が広がっていた。いくらか切り株から芽が出ていたが、多少は仕方ないだろう。


「そこに座ってな」


 彼女が一つの切り株を指差したため、キリウもそれに従う。キリウが座ったのを確認すると、彼女は周囲に落ちていた枝や葉を拾い集め始めた。自分も手伝おうかとキリウも思ったが、座ってろと言われたため、落ち着かないもののその様子をじっと眺める。

 まあこんなもんか、と集め終えた枝葉を抱えた彼女が、キリウの正面にある切り株にどかっと座り込んだ。抱えた枝葉を切り株の横に雑に置いて、それを一つずつ手に取っては綺麗に並べながら、彼女は軽い口調で話し始めた。


「まあ、まずは自己紹介といこう。私の名前はイリス、職業は――」


 イリスの指先から小さな炎が迸り、並べられた枝葉に火をつけ、焚き木を起こす。


「魔術師だ」


 そう言ってどうだ、といわんばかりにキリウを見てにやりと笑った。

 火がちゃんとついたことを確かめると、イリスは自分の着ているローブの袖を漁りはじめた。そこからなにか取り出したかと思うと、それをキリウに向けて取りやすいように投げ渡した。

 唐突だったため、少し慌てながらもキリウはそれを両手で受け取った。

 恐らく携帯食料だろう。投げ渡されたものは小さな干し肉のようなものだった。

 キリウはいただきます、と一言イリスに告げてからもそもそと肉を食べ始めた。

 携帯食料故にそこまでの量も大きさもない。その上歩き疲れ、空腹だったキリウはそれをあっという間に食べ終えた。


「ご馳走様でした」

「はいはい。……さて、一段落ついたところでそろそろ本題といこうか」

「……はい」

「村ではあんな風に言ったけど、別に逃げても私はなにも言わない。それが普通なんだよ」


(むしろ、お前が少し異常なんだろうね)

 

 その言葉がイリスの口から出ることはなかった。

 この少年は異常というよりは、異端の方が言葉としては相応しい。

 正確な年齢はわからないが、おそらくキリウはまだ十三~十五といったところだろう。

 まだ大人でもない、常人の目からみたら魔法も使えない戦う力のない無力な少年。

 この少年の異端さは戦闘力などとは別の、もっと別のところにある。

 村を襲撃されたときの、奇跡とも言えるような強運。両親を殺されたと言うのにほとんど動じることの無い異常なまでの精神力。あの時あの場所であの質問に即答するような判断力。

 現に、ここまで来る道すがらこの少年は一度でも弱音を吐いただろうか。死を嘆いて泣いただろうか。己の現状を呪っただろうか。

 まるで歴戦の戦士のような、普通に育った少年とはとても思えない精神。


(そして圧倒的強者に立ち向かっていける勇気、かな)


 イリスは村での一部始終を目撃していた。

 当然、あの時の男達に発見され、殺されかかっている様子も見ていたわけだが、目の前に死が迫っているという状況の中、よくあんな反抗的な目つきがとれたものだと、思わず感心してしまったほどである。 

 それ故にイリスは、戦い慣れしている人間からしたら不気味にも見えるこの少年に興味を持った。

 あの時、イリスは少年を見殺しにして、油断している奴等を叩く予定だった。しかし予定は急遽変更され、「ちょっとあいつ守って」と、娘に無茶振りをした。

 その無茶振りの結果、キリウは助かった。そして現在に至っているのである。




「今日、お前の村を襲ったのはとある大きな組織なんだ。ここ数年、お前のところ以外にもたくさんの村が消されてるが、全部同じ組織にやられてる」

「組織、ですか」

「そう。私は訳あってあいつらを見つけては潰して回ってる。ただ、いかんせん数が多いから、一人でちょっとずつ潰してもそこまで影響がないんだけどね」


 そこまで大規模な組織が何故公に警告されないのだろう、とキリウは思った。

 村にそういった注意がきたことはない。町へ行った時も噂すら聞いたこともない。

 今日のような大きなことを毎回しているようなら、存在などすぐにばれてしまうだろう。


「その組織って言うのは?」

「……『教会』、私らはそれで通してる。それが正式名称かはわからないけどね」

「教会って……王都とか大きな町とかにあるっていうあの?」

「多分想像しているもので間違ってないよ。表の顔と裏の顔って奴だね。表では祝福を、なんて言って悩み相談聞いたり、死体を埋葬したりしてるけど、裏では殺人集団ってことだ」

「そんなの、すぐに見つかるに決まってるじゃないですか!」

「それが見つからないんだよねえ……。正確には、ばれても漏れないだけど」


 何故教会の非人道的行為が警告されないのか。大きな理由としては三つある。

 

 一つ 地図に載っていないような村を最優先に襲っているためまず見つからない

 二つ 王都に深い繋がりがあるため根回しが容易い


「んで、三つ目。なにより、その場に死体も血もなにも残らない」

「――あっ!」


 それを言われてキリウも気づく。あの時、両親の体が光を放っていたのを思い出したからだ。光が消えた頃にはその場には僅かな土のへこみだけ残され、それ以外は消えてなくなってしまった。

 もし誰かが村に訪れても、焼けた家や木片に違和感こそ感じても遺体もなにもない以上、集団失踪としかとられないだろう。それを王都や町で報告しても、上でもみ消されるだけだ。


「でも、なんでそんなことを……」


 そこまでして、何故襲うのか。純粋な疑問があった。


「私も詳しくは知らない。ただ、『箱』を開けることが目的らしい」

「箱?」

「『禁断の箱パンドラのはこ』って言ってた。なにかはわからん」


 教会、箱。話を聞いても謎が深まるばかりだった。


「――さて、キリウ」


 改めて座りなおし、イリスはキリウにしっかりと向き直った。

 そんなイリスの様子を見て、キリウの顔にも緊張の様子が浮かぶ。


「敵は大勢。権力も充分。場合によっては私らはお尋ね者になる。それでも、まだついて来るか?」


 先ほどの会話からより真剣に、キリウに問いただす。 

 しかし、キリウの答えは決まっていた。


「行きます。村で聞かれた時に、そう決めましたから」


 覚悟は村を出るときに決めた。復讐じゃなく、生きるために戦うと。

 キリウの返答を聞いて、イリスはそう言うだろうと思ったよ、とまた笑った。


「よーし、キリウ! これから私の事は師匠と呼びな!」

「了解です。師匠」

「取り敢えず、今日はもう寝る!」

「……あ、はい」 




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