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死霊使いの反教典  作者: すずのーと
第一章 少年期
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里へ 3

 背後から静かに近づいてきていたそれは闇の中からキリウに向けてゆっくりと手を伸ばす。キリウは未だ後ろからの接近には気づかず、イリスの後ろで静かに様子を伺っている。

 闇より近づく何かは、そのキリウの無防備な腕に掴みかかった。

 しかし、掴むはずのキリウの腕は掴んだ瞬間にするりとすり抜け、霧のように消えてしまう。そしてその場で立っていた筈のキリウの姿までもが腕と同じように闇の中で霧散してしまった。

 理解の出来ない出来事に未だ正体のわからないそれも流石にうろたえ、動きが止まる。


「念のため、警戒しておいて正解だった」


 声と共に、前方から小さな影が飛び出してくる。

 今まで『幽体ドッペル』で自分の立ち姿を映したまま、その場でじっと身を伏せて警戒していたキリウが、幽体が消えたことに気づき、すぐ傍にいた人影に掴みかかったのだ。

 しかし、掴み掛かった腕はこの闇の中だというのに正確に払い落とされ、そのまま人影は距離を置くためか後ろへと跳ぶ。

 だが、それ以上後ろに下がることは出来なかった。

 後ろへ飛んだ瞬間、何かにぶつかる感触がしたからだ。

 何度下がろうとしても、謎の人影の背後には見えない壁のようなものがあり、どうあがいてもそれ以上先に行くことが出来ない。


「通行止めだよ」


 にしし、と悪い笑顔を浮かべたアリスが声を出す。

 人影の後ろには、実際にアリスによって壁が作り出されていた。

 ただ霊の存在を認識出来ない以上、アリスの声を聞くことは出来ない上に霊力で作られた壁も目視することはできないのだが。

 逃げ場が失われたことで、どうすることもできなくなった謎の人影はただじっとこちらを見据えている。

 逃げるタイミングを窺っているのか、それとも観念したのか、どちらとも取れない様子にキリウも迂闊に手を出すことは出来ない。

 

 十分すぎるほどの時間が既に稼がれており、当然ながらイリスも既に人影を認識している。だが、イリスは既に警戒態勢を解いていた。

 ここはあくまでも自分達の目指していた『里』のはずだからだ。闇の中で姿がはっきりと見えないとはいえ、敵である可能性はかなり低いと考えていた。

 一先ず掌に炎を弱火で点火し、明かりを確保する。

 すると、今まで闇に紛れていたその姿がようやく認識しやすくなった。

 未だ警戒している様子の謎の人物は全身を黒い装束で固めており、顔には覆面。なんとも闇に紛れやすい服装をしていた。

 向こうの姿が見えると同時に、向こうからもこちらの姿がはっきりと見えるようになったのか、炎を灯すイリスを見て黒装束の人は驚愕した様子を見せる。


「い、イリス様?」

「その声は……三葉みつばか!」



◇ ◇ ◇


「申し訳ない! あんな古典的な罠に掛かったため偶然入口を見つけた者かと。お弟子さんがご一緒だったのなら仕方ないですね」

「え? ああ、うん、そうそう! こいつが早く行きたいって走り出してな!」

「……」


 師の嘘を指摘することもなく、乱暴に頭を撫でるイリスに向けてじとっとした軽蔑するような視線を送るキリウ。師の威厳を落とすことは簡単だが、はしゃいで走っていたら引っかかったなんて言うのは流石に可哀想だと口をつむぐ。

 三人は今三葉先導の下、穴を抜けた先にあった出口ではなく、里の者にしかわからない穴の中にあった隠し通路を進んでいる。隠し通路の中は穴の中とは違い、等間隔で明かりが灯してあり、足元まではっきりと照らされていた。

 何でもイリスが最後に来た後から色々と仕組みを変えたらしく、あのまま出口を抜けても最終的には山の麓まで行ってしまうらしい。 

 イリスが三葉と呼んだこの男は、これから向かう里の人間の一人であり、イリスが特に親しくしている人物の息子らしい。暗闇に加え、お互いに顔を隠していたから誰かわからなかったというのだから笑える話だ。


「それにしても、流石イリス様のお弟子さんと言ったところなのでしょうか。まさかあの状態で一杯食わせられるとは思いませんでした」

「そうだろうそうだろう、だがこいつはどうも子どもっぽくなくてなあ。暗い場所怖いー、なんて泣きついてきてくれたらもっと可愛げがあるのにさ」

「絶対にしません」


 キリウのつんとした素っ気無い態度に、イリスは「ほらな」と言うような視線を三葉に送って肩を竦める。

 三葉はその様子を見て苦笑いを浮かべているだけだったが、隠し通路の終わりが見えると慌てて話を変えた。


「ほ、ほら! 出口ですよ!」

「だ、そうだぞキリウ。今度は足引っ掛けないといいな」


 何故自ら弟子を煽りに行くのか。

 キリウはその時何も返事をしなかったが、絶対に後で暴露すると心に誓った。

 

 通路を抜けると、すっかり上まで登った太陽の光が燦々とキリウ達の身体を照らしつけ、すっかり暗さに慣れてしまっていた目の奥をじんじんと痛ませる。

 だが、すぐに痛みは引き、段々と目が明るさに慣れてくる。

 

「だいぶ久しいが、変わってないな」


 視界に広がったのは三葉のような黒装束の集団、ではなく。

 見慣れない服を着た人々の生活している様子だった。服の上から腰の部位に布のようなものを巻いており、キリウの目には動きづらそうにしか見えない。

 確かに村というには多少小さいかも知れないが、所々看板のようなものも立っており、商売を営んでいるようにも見える。遠巻きにも充分な活気が感じられた。

 しかし、どれもこれも見たことのないものばかり、キリウが全く知らない文化がそこには広がっていた。

 キリウの呆気に取られた様子を見て、とても満足げなイリスを見てから三葉は改めてキリウに向けて言った。


「ようこそ、忍の里へ」

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