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レヴァールの華  作者: 紫音
婚約期間編

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幕間 侍女の苦悩

アンリ視点です。

 

 屋敷に戻ってきたアンリは、自室の椅子に座っていた。屋敷の使用人として、アンリには個室が用意されている。魔族が多い中で過ごすという上での気遣いなのだろう。皇都では視線を痛いほど感じていたが、ここの屋敷においてはアンリが人間だからと言って非難するような使用人はいないので、魔族の中にいるということを忘れてしまいそうなほどだった。


「はぁ……」


 そっと、窓辺に歩き外を見る。フィオナ付きであるアンリは、基本的にフィオナの側にいて世話をすることが仕事だ。フィオナがいない間は、魔族の常識や作法などを学ぶこともあるが、それ以外の仕事を振られることはない。だが、こうして他の使用人が働いている姿を見ると、魔族の国に来るまでの己を思い出してしまうことがあった。


 侍女として王城で働いていたアンリは、実はあまり歓迎されていない立場だった。実の父親は侯爵家の当主で、母はその侯爵が遊びで手を付けたという侍女。要するに庶子だったのだ。アンリを生んだ母は、直ぐに亡くなり侯爵家の使用人としてアンリは育てられた。唯一アンリを見てくれたのは父の正妻で、最低限のマナーや知識を与えられた。異母兄とは話をしたこともない。

 行儀見習いとして城に上がってからは、仕事を覚えるのに必死だった。それが目に止まったのか、第二王女であるエルウィンの侍女の一人として働いていた矢先に、父からフィオナと共に魔族の国へ向かうことを告げられたのだ。アンリが魔族の国へ向かえば、侯爵としての自分の評価は格段に上がる。国のために、娘を差し出したとして。実際は不要な娘を厄介払いしたかっただけなのだ。二度と家の敷居を跨ぐことは許さない。父からの最後の言葉と共に与えられたのは、一つのナイフ。万が一の時は、これで命を絶てと。そういうことなのだ。

 フィオナが偽者だと知られたとき、アンリはせめてフィオナだけは助けたいと思った。アンリが人間の国に戻ることはない。死ねと、父に命じられたのだから。しかし、フィオナは違う。何も知らないのだからと。この時、本当に死んでも構わないと思っていたのだ。

 結局、二人とも助かった。フィオナは儀式を乗り越え、死ぬことはなかった。アンリも、そのままフィオナ付きの侍女として働くことを望まれ今に至る。

 それでも、本当に此処にいてもいいのかと、アンリは考えてしまうのだ。フィオナは血筋を認められ、屋敷の主である神琉の婚約者として迎えられた。ならば、フィオナの無事は保証されたようなものだ。もうアンリの役割は終わったようなものだ。

 更に恐らく父は、魔族に偽りの姫だというのがバレたことをアンリの責任と考えているはず。アンリが生きていることが知られたら、それを利用しようと考えるかもしれない。既に、父の命に従うつもりはないものの、アンリにフィオナや神琉を害するようなことを指示する可能性は高い。その前に……。

 アンリはそっと荷物に隠してあったナイフを取り出す。


「……こうするのが、一番ですよね。さようなら、フィオナさま」


 ナイフを首元に突きつけて、アンリは力を入れた。その時、パンっとナイフが叩き落とされる。


「痛っ……な、なに」

「やめなさい、アンリ」

「……る、いさん」


 いつの間にか扉が開いていて、瑠衣が手刀のようなポーズを取り、目をつり上げていた。瑠衣から発された声は、いつもよりも硬い。


「……貴女が、別の指図をされている可能性は予期していました。それでも、フィオナ様に対する貴女の姿勢から、フィオナ様や若君に危害を加えるつもりがないこともわかっていました。唯一、可能性があるとすれば……貴女自身を害することだと」

「……っ」


 近づいてくる瑠衣に、アンリはビクリと体を強張らせた。そのまま足元に落ちたナイフを拾うと、瑠衣は懐に仕舞ってしまう。そして膝を付いたかと思うと、アンリの手を握ってきた。


「あ……瑠衣、さん」

「ここは、シュバルツ。貴女の育った国ではありません。アンリ……何よりも、フィオナ様を悲しませてはいけません。賢い貴女なら、わかりますよね?」

「っ……そ、れは……」


 瑠衣の言葉を否定することなどアンリにはできない。フィオナはアンリがいなくなれば、泣くだろう。それだけは断言できる。それほど多くの時間を過ごしたわけではないが、フィオナはエルウィンとは全く違った性根を持った人だ。

