込められた事情
昼食後、神琉と共にフィオナは馬車へと乗り込む。結局、いつもの面々が揃った。フィオナと神琉、そして瑠衣に燕、アンリだ。
だが、瑠衣らは馬車へは乗り込んではいない。車内にいるのは神琉とフィオナだけで、アンリと瑠衣は別の馬車、燕は外にいる。
「あの……神琉様、魔法で移動するのではないのですか?」
この屋敷に来るときは魔法で一瞬のうちに移動した。魔法を使用するためということで、同じ馬車に全員が乗っていたのだ。フィオナにとっては、馬車でそれ以外の移動をこの国にきてからほとんどしていない。そのため、今回も同じなのかと考えていた。
「魔法でも移動するが、ここから直接は向かえない。それに……少し街の方を通った方が外出している気分なるだろう?」
「街、ですか?」
「ここの屋敷は丘の上にあるが、少し下ったところに街がある。皇都程ではないが大きい街だろうな」
馬車が動き始めるのを合図に、神琉はまだまだシュバルツという国に疎いフィオナに話をしてくれる。
シュバルツの国土は人間の国が思っていた以上に広い。それは、意図的に行っていることで、他国や他種族に攻め入られる隙を与えないように常に監視しているとのことだった。少なくとも、人間たちが把握することは出来ないようにと。
皇王が治める皇都で、それ以外の各領地を貴族らが治めている。その中でも神琉が治める領地、公都シュビアンは、決して小さいものではない。こことは別に、神琉の父である煉琉が治める領地もあるが、そこは将来神琉の弟が引き継ぐ予定らしい。
村娘であったフィオナには想像がつかない世界なので、説明されるままに納得はするが、それでも気になることはある。弟が継ぐ領地、神琉が継ぐ領地。同じ家族なのに、姓が違うのだ。フィオナは思いきって尋ねる。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「初めて聞いたときも思ったのですが、その……煉琉様は神琉様のお父様ですよね?なのに、どうして姓が違うのですか?」
フィオナの記憶が正しければ、煉琉はレヴィンドライと名乗っていた。しかし、神琉はレヴィンフィーア。フィオナもその姓を与えられている。人間の国では貴族しか姓を持たないが、それでも家族は同じ姓を名乗っていた。瑠衣に聞いた時には、神琉の弟はレヴィンドライを継ぐと言っていた。何故、神琉だけ姓が異なるのか気になったが、当時はまだフィオナに教えることは出来ないと言われたのでそれ以上聞くことができなかったのだ。
尋ねていい話題なのかもわからなかったので、恐る恐ると言った風に聞いてみた。
「……」
「その……聞いてはいけない、ことなのでしょうか?」
「いや、俺たちに取っては当たり前の常識だが君は知らなくて当然だな、と今更ながら思っただけだ」
「当たり前、ですか?」
「あぁ。それこそ、俺が生まれた時から父上と姓を同じにしたことはない」
「え?」
神琉は馬車の窓枠に頬杖を付きながら、外を眺めている。そんな横顔をフィオナはじっと見つめた。
「魔族の国は実力主義だ。力が全てとまでは言わないが、それに近い考え方をする。伯父上が皇王なのも、魔族の中で最も力を持っているためだからな」
「で、でも皇族という話も聞きましたが」
「皇族は、魔族の始祖の直系のことだ。例え皇王になれなくとも、魔族にとっては皇族は特別な存在であることに代わりはない」
現在、皇族と名乗れるのは皇王以外には神琉、神琉の母と弟妹のみ。皇族は、魔力が高いことも多く皇王になりやすい。しかし、常に皇王の立場に居たわけではない。それでも魔族にとって、皇族はいつの時代も特別に扱われているという。
「母がレヴィンに嫁いだのも、皇族の血筋に関係する。伯父に次ぐ力を持つ父と交わることで、より力を高めようとしたため。その結果が俺だ」
「神琉様が?」
「元を辿ればレヴィンも皇族に連なる。初代は皇族の分家。当時は3つあった分家も残るは、レヴィンドライ家だけだ」
レヴィンというのは、単なる名前ではなくそれに意味があることは、フィオナにもわかった。しかし、肝心の姓が別である理由にはなっていない。
「フィーアは初代皇王の名前だ。俺がレヴィンの出身だからこそ、その姓がついた。俺は、先祖帰りした皇族だからな」
「え……?」
「レヴィンドライ家の長子ではあるが、分家ではなく別の皇族本家を立ち上げる形となった。理解できたか?」
「何となく、ですが」
「今はそれでいい」
フィオナは特別に学があるわけではない。だから、話を聞いて姓を別にしている理由があるのはわかったが、先祖帰りだから別になる理由がフィオナには理解しきれなかった。それでも、神琉という存在が特別であるという事実は理解した。
「……そろそろ着く」
「あ、はい」
もうひとつ聞きたいことはあったが、タイミングが悪かった。次第に馬車が止まってしまった。次の機会にしようと、止まった馬車から降りる神琉の手を取ると、フィオナは馬車を降りた。
降りた場所は、街の噴水広場のような場所だった。
神琉と手を繋いだままフィオナは周りを見ると、周囲には沢山の人々が集まっているのが映った。
「あ……」
「ここから暫く歩くが、君は真っ直ぐ前を見て歩けばいい。正式な顔見せではないが、領民には君の顔を知っていて貰いたいからな」
「は、はい」
大丈夫だというように、フィオナと握る手に力を入れてくれる神琉。見回すことは失礼だろうと、フィオナも言われた通りに真っ直ぐ前を向いた。
「その、挨拶とかは」
「……しなくてもいいとは思うが、気になるなら笑い返してやればい」
「笑う……はい。それならできます」
「そうか」
フィオナが言葉に頷き神琉へと笑顔で返すと、神琉は苦笑する。
そんな二人の様子を野次馬たちが観察していたことなど、フィオナは全く気がついていなかった。
明日と明後日は投稿をお休みします。
次回は、9/24となる予定です。




