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レヴァールの華  作者: 紫音
婚約期間編

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36/52

遅い朝のひと時

 

 ふと、温もりが離れていくのを感じて、フィオナは離れる前に抱き寄せる。ぎゅっと身を寄せれば、温かさを感じられる。


「……ん」


 ゆっくりと目を開ける。窓からは日差しか溢れていた。朝になったのだろう。フィオナは身体を起こす。


「っ!」


 すると、腰に鈍い痛みが走った。その痛みで、昨夜のことを思い出す。チラリと横を見ると、神琉が眠っていた。微かに聞こえる寝息に、フィオナは安堵の息を漏らす。

 昨夜はいつもの冷静な神琉ではなかった。優しくもあったが、どこか荒々しさも感じられたのだ。最後の方は記憶がない。


「……血を与えた側。抑えてたって、そういうことなんだよね……」


 直接的な表現こそなかったものの、フィオナの認識は間違っていないだろう。良く見ると寝顔の中から、昨日までの疲れた陰がなくなっていることに気づく。


「良かった……私も、少しは力になれたかな」


 そっと、神琉の頬に手を添える。それでも、身動きひとつしない。よほど疲れていたのだと、フィオナは暫くの間その寝息を堪能するのだった。


 寝顔を見ること数分だろうか。

 コンコン。

 寝室の扉をノックする音が聞こえた。まだ夢の世界にいる神琉へと毛布を掛けなおすと起こさないように、フィオナはそっとベッドから離れる。全身の気怠さを堪えながらネグリジェを着直して、扉を静かに開けた。


「瑠衣さん?」

「おはようございます、フィオナ様。その、神琉様は?」

「……あ、えっと、まだその」

「……そうですか」


 フィオナの様子から察したのか、瑠衣は苦笑していた。どこかぎこちないフィオナの様子に、手を貸してくれる。察してくれているのはありがたいが、気恥ずかしくてフィオナは頬を染める。


「えっと」

「本当ならば、癒しの魔法をかけて差し上げたいのですが、私は使えないのです。神琉様が起きられましたら、お願いしましょう」

「は、い」


 一緒に来ていたアンリに何とか着替えを手伝ってもらい、フィオナは椅子へと腰かけた。立っていることが辛いことを瑠衣もアンリも分かっていたからだ。いたたまれない雰囲気ではあるが、今なお寝たままの神琉が心配になりフィオナは寝室をじっと見る。


「フィオナ様……?」

「……珍しいと思って。その……神琉様がここまで起きられないのは」


 朝早く鍛錬をしているのは、何度か見かけたことがあった。基本的に、朝は早い方だとフィオナは認識している。昨夜のことがあるとはいえ、もうすぐ昼になる時間だ。


「本日はお休みですから、一日中寝ていても構わないくらいですよ」

「瑠衣さん」

「とはいえ、恐らくそろそろ起きてくる頃だとは思います。……と、起きられたようですよ」

「え?」


 瑠衣の言葉にフィオナは首を傾げた。物音は聞こえていないし、勿論声も聞こえていない。どうしてわかるのか。隣にいるアンリを見ても、フィオナと同じことを考えていたようで首を横に振っている。

 一方、瑠衣はスタスタと寝室の扉の前に行くと、コンコンとノックをした。


「若君、大丈夫ですか?」

『……あぁ……』


 ワンテンポ遅れてだが、神琉の声が聞こえてきた。本当に起きたようだ。扉越しではあるが、声が掠れているのがわかる。


「後程で結構ですので、フィオナ様に癒しの魔法をお願いいたします」

『……わかった』

「では、燕を呼んできます。フィオナ様、少し席を外しますね」

「は、はい」


 頭を下げて断りを入れると、瑠衣は部屋を出て行った。扉を開けなかったのは、恐らくは起きたばかりだからだろう。


「えっと」

「……後程、神琉様が来られるようですからそれまでお茶にしましょうか」

「うん、そう……ね」




 それから一時間ほどした頃、フィオナが紅茶を飲んでいると扉がノックされた。外からは瑠衣の声が届いたので、フィオナも入室を許可する。


「邪魔する」

「え……か、神琉様!」


 だが、入ってきたのは声の主である瑠衣ではなく、神琉だった。瑠衣は後ろに控えているので、許可を得た後で下がったのだろう。スタスタと近づき、神琉はフィオナの椅子の肘掛に手を付いたかと思うと、そっとお腹の辺りに空いている方の手を当てた。


「え?あの、神琉様」

「……じっとしていろ……」

「あ……」


 神琉の手の辺りが淡い青色の光を発していた。光から伝わる温もりが心地いいと思っていると、神琉の手がフィオナから離れる。


「どうだ?」

「え、あ……あ、痛みが、なくなりました」

「そうか」


 今まであった鈍い痛みが消えていた。フィオナは、先ほどの瑠衣の言葉を思い出す。癒しの魔法。瑠衣は使えないが、神琉は使えると言っていた。恐らくは、今のが魔法なのだ。治療してもらったことは初めてではない。以前、腫れた瞼を治してもらったことがある。しかし、あの時は目を塞がれていた状態だったため、神琉の魔法を見るのはこれが初めてだった。


「これが……神琉様の魔法、なのですね。ありがとうございます」

「いや、俺が先に起きてかけておくべきだった。すまない……無理をさせた」

「いえっ、お疲れだったのですから私は大丈夫です。……堪能させていただきましたし……」


 小さく呟いた言葉は神琉には届かなかったのか、気に留めることなくフィオナの傍を離れて行く。フィオナ自身も痛みはなくなったので、椅子から立ち上がった。扉の近くには瑠衣と神琉、燕が話をしている。燕が部屋に入ってこないのは、この部屋がフィオナの私室だからだ。伴侶となる神琉ならまだしも、それ以外の男性が立ち入ることは基本的にできないのがしきたりらしい。

 三人の傍にフィオナが近づくと、神琉がそっと手を差しだしてくれた。その手を取って、横に並ぶ。


「……約束通り、外に出かけるつもりだがいいか?」

「はいっ!」


 覚えていてくれたのかと、フィオナは満面の笑みで応える。神琉が起きてこないので、内心は止めた方がいいのではないかと思っていたのだ。だが、瑠衣と燕は難色を示した。


「若君、外とは……フィオナ様をですか?」

「あぁ。今日は、あの村へフィオナを連れて行くつもりだ」

「いいのか、神琉。あの村はまだ」

「問題ない。心配なら、お前たちもついてこい。仰々しい護衛は必要ない」

「瑠衣……どうする?」

「……はぁ……わかりました。若君がそう言うなら仕方ありません……」


 呆れたようにため息をつく瑠衣を置き去りにする形で、フィオナは神琉に引っ張られるように移動するのだった。



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