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レヴァールの華  作者: 紫音
婚約期間編

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47/52

花嫁修業の始まり

 

 その日の夜遅く。

 フィオナがベッドに横になって、ウトウトしながら夢の世界に旅立った頃。ガチャリと部屋の中に扉が開く音が響いた。ほとんど夢の世界に入りつつあったフィオナの意識がわずかに浮上する。緩慢な動きで身体を起こせば、入ってきた神琉がいることをぼんやりと認識した。目を擦りながら、フィオナは顔を向ける。


「かんるさま」

「起こしたか……すまない」

「いえ……」


 寝起きというか半分寝ている状態のフィオナは、幼い子供のように甘えたような声を出す。既に着替えを済ませていた神琉は、そのままベッドに上がってフィオナの隣に座った。少しだけ距離が空いていた空間が寂しくて、フィオナは寝惚けたまま身体をピタリとくっ付ける。素のフィオナならばしない行為に、神琉は首を傾げていた。


「フィオナ?」

「……アンリのはなしをきいたんです」

「……そうか」

「わたしはなにもしらなかった……しらないのはだめだとおもいました。だから、かんるさまのはなしも……ききたい、です……」


 神琉の声が届いているのかいないのか、突然話し始めるフィオナ。伝わる温もりが心地よいのか、体重を神琉に預け、すり寄るように身体を更に寄せてフィオナは言葉を綴る。目を擦り、閉じそうになるのを防いでいるようだが、眠気には敵いそうにない。神琉の母とのやり取り、アンリのこと。更に、アンリとのことを報告しようと神琉を待っていたが、時刻は既に日時を跨ぐような刻限だ。フィオナは既に限界だった。眠たくて仕方がない。

 フィオナの様子に気が付いた神琉は、空いている方の手をフィオナの頭に載せてポンポンと優しく撫でる。


「起こして悪かった。もう、寝ろ」

「かんるさま、でも」

「いつでも話は出来る」

「……は、い」


 肩に手を添えてベッドに倒されると、柔らかなマットがから支えてくれた。役割を終えたという風に離れていく手をフィオナは握りしめて、そのまま胸元に持っていく。安心した温もりに、フィオナはそのまま意識を本能に任せた。


「フィオナ?」

「スゥスゥ……」

「……無意識、か」


 一方の神琉は、手を握られてしまったため起き上がることは出来そうになかった。この時間まで仕事をしていたこともあり、神琉も疲れていた。更に、幸せそうに眠るフィオナから手を離すのも何となく憚られる。残る選択肢は、このまま寝ることしかなかった。仕方なくフィオナの隣に横たわる。


「……おやすみ」


 既に寝ているフィオナからの返答はない。しかし、代わりとでもいうように頭を神琉の胸元に寄せてくる。己に安心して触れてくるフィオナに、神琉の口元は綻んでいた。







 翌朝から、フィオナは彩璃(サイリ)からの修行に励むこととなった。

 筆頭公爵家の妻としての礼儀、知識をメインに行うという。その中で一番の難問が、貴族の爵位と姓、名前を覚えることだった。魔族の名前は、人間であるフィオナたちには難しいものだ。文字が複雑で、同じ字体でも異なる読み方をする名前もある。古代語とはまた違った文字に、フィオナは大いに苦戦していた。


「私たちのご先祖様たちは、全てこの字体で名も姓も名乗られていたの。今のような形になったのは、人間と魔族がまだ共に過ごしていた頃……もう遠い昔だけれど、確かにそういう時代があった」

「人間と魔族が共に……」

「尤も、元々今の魔族も皇族と呼ばれた生粋の魔族と人間の血が混ざった者も少なくないのだから、全く別々に生きているわけではないのだけれど」


 彩璃は複雑そうな顔をして話す。人間と魔族を別の存在だとしているわけではない。遠い昔は同じように暮らしていた。人間が魔族を畏れ、迫害を始めるまでは。


「魔族の方々は、融和を築こうとしていたのですよね?」

「そうね……けれど、向こうはそれを破った。友好条件はともかく、自分たちが上位に立たなければ気が済まないという連中は、魔族と対等ということが許せないのではないかしらね」

「ですが、国と国とのことですから対等ではないのですか?」


 国同士の決め事という時点で、どちらが上位などという考えはフィオナには浮かばない。国家同士である以上、対等ではないのか。しかし、彩璃はこの考えを否定した。


「私たちは、魔法という力を持っている。それがある以上、人間側からしたら対等であることはあり得ないのではない?」

「え……?」

「人間は脆弱な生き物よ。物理的な攻撃手段しか持たない彼らと、魔法という飛び道具……いえ、得体のしれない力を使う私たち。交渉の条件として、魔法による攻撃を行わないとしたところで、彼らの恐怖は収まるのかしら?」

「それは……」


 人間は魔法を使えない。魔法という力を聞いたことはあっても、どういうものかは知らない。何が出来て何ができないのかも、全く伝わっていない。魔法がどのような事象を起こすのかわからない以上、相手のいうことが事実だという証明が一切できないということだ。魔族が魔法を使ったところで、魔法じゃないと言われれば、人間側にそれを追及できるほどの知識がないので、判断できない。理解できない力を持つ存在を恐れることは道理だ。


「理解しあわなければ、融和はありえないということですか?」

「そこが始まり。今回も、兄様が持ち込んだ交渉だったけれど、結局相手は兄様を信じず、偽者をよこした。娘を傷つけられるとでも考えたのでしょうけど……人間なんていつでも殺せるというのに、わざわざ人質に寄越せなんて回りくどいことをして傷つける必要性は全くないけれど、そういう考えには至らなかったみたいね。人間は、平気で人間を傷つける種族だもの……仕方ないわ」

「……」


 彩璃の『いつでも殺せる』発言に、少しだけ恐怖を感じるフィオナ。と、同時に『平気で人間を傷つける』という言葉に、どこか彩璃の悲痛な感情が含まれている気がして、何も言うことが出来なかった。




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