会場から出たその後で
文面の修正もあらかた終わりましたので、投稿を再開します。
といっても、不定期となりますが(;^ω^)
停止中も感想くださった皆様、本作を読んでくれた読者の皆様ありがとうございます<(_ _)>
会場を出て馬車へと乗り込む。
「出せ」
「はっ」
御者に短く伝えると馬車が動き出す。フィオナは隣に座りながら、神琉の様子をチラリと伺った。特に変わった様子はない。会場では怒ったような声を上げていたが、今はいつもと変わらないように見えていた。ふと、フィオナからの視線に気づいた神琉が視線を向けてくる。
「どうした?」
「いえ……その、怒ってらっしゃるのかと」
「……あれは予想通りの事態だ。あれだけの連中の前で宣言すれば、俺がフィオナを特別視していることは伝わる。余計なことを言ってフィオナを貶めれば、俺が出てくることは理解できるだろう」
「予想通り、だったんですか?」
「あぁ」
つまり意図的にそう見えるようにしていたというのだろうか。神琉は大したことではないように振舞っている。しかし、後にした会場は大騒ぎにはなっていないだろうか。本当に出てきてしまってよいのか。皇王がいる前だったというのに失礼ではなかったのだろうか。そんな考えがフィオナの脳裏に過った。
「あの、でも戻らなくてよろしかったのですか? あの場は――」
「最低限伯父上への挨拶も貴族らへの顔合わせも行った。今回は特別な場ということもあってフィオナを伴ったが、公の場に本格的に顔を出すのは披露宴を終えてからだ。まだ半年以上もある」
いわれてみれば、そんなことを聞かされていた気がする。公式に神琉の妻としての役割を果たすのは、婚約式を終えてから一年後になると。
「だから今日はただ傍にいるだけでいいと仰ったのですか?」
「フィオナが俺の妻となるのは確定だ。だが、披露宴をする前であれば隙があると考える連中がいないとも限らない」
婚約式を終えれば夫婦も同然。しかし、披露宴をしなければ公の場で妻とは認められない。魔族という種族の風習は人間の感覚とは違うことはわかっていたが、その違いがフィオナにはあまり理解できていなかった。事実上妻ではあるが、公の立場で妻という扱いをしてもらえないということであるらしいのだが。
「俺にはフィオナ以外の妻は不要。この先もな。それを示してきただけのことだ」
「そ、そうなのですか……っ」
神琉には何の意図もなく、本心でそう思っているからそれを言葉にしているだけ。その声色に含むところは何も感じられない。それでも、それをフィオナは嬉しいと感じている。思わず顔が火照ってしまいそうになるのを必死に抑えた。
「フィオナ?」
「なんでも、ありません! ただその……驚いたのと嬉しかったので」
怪訝そうにしてフィオナを見る神琉に、素直にそう伝える。神琉はしばし硬直したように目を瞬くと、ほんの少しだけ口角をあげた。
「そうか」
「はい!」
そのまま神琉と共にフィオナは屋敷へと戻るのだった。
******
その日の夜、皇都におけるとある屋敷。
「まさか本当にあの人間が神琉様の血を受け入れるとは……」
「お父様、皇族に人間の血が入るなどと由々しき事態ではありませんか? 皇王陛下のご命令であったとしても、神琉様も不本意なはずです。あのような真似までして、人間を守る必要がどこにあるのですか⁉」
ヒステリック気味に叫ぶ黒髪黒目の少女。彼女もまたあの場、あの会場で神琉とフィオナが寄り添うのを目の当たりにしていた。神琉はフィオナを守るようにして、傍から離さなかった。そればかりか、衆人環視の前で口づけまでして見せたのだ。あれが一種のパフォーマンスだということなど理解していた。神琉は皇族の責任と義務を理解している。皇王の命令だからこそ、フィオナを守っているのだ。それ以外に考えられなかった。
「だがお前では神琉様の血を受け入れることが出来たか危うい」
「何を仰いますか! あの人間にできて、私に出来ないなどありませんっ! あのような薄汚い人間に触れるなどと……」
「お前の言いたいことはわかる。我々とて、皇族に人間の血が入ることなど望んでおらん。如何に、あの人間が貴重な魔力の持ち主だとしてもだ」
貴重な魔力。それゆえに神琉の婚約者に選ばれた人間。王族の傍系であることなどよりもそちらが重要視された。これまで表立って反対をしなかったのは、人間が受け入れることなどできないと考えていたからだ。婚約式の場で死するだろうというのが、大半の予想だった。まさか生き残るとは思っても見なかった。
問題は、レヴィン家の方々がフィオナを受け入れていることにある。どう説得するべきか。そんなことを考えていると、ポンと肩を叩かれた。
「お父様?」
「馬鹿なことは考えるな。神琉様の様子から見て、あの人間に何かあれば神琉様は許しはしない。お前も知っているだろう? あの方は慈悲など加えない。それが魔族であろうと、人間であろうと」
「私は神琉様とは知った仲なのですよ。そのようなことあり得ません」
幼い頃から神琉のことは知っている。あの頃は怖くて遠くで見るのが精々だった。それでもいつか神琉の隣に立つために努力を続けてきたのだ。本当ならば、神琉と婚約式をするのは己だったはず。候補の中でも最有力と言われてきたのだから。それを横から奪われた。それも人間に。どうしてもそれが納得できなかった。
「神琉様の隣に立つのは私のはずだったのです。それを、思い知らせてやります」




