幕間 夫婦の会話
今回は、神琉の両親視点です。
皇都、レヴィンドライ公爵家邸。
サロンでくつろいでいる煉琉と彩璃の姿がそこにあった。夕食後のティータイムというやつだ。
「して、どうだ?」
「あの子のこと?それとも、あの子のお姫様のことかしら?」
「……両方だ」
「うふふ……そうねぇ」
優雅にティーカップを持ち、彩璃は紅茶を口に含んだ。ひと呼吸を置いて、紅茶に視線を落とす。
「神琉の心配は必要なさそうよ。燕と瑠衣の話振りから、当初は暴走しそうなほど不安定だったようだけれど、私が行った時は安定していたわ。何があったかまでは聞いていないから、詳しいことはわからないけどね」
「そうか……だが、今は安定しているということなら、陛下も安堵することだろう」
変わらない表情の煉琉だが、僅かに目尻が下がるのを彩璃は見逃さなかった。婚約式には、煉琉も参列していたのだ。神琉の魔力がフィオナへ入る瞬間も目撃したし、その後揺れ動く神琉の魔力も感じ取っていた。経験した者にしかわからないことだが、婚約式は受け入れる側は勿論のこと、授ける側にも変化が訪れる。この辺りは本能によるもので、個人差が大きい事象だった。神琉は煉琉以上に、魔力が大きい。本能からくる衝動が、暴走という形で現れなかっただけでも御の字だろう。
「えぇ。これで、次を求めてくる方々にもひとまずの言い訳は付くわ」
「わかっている。そちらの方は、追々考える。して、フィオナの方は?」
「……あの子は、良くも悪くも素直よ」
ここ数日、修行を施すという名目でフィオナを教育している彩璃。エルウィンの身代わりとして身に着けたマナーなどは、所詮は付け焼き刃。必死にフィオナが仮面を被っていたことで、それなりに見えていたが蓋を開ければフィオナはただの娘に過ぎなかった。ただ、それは悪いことばかりではない。逆に利点にもつながっていた。
「今は、教育を受けてこなかったことが逆に吸収する手助けをしてくれている。そういう意味では、貴族出身ではなくて良かったのでしょうね」
「なるほどな……」
「大変なのは、社交界に出てからになりそうよ」
「フィオナに内助の功は求めていない。神琉の妻として相応しい所作、知識があればそれでよい。あとは、あの光の魔力が発現できれば文句はない」
煉琉らがフィオナを神琉の妻にと認めたのは、全てはその稀有な魔力のため。それ以上は求めていない。まるで突き放すようないい方だが、これも煉琉の優しさの一つだということを彩璃は理解していた。
貴族同士が会合する社交界は、フィオナにとって決して楽しめる場にはならないことがわかっているからだ。神琉の妻の座を確実にしているフィオナは、本人のあずかり知らぬところで既にその名が知れ渡っている。人間というだけで、純血派には睨まれている。なるべくなら、貴族同士の交流の場に連れ出さないようにと煉琉は考えているのだろう。
「フィオナ自身が発現できなくとも、神琉との子に引き継がれる可能性があるならばそれでもかまわない」
「……あまり多くを求めるのも酷かもしれないわね。わかったわ。あの子にも伝えておいた方がいいかしら?」
「あいつは理解している。己の血が、全ては光の魔力を得るための道具だということも理解しているはずだ」
婚約者として顔合わせをしたときに、神琉には告げていることだ。しかし、彩璃にとっては初耳のことだった。気に入らなかったのか、眉を寄せて煉琉に詰め寄る。
「……神琉は、フィオナを気に入っているわ」
「それはそれで構わない。心を通わせることが出来ているならば、それでいい……あの娘にはできるだけ幸せになってもらいたい」
「あなた……」
「神琉自身が、誰かを想うことが出来るならそれを邪魔するつもりはない。ただ、本来の目的を忘れなければな」
「……あまり誤解を招くような言い方はしないで。全く……」
神琉とフィオナをただの道具とは思っていないことは彩璃にもわかっているが、あまりにもひどい言い方をしたので、彩璃は煉琉に対して呆れるようにため息をついた。
「あなたのそういうところ、神琉に受け継がれてしまったのがとても残念だわ……」
「……」
「本当に、仕方のない人なんだから」
「すまん……」
魔族の貴族社会の中において、堅物と言われている煉琉。皇王の次に権力を持っている立場もあり、常に毅然と構えているが、彩璃の前では時折仮面が外れてしまう。それを特権だと嬉しくなる彩璃は、それだけ煉琉に惚れているのだろう。
明日は投稿をお休みします。




