魔族の男
少し短いです。
あれから数時間が経つ。フィオナは交渉の場に用意された馬車に乗り込んでいた。だが地理に詳しくないフィオナには今どこを走っているのかはわからない。
共に乗り込んでいるのは侍女のアンリ。そして、ローブを纏った人物だった。それもフィオナの目の前に腕を組みながら座っている。
乗り込んでから一言も話すことがないため、重苦しい雰囲気が漂っている。ただでさえ、魔族が目の前にいるということで緊張をしているというのに、ローブを頭から被っているため、姿さえわからない。
要するに得体のしれない存在が目の前にいるということだ。
これからどのくらい馬車に乗っていなくてはならないのか。どこへ連れていかれるのかもわからず、フィオナは勿論アンリも不安を隠せていない。
だが、口を開いて聞いてよいものかわからず、フィオナはただ黙ってこの空間に耐えるしかなかった。
そうしていると、馬車の揺れがゆったりとなり、そのまま止まった。
「……これくらいでいいか」
ローブの人物が沈黙を破った。フィオナもアンリも何が起こるのかを固唾をのんで待つ。
「おい……人間の姫」
「えっ、あ、はい」
姫と呼ばれて一瞬反応が遅れてしまう。ヒヤリと汗を搔いてしまうが、そのようなことを気づかれてはならない。フィオナは必至に取り繕った。
「……これから術を使いお前を我が国の皇都に連れてゆく。皇王陛下がお会いになるが、粗相のないようにな」
「は、はい。承知しました」
「ふん……ではゆく。外を見るなよ」
ぶっきらぼうにフィオナに伝えると、何やら手を前に出し何かを呟く。すると、馬車が再び動きだし、目の前の人物は頭にかぶっていたローブを取った。
「あっ」
その動作に思わず声を漏らしていた。
ローブの下から現れたのは、人間と同じ容姿だった。それもとても整っている美青年。誰もが放っておかないだろうという容姿だった。
黒髪黒目で、年の頃は30代くらいに見える。
「お、なじ……?」
目を丸くして驚くフィオナに、目の前の魔族の男性は不快感をその顔に張り付けていた。眉を寄せて怒っているようにも見える。
「……あぁ、人間の姫は魔族を見るのは初めてのようだな。どうせ魔物と同じようなものを想像していたのだろう。くだらん」
「も、申し訳ありません」
「チッ、役目でなければ人間と話すのも嫌なんだが……姫は幸運だな。これが私でなければ、お前は皇王に会えずにどこかでおいていかれているはずだ」
「⁉」
「そんなっ、姫様は仮にも王族であらせられます!」
交渉の条件として来たと言うのに、捨て置かれていた可能性があるといわれ、思わずアンリが声を荒げた。だが、男は当たり前という風に言い切る。
「ふん、人間なぞ歓迎している者は少数、ほぼいないと思え」
人間の姫が来たところで丁重に扱うわけがない。そう言われた気がした。否、そういうことなのだろう。覚悟しておけと。
相手は魔族。人と同じ容姿だとわかったことはよいが、それ以上の不安がフィオナを襲う。
「姫様……」
「大丈夫。大丈夫よ、アンリ」
この男は幸運だと言った。ならばそれを信じよう。
何が起こるかわからないが、フィオナにはアンリがいる。アンリにもフィオナがいる。一人ではないのだと言い聞かせ、笑みをアンリに向けた。
「そろそろ着く。降りたら私から離れるな。離れた場合の命は保証しない」
「っ……わかりました」
カタカタと揺れる馬車の中で、フィオナはきつく手を握り占めた。