知らぬ想い
フィオナの故郷の村へ行ってから、数日後のこと。
朝からそわそわと落ち着かない様子のフィオナは朝食を摂った後、自室を歩き回っていた。じっとしていられないという風に、ソファに座ったかと思えば立ち上がり、室内を歩く。これを繰り返しているフィオナに、共に部屋にいたアンリと瑠衣は顔を見合わせて苦笑していた。
落ち着かないのには理由がある。今日は神琉の母が屋敷に訪れる日なのだ。兼ねてから予定されていたことで、フィオナの花嫁修業をするために暫く滞在することになっていた。
「はぁぁ……」
「フィオナ様、落ち着いてください。紅茶でも淹れましょう」
「ありがとう、アンリ」
改めてソファに座ると、一息をつく。わかっていても、緊張してしまうのは仕方がない。アンリが淹れてくれた紅茶の香りが届くと、幾分気分が落ち着くのを感じた。
「ふぅ……ありがとうアンリ。お陰で少し落ち着いたみたい」
「良かったです」
そんなアンリを見て、フィオナはあることに気づいていた。最近、アンリの笑みが柔らかくなっていたのだ。偽者だと気付かれて以降は、どこか強張っていた表情が解れたようにフィオナには見えた。何があったのかはわからないが、恐らく瑠衣に関係するのだろうとフィオナは読んでいた。
瑠衣とアンリは以前から良く話をしていたようだが、最近はそれに笑顔が増えていた。談笑している二人の姿を見ると、フィオナも嬉しい。
今回、フィオナは家族に会うことができた。しかし、アンリは付き添っていただけだ。何も言わず、フィオナが家族と会えたことを喜んでくれて……ならば、アンリも同じではないのだろうか。そうフィオナが考えても仕方がないと思う。一度、アンリに家族のことを聞こうとしたこともあったが、やんわりと拒絶された。聞かれたくないことなのだろうと、フィオナもそれ以上聞くことはしていない。
このままで良いのか。一度、ちゃんと話し合った方がいいのではないか。そうは思っても、その一歩を踏み出す勇気はない。フィオナの侍女としてアンリは側にいてくれているが、フィオナは本来村娘だ。血筋として王族に連なると判明しても、それは変わらない。詳しいことは聞いたことがないが、アンリは平民ではないはずだ。なら、もしかすると国に戻ることも出来るのではないかということも考えてしまう。家族の元に帰ることが、アンリの幸せなら……。
そこまで考えてしまうと、フィオナの心が痛む。ここの屋敷の人たちは良くしてくれているが、やはりフィオナにとってアンリは特別だった。アンリのためを思うならば、既に姫ではなくなったフィオナの侍女役から解放すべきだと思うのに、それが出来ない。
(……アンリは、どう思っているんだろう……帰り、たいとか思うのかな?)
チラリとアンリを見れば、にっこりと微笑まれる。アンリの笑顔がずっと傍であってほしい。でも、それはフィオナだけの想いであって、アンリが望んでいることではない。フィオナは膝の上にある拳を握りしめると、意を決したようにアンリを見た。
「あ、あのね、アンリ」
「はい、何ですか?」
「その、ずっと聞いてみたかったんだけど……アンリは、家族のところに帰りたいとか……考えたりしないの?」
「っ!」
驚きに目を見開くアンリ。でも、聞いておかないといけない。フィオナは、矢継ぎ早に話を続けた。
「えっとね、私は姫様じゃないし、でもアンリは姫様の侍女だったでしょ? ということは、やっぱり貴族の人なのかなって思って、なら待ってる人とか、家族とかに会いたいかなって。ほら、私は会うことができて嬉しかったし、アンリだって会いたいかなって」
「……」
「その……私だけが解放されたみたいで、だからアンリもって―――」
「お心だけ頂いておきます。ありがとうございます、フィオナ様」
「アンリ……でも―――」
コンコン。
尚も続けようとしたフィオナの言葉をノックの音が遮った。瑠衣が扉を開けると、そこには神琉が立っている。
「母上が来た。フィオナ、来い」
「え、あ……はい」
アンリと神琉との間で視線をさ迷わせるフィオナ。しかし、神琉の母を待たせることは出来ない。アンリも頷いて向かうように促していた。選択肢はひとつだ。
戸惑いながらも、フィオナはそのまま神琉の手をとって部屋を出ていった。残されたのは、瑠衣とアンリ。二人もフィオナらについていかなければならない。
「大丈夫ですか、アンリ?」
「……はい」
「フィオナ様は、貴女の実家のことを知らないのですね……」
「はい。この先も会うことはないと考えていましたから、伝えることはありませんでした」
「……どうしますか?」
「……」
アンリはフィオナが出ていった先をじっと見つめたあと、瑠衣に向かって強くなっている頷く。
「お話したいと思います」
「私もそれがいいと思います。さぁ、気持ちを入れ換えて向かいますよ」
「はい」
アンリと瑠衣も部屋を出ていった。




