平穏の裏で
神琉視点です。
神琉は燕と共に、村の入り口から更にまっすぐ進んだ。目の前には草原が広がって見えるが、実際は結界により出入りを制限されている。結界の主である神琉が手を触れれば空間が歪み、神琉らを外へと引きいれた。
「随分物騒なことになっているな、どうするんだ神琉?」
「……」
結界の外に出れば、穏やかな村の光景とは全く違う情景があった。
統一された武装に、物々しい雰囲気を醸し出している集団。王であるグラコスが寄越した部隊だろう。リンゲージが魔族らに襲われたということは、直ぐに伝わるようにスパイを紛れ込ませているのだ。人間の国へ侵略したという名目できたのだろうが、果たして真実を知っている者がこの部隊の中にいるかどうかだ。それだけで、何をするかが変わってくる。
神琉は、未だに気づいていない彼らに近づいていった。足音を立てながら近づけば、流石に気づくというものだ。慌てて武器を構えだした連中に、後ろから燕は肩を竦めていた。
「おいっ、お前ここに村があったはずだ。何があったのか知っているなら教えろ。命を取られたくなかったらな」
「……」
「聞いているのか!」
答えない神琉にいら立ちを募らせているようで、構えている槍の先を神琉へと向ける。それでも神琉は応えない。ゆっくりと近づく歩みも止めることなく、その距離は縮まっていく。
「貴様っ!」
「ここを守る利点はないはずだが、何故お前たちがここにいる?」
「なっ……貴様、この俺を誰だと思っているっ!カルバレン侯爵家次期当主だぞ!! そのような舐めた口をきいて、どうなるかわかっているんだろうなっ」
「こちらの質問に答えろ……愚鈍な王にでも頼まれたか?」
質問に答えていないのはお互い様だ。元より、質問をして答えが得られるとは思っていない。相手は、神琉を魔族だとは思っていないようだ。人間が思う魔族の姿とは違うからだろう。人間同士ということで、己の優位を疑っていない愚か者。神琉は、彼をそう判断した。だからこそ挑発的な態度をとっている。
自国の王を侮辱したことに黙っていられなくなったのか、遂に槍を神琉へと突き出してきた。槍の長さを考えれば、近づいてきた神琉にギリギリ届く距離だ。
「おのれっ!! 我が王を愚弄するなど、万死に値する!! 陛下は、交渉を破った魔族に侵略された村を救うために我らを頼ったのだ! 慈悲深き王に対する所業、許せんっ!!」
「慈悲深い、か……何も知らぬ駒、ということだな」
事情を聞かされていない部隊がきたということが確定した。初めに交渉を破っていたのは、人間側だということを知らないのだ。これが、人間の貴族子息ということか。
突き出された槍は、神琉の胸を狙っていた。しかし、神琉は槍の先を右手の指、人差し指と中指で挟む。
「え……」
「相手の実力も見抜けぬとは……愚かなのは王だけではないらしい。俺の領地に口出ししようとはな……下種が」
「なっ……え……」
指で挟んでいた神琉の手から、冷気が放たれたかと思うと触れていた槍が徐々に凍っていく。じわりと伝わる冷気は、持ち主まで届き掴んでいた手まで凍らせ始めていた。驚きに動きを止めていたが、彼は己の手が凍ったのを見て槍から手を離す。持ち主を失った槍は、そのまま凍らされてやがてその姿を消してしまった。上級氷魔法である氷焔だ。神琉の得意魔法の一つである。
「あ……」
「先に交渉を破ったのは、そちらだ。覚悟はいいな」
「ば、化け物……」
「その通りだ……お前たちからすれば、魔族は化け物だろうな。散れ」
「う、うわぁぁぁ!!!」
部隊の連中全員が、その様を見て怯えて逃げ出す。しかし、神琉は逃がす機などない。藍色の瞳が蒼く輝き、冷気が逃げ惑う姿を捉えて行く。足を凍らせ、全身にまで伝わると……次々に消滅する。肉片一つ残らない状態だ。
「神琉、大丈夫か? お前にしては」
「わかっている。制御が甘くなっているんだろう……」
ただでさえ膨大な魔力を有する神琉だが、どこか余裕がないように燕には感じられたのだろう。不安そうな顔をしている。神琉にとってはあまり見せたくないものだったが、知られてしまった以上は仕方がない。
「それも、儀式の影響なのか?」
「……あぁ。燕、瑠衣には黙っておいてくれ」
「けど、お前それじゃあ―――」
「平気だ。少しだけ不安定になっているだけだからな……」
「神琉……」
「気づかれる前に戻るぞ」
神琉が何をしているのか。瑠衣ならば気が付いているだろうが、フィオナやアンリは気が付いていないはずだ。村の直ぐ傍で、このような戦闘(人間側からすれば一方的な暴挙かもしれない)が行われていることなど、夢にも思っていないだろう。
魔族は争いを好まない。平和的解決を望んでいるのは、どちらかといえば魔族側だ。無駄な殺生をしたくないというのが理由だが、一度敵対すれば慈悲は一切ない。今の神琉のように。