 エルウィンはプライドが高く、己が一番であることを何よりも大切にするような人物だ。侍女として少ない時間しか接していないアンリでさえも、辟易してしまったほどだ。それに加えて、フィオナは似たような色合いを持ちながらも、正確は全く正反対であった。常にアンリを気遣い、勉強も作法も懸命に覚えようとするような人だ。素直で優しいフィオナと共にいるうちに、アンリはフィオナに心から仕えたいと思ったほどだった。だからこそ、アンリが傍にいてはいけない。そう思ったのだ。

 やっと、フィオナは安寧を手に入れた。人質として連れてこられ、一時は死すら覚悟した少女が、漸く安心していられる場を得たのだ。その邪魔をアンリがしてはいけない。


「でも……だから、わたしは……これ以上、フィオナ様のお傍にはいられません。神琉様にも、ひいてはこの国にも……害を与えてしまいます」

「アンリっ」

「生きていても、害しかもたらしません。ですからっ」

「いい加減にしなさいっ!」


 パン。音が響いた。

 瑠衣の手が、アンリの頬を叩いたのだ。アンリは茫然としたように、叩かれた頬に手を当てる。


「見くびらないで、アンリ。我々は……神琉様もフィオナ様も、私たちがお守りする以上、貴女が害を与えることなどあり得ない。害になるなどと、驕らないで」

「っ……」

「神琉様が本気になれば、人間の国など一瞬で消し去ることもできる。人間が、神琉様を脅かすことなどできるわけがない。アンリ……それが貴女であっても。もし、貴女が神琉様の懐に入り、ナイフを掲げたとしても、その時に死ぬのはアンリ、貴女の方」


 瑠衣はこれまでに見たことのないほど、語気を強めて話す。怒っている。アンリに対して、これ以上にないというほどに怒っていた。瑠衣から与えられる圧力に、アンリは声を出すことが出来なかった。


「……貴女が考えていることは、全くあり得ない話。わかったら、無駄なことはしないで。貴女が死んでも何も変わらない。フィオナ様が悲しむだけ」

「……かわら、ない……?」

「そう、変わらない。……アンリ、私たちは魔族。魔族は何よりも身内を大切にする。フィオナ様が神琉様の婚約者となられた時点で、貴女も私たちにとっては身内も同然。その害になるというのなら、排除する。それが私たちという種族」

「え……」

「貴女を悩ませるものが何か、私たちは調査済みということ。思いつめている貴女に伝えることはできなかったけれど、神琉様は全てご承知。勿論、皇王陛下も。だから……貴女は何も知らず、ただフィオナ様のために侍女として傍にいなさい」


 調査済み。瑠衣はそういった。しかし、その内容は知らせることは出来ない。否、知らない振りをしろと瑠衣はアンリに告げる。ただ見て見ぬふりをして、フィオナに仕えろと。


「でも……私は」

「アンリ……貴女が一番大切なものは国に残してきた家族? それともフィオナ様?」

「……」


 顔を固定されるように瑠衣の両手がアンリの頬に添えられる。その質問に、アンリは少しだけ考えたが答えは一つしかなかった。


「……フィオナ様です」

「国を捨てろ、とまでは言いません。ですが、大切なものだけはしっかりと明確にしておくべきです。貴女はそれが何かちゃんとわかっているはずです」

「はい……」

「なら、言いたいことはわかりますね?」


 厳しい口調から、いつもの瑠衣の口調へと戻ったことでアンリも少しだけ緊張が和らぎ、ゆっくりと首を縦に振った。瑠衣も満足気に微笑む。


「……もうそろそろ、フィオナ様も戻られるころです。いつものように出迎えましょう」

「はい……あの」

「?」


 部屋を出て行こうとした瑠衣を引き止めると、アンリは深々と頭を下げた。


「……ありがとうございました。止めてくださって」

「……私は当然のことをしたまでです。大切な友人ですから」

「ゆう……じん……」

「一方通行でしたか?」

「いえ……光栄、です。ありがとうございます、瑠衣さん。その……これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 にっこりと笑う瑠衣。

 友人。その言葉を告げられたのは、初めてだった。侍女として、切磋琢磨していた時は同僚は全てライバルで、追い落とす相手でしかなかったため、交友など皆無だったのだ。それが、まさか異国で……恐れていたはずの魔族との間に、友人という関係が築けるとは夢にも思わなかった。

 アンリは、そっと痛む頬に手を当てる。この痛みは、瑠衣がアンリを案じてくれていた証拠だ。嬉しさに涙がこぼれそうなのを、アンリは必死に堪えるのだった。



沢山のブックマークと評価をいただき、驚くと共に嬉しさでいっぱいです。本当にありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] フィオナは似たような色合いを持ちながらも、正確は全く正反対であった。 誤字報告機能が使えなかったのでこちらで報告させて頂きます。 正確→性格
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