故郷へ
注目を浴びながらもにこやかに街を歩いていると、やがて外が見えてきた。
「あの、神琉様?」
「何だ?」
「外に出てしまいませんか?」
「あぁ……ここでいいんだ」
「?」
街中を過ぎれば、草原が広がっているだけだ。これ以降どこへ向かおうというのか全くわからず、フィオナは首を傾げるばかりだ。
すると、神琉が何もない場所に手を当てる。掌から淡い光が出てきたかと思うと、目の前の空間が歪むのがわかった。
「え、な……えぇ!?」
「こっちだ」
「ふぇ?」
驚くフィオナの手を引っ張るように神琉は、歪んでいるところへ足を踏み入れた。フィオナば思わず目を瞑る。促されるまま足を動かし、やがて止まった。神琉が止まったからだ。
「着いた」
「え……?」
その言葉にフィオナは目を開けた。すると、目の前にあるのは草原ではなく……村だった。それもフィオナにとって、懐かしい場所。この先、見ることはないだろうと覚悟していた場所だ。この光景だけで、フィオナの目には涙があふれていた。
「……ふっ……ひっく……」
「君の、育った村だ。今は俺の領地となっている。約束しただろ? 両親に会わせてやると」
婚約式の時の話だ。これほど早く会うことが出来るとは思わなかったのか、驚きと嬉しさからかフィオナの涙が止まることはない。神琉はハンカチをフィオナの目元に当て、涙をぬぐった。
そのうち騒ぎを聞き付けた村人たちもぞろぞろと集まってくる。中には、フィオナが良く知る人たちの姿も。その姿を見た途端、フィオナは堪えきれないと飛び出していった。
「お父さん、お母さんっ!」
「フィオナっ!?」
フィオナの先にいるのは、二人の男女。勢い良く抱きつくフィオナをしっかりと受け止めていた。その側には青年と、小さな男の子と女の子。誰もがフィオナを見て涙ぐんでいる。
「フィオナ……」
「「フィー姉っ!」」
「ルーク兄さん、ナン、リンも……あ、会いたかった……会いたかったよぉ……」
一人ずつ抱き締めると、フィオナは顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。その様子に、神琉は近づくことはせず瑠衣に一言何か言うとそのまま立ち去る。神琉には燕が付いていることを確認すると、瑠衣は泣いているフィオナへと近づいた。
「フィオナ様……」
「る、いさん……」
「大丈夫です。お一人には出来ませんので、アンリとご一緒させてもらいますが……ご家族との時間を過ごしてください」
瑠衣の言葉に、フィオナは涙が溢れるのを止められなかった。同じく近くに寄ってきたアンリからハンカチを手渡され、涙を拭う。それでも、次から次へと……涙が止まることはなかった。
落ち着いたのはフィオナの実家に戻ってきた頃だ。客人という扱いで、瑠衣とアンリも共に案内された。これまで過ごしてきた屋敷とは比べ物にならないほどの小ささだ。そもそも比べること事態が失礼にあたるだろう。
「グス……ご、めんなさい……」
「……フィオナ様からすれば当然です。無理やり引き離されてしまったのですから」
「瑠衣さん……ありがとうございます」
「フィー姉……大丈夫?」
フィオナの服の裾をぐいぐいと引っ張るナン。フィオナの弟だ。反対側にはナンと良く似ている女の子、リンがいる。二人は双子兄妹で、フィオナが良く面倒を見ていた。離れていた期間は、それほど長いわけではないというのに、フィオナは凄く懐かしく感じていた。一度は諦めたのだ。だから、こうして家族と触れられることがまだ信じられなかった。
「……お父さん、お母さんも……本当に、本物だよね?」
「それはこちらのセリフよ……綺麗になったわね、フィオナ」
「あぁ……本当にな」
今のフィオナは、神琉の屋敷で用意されたものを着ている。薄い桃色のワンピース。派手さはなく、動きやすさを重視していた。外出するとなって、着替えたのだ。その服装は、村の者たちとは全く違う出で立ちとなっているだろう。
「良くしてもらっているようだな……本当に、心配していた。お前がどうしているかと。泣いていないか、傷ついていないかと、な」
「お父さん……」
そうして語られたのは、フィオナが居なくなってからのことだった。フィオナが半ば拐われるように村からいなくなって、村全体はどこか悲しい雰囲気に包まれてしまった。村一番の綺麗所であったフィオナに、想いを寄せていた青年たちは肩を落としていたし、お姉さんとして慕っていた幼い子どもたちは元気がなくなっていった。
それが一月近く経った頃、突然多くの人たちに村が囲まれてしまう。それが、神琉だったのだ。
「私たちに危害は加えないことを約束して、フィオナの事情だけを確認していった……彼が魔族だなんて俄には信じられなかった……今でも、それは変わらない。どうしても、思い描いていたイメージが強すぎてな……神琉殿にも、申し訳ないとはおもうのだが」
「そのようなこと、神琉様は気にされません。人間の国で、どの様に伝え聞いているのかはフィオナ様から既に聞いていますから……信じてもらえなくても仕方ないでしょう」
人間の間に根付いたイメージというものを直ぐには払拭出来ないことは、神琉も瑠衣たちもわかっている。理解してもらおう等とは思っていない。この村を確保したのは、フィオナの故郷だったからで、それ以上でもそれ以下でもない。特別な想いもないのだから。
と言っても、一応は神琉の領地という扱いであるため、定期的に顔を出すと伝えられているらしい。そのために、この村は隔離されている状態のようだ。村全体が何かに囲まれており、外に出ることが出来ないのだ。出ようとすると、戻される不思議な現象が起きているらしい。
「それって……」
「神琉様が全体に不可侵の結界を引いているのです。人間の国側からの侵略をさせないために。これがあるので、彼らはこの村に手を出すことは出来ません。逆もしかりですが……」
「……何やら、彼が凄い人だということは私たちにもわかるよ。そして……その彼がフィオナの婿殿だということも」
婿。フィオナの顔が一気に真っ赤に染まった。間違いではないが、改めて家族に言われるととてつもなく恥ずかしいことだ。
「えっ、と……その」
「……フィオナは、彼が好きなのかい?」
「そ、れは……」
尋ねているのは父だけだが、兄や弟妹、母といえ家族全員がフィオナをじっと見ている。瑠衣はニコニコしており、アンリは苦笑しているだけだ。誰の助けも得られないことを理解し、フィオナは俯きながら答えた。
「……ま、だ……これから、たくさん知りたい、と思うし……その、お慕いしてい、ます」
「そうか……良かった」
そう告げた父は、どこか寂しそうだった。




