悪意ある言葉へ
遅くなりました。
会場の扉が開くと当時に、会場内にいる沢山の視線が一斉に神琉の方を見た。その視線は直ぐにフィオナへと移る。静まり返る会場に、フィオナの足が止まりそうになる。
「っ……」
「フィオナ、大丈夫だ」
「は、い」
フィオナにしか聞こえない程度の声量で囁かれる。堂々としている神琉にしっかりとしがみつくように、絡めている腕に力を込めた。それでも神琉はビクリともしない。神琉が足を進めるのに合わせて、フィオナも足を動かす。
貴族たちは神琉が進む先を開くように、その場を譲っていった。進む先にいるのは、皇王の座する場だ。皇王の正面まで来ると神琉が立ち止まったので、フィオナも足を止めて皇王へと顔を向ける。
「神琉、先日の婚約式はご苦労だった。無事に乗り越えたこと、余も嬉しく思っている」
「ありがとうございます。私自身も終えることができ、安堵しております」
「うむ。そしてフィオナ嬢……これからも良き伴侶として神琉を支えるようにな」
「……は、い。精進、致します」
「宜しい」
フィオナの答えに皇王は頷く。これで皇王への挨拶は終了だ。皇王との会話は、周囲の貴族たちにも聞こえている。わざと聞こえるように皇王が話をしているからだ。フィオナが婚約者だと、何よりも皇王が認めていることを公言することで、牽制する意味もある。
再び神琉の腕をしっかり掴みながら、フィオナは皇王の前を退く。促されるまま神琉が他の貴族と挨拶を交わしに行くのに付き添う。笑顔を張り付けて、フィオナは何も言葉を発しない。値踏みするような視線を受ける度に、笑顔が崩れそうになる。しかし、ここで傷ついたような様を見せれば、隙を見せることにもなりかねない。必死に、にっこりと微笑んでいたその時だった。
「あれが神琉様の正妻……人間の娘は賎しいと聞くけれど、調子に乗りすぎじゃなくて」
「本当、まさか愛されているだなんて考えておられないわよね」
「そんなことを言っては可哀想よ。憐れみからその座にいるというのに、夢を見るのは自由なのですから」
「皇王陛下のお言葉がなければ、奴隷にでもして差し上げたのに。神琉様もお痛わしいわ……命令とは言えあの様な娘と契らなくてはならないなんて」
容赦のない言葉が、フィオナの心に突き刺さる。
皇王の言葉がなければ……。その通りだ。神琉がフィオナと婚約したのは、皇王がそう決定したからであり、神琉の意志ではない。
ぎゅっと神琉の腕を掴む手に力が入ってしまう。そうしていなければ、耐えられそうになかった。すると、そっと神琉のもう片方の手がフィオナの手に重ねられる。
「……かん、るさま?」
「フィオナ」
神琉は重ねた手を離すと、そのままフィオナの頬に手を添えた。そして顔を近づけると、唇を重ねる。周りがシーンと静まった。ふぅと神琉が離れていくのを、フィオナは笑顔も忘れて呆然と見返す。
「……これでも、俺が嫌がっていると思うのか?」
「っ……い、いえ」
「不愉快だ。もう挨拶は終わった。帰るぞ、フィオナ」
「は、へ、あ……はい」
掛けられた声に我に返り、引っ張られながら足を進めた。神琉とフィオナが出ていくまで、会場は静まり返っていた。
「あはははっ。やってくれるな、神琉め……」
空気を変えたのは、皇王の笑い声だ。近くにいた煉琉は、頭に手を当ててため息をついている。更に供にいた彩璃は満足そうに微笑んでいた。
「全く……あいつは」
「あら、最高じゃない。ほら、かのご令嬢たちのお顔……真っ赤にしているわ。この場合、神琉のキスを見て赤くなったのか、それとも己を恥ずかしく感じたのか、どちらだと思いますか? お兄様」
「両方だろう……意図的にやっているのが面白い。それでこそ、我が甥だ」
「陛下……彩璃も、ふざけている場合では」
ざわざわと会場も音を取り戻したが、神琉が放った衝撃は暫く収まりそうになかった。




