帰宅
時間はあっという間に過ぎて、夕方になっていた。夢中になって遊んでいるところに、燕が近づいてくる。
「姫さん、そろそろ時間だってさ」
「燕さん……そうですか」
名残惜しいが、フィオナは子どもたちと視線を合わせるように屈むと、帰ることを伝えた。
「フィー姉……もう行っちゃうの?」
「リン、ごめんね。でも……お姉ちゃんは、神琉様のお屋敷に戻らないと行けないの」
「おむこさんだから?」
「えっと……」
率直な物言いいに、フィオナは顔を赤くする。まだまだ慣れない状況だからだろう。
「ちがうの? なら、お家にかえってきてよ! フィー姉いないと、さびしい……」
答えがないことを否定と取ったのか、リンはならばと戻らないように言ってくる。その目に涙を溜めて、フィオナのスカートをしっかりと掴んでいた。
「リン……」
「かえってきてよ……フィー姉」
「……」
まだまだ腰程度の高さしかない身長の妹を、フィオナはしゃがんで抱き寄せた。頭をポンポンとすれば、肩に顔を押し付けてくる。
「……ごめんね、リン。お姉ちゃんは、お家には帰れないの」
「どうして……?」
「リン、大好きよ。お兄ちゃんも、ナンも、お父さんもお母さんも。でも、お姉ちゃんは神琉様も大好きなの……だから、一緒にいたいの」
「……リンよりも?」
「リン……」
そっと身体を離して、フィオナはリンと額を当てるようにしてじっとリンの目を見る。
「ありがとう……お姉ちゃんは、リンのお姉ちゃんで幸せだよ」
「フィー姉……」
「それでも、行かなくちゃ……いい子でいてね、リン」
笑みを見せるともう一度リンの頭を撫でて、フィオナはその場を離れて待ってくれている燕の側へと歩いていった。チラリと後ろに視線を向けると、リンは俯いたままその場を動いていない。心の中で、フィオナはリンに謝る。約束は出来ないけれど、また会えるようにと願いながら。
燕と合流すると、そのまま村の外れまで歩いていった。誰も側に居なくなったところで、燕が口を開く。
「中々愛されてるみたいだな、姫さんは」
「小さな子どもたちの面倒を見るのは、私の役目だったんです。この村を去ったのも突然で……だから、寂しくさせてしまったんだと思います」
「それだけじゃないだろ? 子どもってのは本能に純粋に従う生き物だ。俺たちのような存在は、避けられて当たり前。瑠衣でさえ、遠目に見られているだけだ」
魔族だということを知らなくても、近づいてくることはない。本能で、それを悟っているからだという。
「魔族でも、強すぎる大人には近づいてくることはないんだ。神琉なんかは、子どもと接した事すらないからな」
「そうなんですか?」
「一番身近で言えば、神琉の妹君くらいだろう」
「妹さん?」
神琉には四歳下の弟と六歳下の妹がいる。まだまだ幼いと言った風の弟妹だが、小さい頃はこの弟妹が神琉に近づくことはなかったらしい。強すぎる魔力に怯えていた、というのが正しいだろうということだ。弟妹の二人も、公爵家の者として強い力を有しているが、その二人であっても怯えるほどの力ということで、神琉自身も幼い頃から小さな子どもには近づかないように気を付けているらしい。
「何も言わなかったけど、流石に弟妹に怯えられればショックだったろうな。今となっては、お二人とも神琉を慕ってはいるものの、神琉自身はその記憶が抜けきらないのか、微妙に距離を取ってるしな」
「……そう、なんですか……?」
そこまで聞いて、フィオナはキョロキョロと辺りを見回す。考えてみれば、この村に到着して以降、神琉の姿を見ていない。村の中には子どもが多い。フィオナと遊んでいる子どもたち以外にも、ヤンチャに走り回っている子どもや親の手伝いをしている子どもなど、村中に子どもたちがいる状態だった。
「もしかして……?」
「まっ、そういうこと。視察という名目だし、村長さんとは話をするけど、終われば神琉は近寄らない。一人で、一旦屋敷に戻ってる。そろそろ時間だから迎えに来るだろうけど……その前に、姫さんに言っておきたいことがある」
「私に、ですか?」
燕はフィオナの隣に立ち、村の方を見ながら告げる。
「神琉はさ、あまり己を出さないんだ。いずれ、皇王となるべく育てられてきたということもあるんだが……色々なことに耐えるということに慣れすぎて、鈍くなっている」
「鈍いって」
「それが当たり前になっているんだ。我慢している訳じゃないから質が悪い……だから、あいつを甘やかしてほしい」
「……え?」
一瞬、何を言われてるのか分からなかった。変な声が出てしまったのも仕方がないだろう。燕は何と言った。甘やかす。神琉を。
「えっと……すみません、意味が良く……」
「そのままだ。まぁ、姫さんの場合は、そのままで接してくれていればいいとも思うんだけどな」
「ですから、どういう――」
「おい……」
その時、背後から低い声が届いた。ビクリっと肩が揺れ、恐る恐る後ろを振り返れば眉を寄せて不機嫌そうな顔をした神琉が立っていた。
「か、神琉様っ!」
「おぅ、早かったな神琉」
「燕、お前―――」
「ほら、時間なんだろ? 帰ろうぜ」
ニカッと笑って何でもないように振る舞う燕に、神琉はため息をつくと、フィオナへと手を差し出した。
「えっと」
「話はあとで聞く。瑠衣とアンリは既に帰らせた。行くぞ」
「は、はい」
うやむやにされたまま、とりあえずフィオナは神琉の差し出された手を取り、村を後にしたのだった。
土日の投稿はお休みします。




