初めの一歩
移動魔法を使用して、フィオナと神琉が皇都のレヴィンドライ公爵邸へ到着すると、彩璃と煉琉が待っていた。二人も出席するからだろう。この先は魔法ではなく、通常の移動方法で皇城へ向かう。
彩璃がフィオナの装いを見て、満足気に頷いた。
「いい感じね。とても良く似合っているわ。ねぇあなた」
「あぁ、そうだな」
「……ありがとうございます、お義母様、お義父様」
スカートの裾を摘まみ上げて腰と落とし、少しだけ頭を下げる。彩璃に躾けられた作法の一つだ。フィオナの所作に驚いたのか、煉琉は少しばかり眉を上げている。煉琉が隣にいる彩璃を見れば、どうだと言わんばかりに微笑んでいた。
「誉めても罰は当たらないと思うわよ」
「……わかっている。フィオナ、前を向いて歩くことを忘れないように。我々が頭を垂れるのは、陛下のみ。それ以外に、下る必要はない」
「は、はい」
「神琉」
「……はい」
煉琉はフィオナの手を取ったまま傍にいる神琉に、顔だけを向ける。視線だけを煉琉に合わせて、神琉が答えた。
「お前以外に守る者はいない。決して傍を離れるな」
「わかっています」
言われるまでもない。神琉は暗にそう告げていた。フィオナの手を握っている神琉の手に少しだけ力が入る。この手を離してはいけない。フィオナも、しっかりと握り返した。
そのままレヴィンドライ公爵家の馬車に四人が乗り込み、皇城へと向かうのだった。
皇城へ来るのは、初めてシュバルツへ来た時以来だ。それほど時が経ったわけではないというのに、あまり覚えていなかった。そのため、初めて見る景色と同じだ。豪華絢爛な皇城の門を通り、会場に近い場所で馬車が止まる。
最初に煉琉が馬車を降り、次に彩璃が降りる。煉琉の手を取り、ゆっくりと降りていった。次は神琉とフィオナの番だ。
「……行くぞ」
「は、い」
「フィオナ」
「大丈夫です」
先に神琉が馬車を降りる。すると、周囲が息を飲むように静まり返った。馬車を降りきると、神琉は振り返って手を差し出してくる。フィオナは、すぅと息を吐くと意を決して神琉の手の平に己のそれを重ねた。乗せられただけの手は僅かに震えていたが、神琉の手が直ぐにフィオナの手を握りしめてくれた。それだけで震えは収まっていく。ゆっくりと足を動かし、馬車を降りていく。地面までは数歩だけ。その数歩がやけに遠く感じた。
「あれが、人間の王女か……?」
「いや、王族の傍系だと聞いたが」
「ふん、衣装に救われたな……」
「……人間ごときが皇族の血を受け入れたなど、信じられぬ」
ぼそぼそと話される会話は、フィオナの耳にも届いていた。フィオナに対する不信感や疑念が多い。流石に、煉琉や神琉がいる前であからさまな言葉を言うことは出来なかったのだろう。この程度は序の口だ。
『前を見ていろ』
ここに来る前に煉琉にも言われたことだ。堂々と前を見て、フィオナは歩く。それでも震えそうになるのを完全に抑えることなどできない。螺旋階段を上がっていく時、足がもつれそうになってしまった。
「きゃっ」
「フィオナ」
しかし、転ぶ前に神琉がしっかりとフィオナの腰を抱える。階段の上だというのに、揺らぐことのない力でフィオナを支えてくれていた。半ば神琉に運ばれるように階段を上り終える。
「このまま抱えて行くか?」
「い、いえ……大丈夫です」
「気にするなといっても無理だろうが……この先、視線はもっと多くなる」
まだ会場にすら入っていない。高位貴族であるレヴィンドライ公爵家は会場入りは最後の方だと、フィオナも聞かされていた。既に会場には沢山の魔族の人たちがいる。気にせずにいることなど、不可能だろう。今回に限っては一言も話す必要はない。全て対応は神琉がすることになっていた。フィオナがするのいは、神琉に寄り添ってにっこりとしていること。それだけでいい。何度も頭の中で確認をする。そうでもしなければ、保っていられないからだ。
「フィオナ……」
「……は、い。がんばり、ます」
「緊張は仕方ない……ほら、掴まれ」
腰から手を離し、腕をフィオナの前に出す。会場では、パートナー同士のふるまいとして男性の腕に女性が手を絡ませる状態が当たり前なのだ。フィオナは神琉の腕を掴む。その手に神琉が手を重ねた。
「この先だ。手を離すな」
「は、はいっ」
煉琉と彩璃は先に中へと入っていった。次が神琉とフィオナの番。会場への扉が開く。フィオナにとって、ここは戦場と同じ。何を言われても、気にしてはいけない。真っすぐ、前を向いて歩く。呪文のように、フィオナは己に言い聞かしていた。
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