血族の婚姻と決意
前半は神琉視点。後半はフィオナ視点です。くどくなったかもしれません。
「いいのか、神琉? あれ、放っておいて」
「瑠衣が説明をするだろう。知っていればノコノコとこんなところに来るはずがない」
「まぁな」
フィオナがいた部屋を後にした神琉は、そのまま父である公爵の書斎へと速足で向かっていた。無論、真意を確認するためだ。書斎に着くと、神琉しては乱暴に扉を開ける。
「……どうした? 姫との話はすんだのか?」
「父上、どういうおつもりですか? 人間を俺にあてがうなど正気の沙汰ではありません」
煉琉は何でもない風に書斎で仕事を続けている。その様が逆に神経を逆なでしていた。
「人間側が送り込んできた人質だ。こちらがどう扱おうとこちらの勝手だろう? それにこれは皇王陛下が決めたこと。いくらお前でも決定を覆すことはできない」
「彼女を殺すつもりですか?」
「そうなればそうなる運命だったと諦めてもらうしかない。所詮、人間と魔族ではそれが限界というだけだ」
「……」
神琉の血は魔族の中でも特殊だった。同じ魔族同士でさえ、神琉との婚姻には慎重だったというのに、ここにきてなぜ人間の姫なのか。人質というならば、別の貴族のところでもよいだろうに。
「納得いかない顔だな。情が移った、というわけでもないだろうな。お前に限って」
「最初から殺すつもりなら、連れてくる必要などありません。反対派にでも預ければいいはず。なのになぜ俺なのですか?」
人間の姫など魔族にとっては憎悪の対象だ。特に人間との共存に反対している派閥、中でも純血派にとっては格好の獲物だろう。使用人や憎悪のはけ口などいくらでもやりようはある。だが、神琉との婚姻となると話は別だ。人間というだけで相手を厭うことはしない。だが、それでも婚姻だけは別の話だ。生死に関わることなのだから。
神琉の問いに煉琉は眉を寄せながら動いていた手を止めるとゆっくりと腕を組んだ。
「あの娘は、光の素質があるらしい」
「⁉」
これには神琉も控えていた燕も目を見開いた。決して魔族には現れない光の属性。魔族に扱えない光魔法。その素質をあの姫が持っているという。
「素質はあるが、視たところ内側に発することができるかどうか、と言ったところ。実践では全く使い物にならん」
「……元々人間に魔法を使うという概念はあまりないと思いますが」
「そうだ。だが、それもお前の血と混ざれば変わるかもしれん。そうすれば戦力となるだろうな」
「俺の……?」
「お前の血でなければならないのだ。我が魔族、というより皇族の血族としてはお前が唯一の呪印の保持者。だから発現をさせるには、お前が相手でなければいけない」
光魔法の使い手であれば確かに重宝する。アレの攻略にもよい攻め手ともなるだろう。そのためには、確かに神琉が適任だ。それに煉琉のいうこともわかる。神琉はそれほどに特殊な血を受け継いだ。望む望まないに関わらずその力を持っている。それが、光の魔力の発動の手係になると言われれば、これを否定することは神琉には出来ない。
既に皇王が決定したこと。父もそれを受け入れた。ならば、神琉も受け入れなければならない。何を言ったところで覆ることはないのだが、理由が分かった今ならば神琉も納得できる話だった。つまり、彼女の生死は己が握っているということとなる。
「もし意志に負けた場合はそれが運命、ということですか……」
「そうだ……それに、お前は人間相手を嫌悪しているわけではないだろう?」
「人間だろうと、魔族だろうと、この国のためにならないのであれば同じですから……」
「だからお前なのだ。他の魔族では無体を強いるかもしれん。今はまだ生きていてもらわねばならないだろう」
煉琉が、そして皇王が何を考えているのかが神琉にも理解できた。だが、あの姫はこの事実を知って何とするだろう。たかが婚姻に命がかかっているとは考えていなかったはずだ。おそらくは瑠衣が説明をし、その覚悟を問いているはず。
とはいえ、あの姫に選択権はない。運命に負けた場合は、姫を殺すのは神琉自身だ。例え人質でも意志くらいは聞いておくべきだろうな、とこのときの神琉は考えていた。
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一方、同じ頃のフィオナは、一人にさせてほしいと瑠衣とアンリを下がらせた。
今宵はここに泊るということで、客室をあてがわれたのだ。ようやく一息を着くことができたところで、先ほど瑠衣に聞かされた話をもう一度考えてみる。
人間の国では婚姻とは、教会にお互いのサインを書いたものを申請書として提出し、神父が認めることで婚姻が成立する。王族は少し手続きが異なるらしいが、概ねそんな感じだ。
だが、魔族の国の婚姻とは血を受け入れることだという。婚約の儀式、ここではにおいて、夫となる者の血を飲みこむ。それで婚約が成立となる。今回の相手は公爵家の嫡男ということで、皇王も立ち会うらしい。
血を飲むことでまれに拒絶反応に耐え切れず死に至るものがいるというが、瑠衣がいうにはそれほどの血筋が離れた者が結ばれることは避けているため、最近は死者もあまりでないようなのだ。それは拒絶反応が出ないような相手を探しているからなのだという。それでも犠牲になる者はいるというのだから、絶対はないのだと。
同じ魔族であっても拒絶反応がでるというのなら、人間であるフィオナはどうなってしまうのか。瑠衣の懸念はそこにあった。
神琉は皇族と変わらない高貴な血筋らしい。詳しくは教えてもらえなかったが、婚姻の相手も慎重に選ばなければいけないほどだったという。幼き頃から婚約者候補は沢山いたが、まだ選ばれておらずもうそろそろ時期として婚約者が指名されるはずだったと。そこに現れたのが、人間の姫である自分。
「魔族でも慎重になる相手……人質が相手ならば別に死んでも構わないということなのよね」
現在、反対の声は聞こえている者の手出しをするようなものはいないという。つまり、人間が魔族の皇族にも連なる神琉の血を受け入れられるはずがないということだ。魔族の人たちもフィオナが死ぬことを期待しているのかもしれない。そう思えば、悲しみを通り越して呆れてきてしまう。結局、フィオナにはそうすることしかできないのだと。
受け入れなくてもいずれ殺される。なら、可能性に欠けるしかない。色々と考えた結果、フィオナが出した結論はこれだった。出来れば生きていたと思うが、それが限りなく低いことは理解した。
そしてこれを教えてくれた神琉たちには、感謝しかない。何も知らずに儀式をすることも出来た。そうすれば、フィオナはそのまま自分の運命を知らずに死んでいただろう。それを良しとせず、選択まで与えようとしてくれた。もしかしたら、ここでなら最後の時まで頑張れるかもしれない。
なら、とフィオナは両手を握りしめて気合を入れる。
「……まずは、知ることから始めてみよう」
この国のこともそうだが、相手となる神琉とはどういう人物なのか。そこから探していこう。
(大丈夫……私は簡単に負けたりしない……大丈夫だから)