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侵食

作者: 田村まめ

がんばれ亜希ちゃん!と思いながらたぷたぷ書いていました。希望が見える話は書いていて楽しいです。

 髪を染めた。

 と言ってもそれは黒髪のうちがわをグレーに染めただけだから、ちらっと見ただけでは気付かないかもしれない。本当はダークブルーのメッシュもいいなあなんて悩んだけど、それにしてはあっさりとグレーのインナーカラーで美容院に予約した。

 全てはあいつの仕業だ。



 出会ったのは三年前。高校一年生になりたてほやほやの春。ほやほやあたたかそうな春という言葉に含まれるはずの四月の、それでも北国の風は冷たかった。

 生徒会という一般生徒のてっぺんのようで実はコピー用紙の奴隷みたいな集まりの、その部屋ではじめて話した。


 「はじめまして、水沢さん」

 「うん、はじめまして、杉本くん」



 そのあとはとんとん拍子、というのは少し変だろうけれどまさにそんなふうに仲良くなっていって、一ヶ月、二ヶ月経つころには廊下で小突き合うくらいになった。きっと学年一背の高いと思われる彼と、きっと学年一背の低いと思われるわたし。身長差はなんと四十センチだったけれど、きっときっと、それを埋めるくらいに仲が良かった。ゆるゆる緩やかに距離を縮めて、わたしのほうは、異性の中でいちばん仲の良いのは彼だ、と思っていた。


 「亜希ちゃん帰りコンビニでおでん食べない?」

 「杉本のはんぺん、ひとくちくれるなら」

 「だし巻きひとくちで手を打つ」



 多分、わたしは彼のことがすきだった。

 ただ、それを認めてしまうには友達期間が長すぎた。それだけのこと。だからずっと友達だったし、これからもそうだと思っていた。

 彼はわたしの理解者、なんてものには収まらないくらい、わたしについて知っていた。


 「亜希ちゃんは多分苦手な味だ」

 「亜希ちゃん好きそうな本なんだけど……!」

 「亜希ちゃんならそう言うと思った」

 ……なんて、なんて。

 最後の砦、名前の呼び捨てにならなかったのは多分、一線超えるのをふたりとも無意識に恐れていたから。



 たまに送られてくる、恋愛ソングをおすすめしてくるメール。それに貼られたURLをクリックするたびに、こんなこと意識しないでできる友達なんてあんたとわたしくらいだ、と思うのはさすがに図々しいだろうか。



『この曲いいね。杉本っぽい。』


『え、亜希ちゃんっぽいよ。おれより亜希ちゃん寄り』

『聴いてすぐ亜希ちゃんだと思った』



 なにそれ、ほんと、恋愛ソングを聴いて思い出すなんて、冗談じゃない。きっと彼も、冗談で言ってるんじゃあない。ぐらぐら不安定なわたしたちは、それでもやっぱり確かに変われない関係の中でたまに崩れてしまいそうになる。主にわたしの所為で。

 ぼやけた輪郭でじわりと愛を伝える恋愛ソングのように、わたしは彼に侵食されている。こいびととか、こいとか、そんな段階に進むルートは過ぎ去ったのだ。もうずっと、ずっとずっと前に。だから質が悪い。



 「大学、どこ行くの?」

 「地元の国立大かな。亜希ちゃんは?」

 「…………県外」



 えっ寂しい、なんて言葉が返ってきたけれど、何も言えなかった。わたしも、とか、やっぱり残ろうかな、とかいろいろ、言えたはずなのに。



 それから二週間して、わたしには彼氏が出来た。

 告白されて、まあいいかな、と思ったのだ。

 「すきです」と言われた瞬間に頭を埋めたのが目の前のひととは違うひとだったのは、未だに誰にも言っていない。

 彼に報告すると、良かったねと笑ってくれた。娘を嫁に出す気分ですよと。



 そしてさらに一週間後、彼にも彼女が出来た。生徒会のひとつ後輩の子だった。

 良かったね、息子もようやく旅立つのねと言ってやる。息子を送り出すって切ないのねとは言えなかった。



 ちょっとずつ疎遠になっていったのはそれからだった。

 当たり前だけど、前みたいにふたりで出かけることはなくなった。廊下で小突き合うことすらしなくなった。恋愛ソングがメールで送られてくることもなくなって、その恋愛ソングが通知するのは生徒会の連絡メールだけになった。



 生徒会を引退してからは卒業式まで一言も話さなかった。さすがに薄れていく彼の輪郭は、姿形って意味じゃない。雰囲気とか声とか、そういうことでもなくて、うまく言えないけれど、距離は確実に広がったとは言えた。

 卒業式でも話したのは、「亜希ちゃん久しぶり、元気でね」と「うん杉本も元気でね」のひとことずつだった。わたしは校門を出てすぐに、メールアドレスを変えた。



 大学は県外にした。離れてからもむくむく大きくなる彼の存在感にうんざりしながら、やっぱり好きだったんだなあ、と潔く認めてしまうことにした。だってそうだ、何の曲聞いてるの、と聞かれて見せたプレイリストを埋めているのは全て、彼からおすすめされたものなのだ。彼は本当にわたしのことをなんでもわかっていた。こんなに理解してくれる人には、多分もう、出会えない。

 反対に、彼の趣味だってわたしがいちばんわかっているだろう。

 ぼやけた輪郭の、じわりと伝わってくるような。



 ヴ、怒ったように膝の上の携帯電話が知らせたメールはあの時から続いている彼氏からだった。



『杉本から。亜希ちゃんはグレーがいいんでない、って。何の話?』


『知らない。杉本に茶色は似合わないからせめて明るめの黒にしなよって伝えて』



 結局杉本の言う通りにグレーに染めてみた。うちがわから見え隠れするグレーが、隠しきれていない本心のようでなんだか腹が立つ。自分の女々しさと以前染み付いている彼の大きさを実感した。伝えたいのは色じゃないし。ほんとは、もう遅いとか友達期間の長さとか、そんなことは関係ないってこともわかってたし。こうやってあとからずるずる悩むわたしがいちばん面倒くさいって思ってるし。ねぇ、だからさあ、すぎもと。



 「……メールして、一緒におでん食べて、亜希ちゃんって呼んでよ」


 「ピロン。エイチティーティーピー、杉本ドットコム。『また君に会えたら』。この曲おすすめ!」


 ばっ、と振り向く。

 嘘、嘘だ。彼の声。彼の姿。髪の毛はグレー、じゃなかった、明るめの黒。右耳にピアスを開けたなんて知らなかった。でも確かに、彼だ、本物だ。間違いない。



 「おでん食べに行かない?はんぺんとだし巻き、ひとくちずつ交換で。……ねぇ、亜希ちゃん」





 おそろい、なんて自分の髪を指して笑う彼に、今度こそ。

どうでもいいことなんですけどこれ、82パーセントくらいはわたしの話です。実際では曲の代わりに恋愛小説おすすめし返しました。今日も貸しました。昨日もおすすめされました。高校生って青いです。

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